ロシアへの制裁がPGM需給に与える影響

 ロシアはPGMを含む原材料の多くを自動車産業に供給しており、これらの原材料を確保できなければプラチナやパラジウムなどは直ちに不足の事態に陥る。特にパラジウムの安定供給が中断されれば影響は大きく、ある程度の期間の自動車触媒のプラチナ代替を加速するかもしれない。

 また欧州はウクライナ危機を機に、天然ガスをロシアに依存している状況を見直し、水素エネルギーの製造および使用が加速されることも考えられる。

 ウクライナに侵攻したロシアに対し、西側諸国は経済的な打撃をもたらす制裁を課して交渉の場につかせようとしているが、このような制裁は一時的にせよロシアのコモディティー輸出の障害となる。

 とはいえコモディティー市場は非常に効率的に動いているため、我々はロシアのコモディティーは何らかのルートを通じて、今回制裁に参加していない国々の市場に流れ、これまでロシア以外の国から調達していた需要を吸収するのではないかと考える。

 吸収できる限度はロシアがそれぞれのコモディティー市場で占めるシェアによって異なるだろうが、忘れてはならないのは、ロシアは世界のパラジウムの40%以上、電池に使われるニッケルの約20% 、プラチナの10%、そしてアルミニウムの6%を産出している原材料大国であるということだ。

 ロシアのパラジウム生産量は、ロシア制裁に参加していない中国の需要量にほぼ相当するが、パラジウムのサプライチェーンの再編成や、例えば中国で自動車触媒にウオッシュコート層の加工過程を加える変更を実現するには時間がかかる。

 そのためパラジウム市場が短期的な被害を被るのは避けられない。長期的に見てもロシア産以外のパラジウムは中国以外の需要を満たすには不十分で、結果、自動車触媒のパラジウムをプラチナで代替する動きが加速されるだろう。

 さらに考えられるのは、エネルギー供給の問題である。現在、欧州は天然ガスの需要の約40%をロシアに頼っているため、天然ガスは制裁対象に含まれていない。しかし、実は再生可能エネルギーから製造された水素はそのまま既存のガスインフラに混合することが可能で、そうすれば欧州はロシアへの依存を半減できる。

 これは現在高騰している天然ガス価格を考えれば経済的に理にかなった手段である。水素の製造と利用が加速されれば燃料電池自動車の普及を後押しし、それがひいては将来のプラチナ需要につながるだろう。

図1. 自動車の原材料のロシアへの依存

資料: WPIC リサーチ, メタルズフォーカス 

 西側諸国がロシアに課した制裁のうち、最も深刻なのは国際決済網のスイフトからの排除で、これにより制裁に直接含まれない企業や団体でも国際業務に重大な支障をきたす。制裁に参加している国の企業はロシアから原材料を買うことができなくなり、市場のダイナミクスは一時的に歪められ、これは長期的な影響をもたらすだろう。

 また、ロシア機の領空乗り入れ禁止、およびロシア上空回避は、陸路や海路ではなく空輸されるのが通常となっている貴金属の移動をさらに複雑なものにする。しかし前述のようにコモディティー市場は非常に効率的に機能しているため、ロシアからの原材料は制裁国以外の市場に何らかの形で流れるだろうが、それはコモディティーの種類にもよるだろう。

図2. 自動車の原材料のロシアへの依存(図1と同じ)

資料: WPIC リサーチ, メタルズフォーカス

パラジウム供給の短期的中断はプラチナに長期的恩恵

 ガソリン車の浄化触媒に不可欠なプラチナとパラジウムを考えてみよう。最も厳格な排ガス規制が導入され、車一台の触媒装置のPGMが最も多いのが西側諸国と中国であるゆえ、ロシアからのパラジウム輸入が最も集中しているのもこれらの国々である。

 中国のパラジウム需要量はロシアの生産量と大体同じだが、パラジウムのサプライチェーンは複雑で、中国は複数の国々からパラジウムを輸入している。その輸入のほとんどは南アフリカとロシアからであるが、たとえ最終的に中国に向かうロシア産のパラジウムでも、自動車触媒のウオッシュコート層加工は欧州あるいはその他の国々で行われていることがある。

 焦点の一つは中国が、ロシアのパラジウムを全て引き受けるために、現在ロシア以外から輸入しているパラジウムを止めるか、あるいはどのくらい早くそれを実行するかにある。またロシアの生産者らが中国以外の供給先へ約束している供給義務の問題もある。しかし今回の事態は、特に支払いができない場合は不可抗力として別の供給先を探すことは可能であろう。

 従って、ロシアからのパラジウムの流れおよび加工先の変更は可能ではあるが、しかし新たな加工施設を建設する必要がある場合などは時に時間を有するのが現実だ。また中国は現在、精錬プラチナとパラジウムの輸出を法令により禁じており、ロシアへの制裁をすり抜ける手段として中国を仲介することは不可能であることも加筆しておこう。

 今回の事態は、市場参加者らが制裁の期間を見極める時間を含め、パラジウムの需給が一時的に中断される可能性が高く、プラチナにもある程度の影響が及ぶだろう。

 ロシアのプラチナは世界の鉱山供給の10%にすぎないが、中国の輸入量の増加ですでに現物市場は品不足となっており、プラチナリースレートは上昇、NYMEXからの在庫流出も招いている。たとえロシアの供給路が短期間でも中断されれば、さらに品不足を悪化させ、価格の乱高下が起こり、混乱は短時間では直らない可能性もある。

 また、ロシアへの制裁が緩まったとしても、プラチナとパラジウムを購入する企業などは、安定供給への不安と人道的理由でロシアと長期の契約締結をちゅうちょすることになりかねない。米国の自動車メーカーは自社車両の浄化装置にロシア産のパラジウムを使うことを拒否するかもしれない。

 しかし、ロシア以外の生産国によるパラジウムは世界の供給の60%にしかならないことを考えると、ロシアを除外した供給では世界の需要は満たせない。従ってこの不足分を補うためにプラチナがパラジウムの代替(1対1の割合で)とならざるをえなくなり、これはロジウムをパラジウムの代わりにしようという動きでロジウムが高騰していることでさらに加速されるだろう。

図3. 中国以外でのパラジウム不足がプラチナ代替を加速するだろう

資料: WPIC リサーチ, メタルズフォーカス

 このようなシナリオはプラチナとパラジウムにとって原則的にはポジティブなことではあるが、しかしロシアとウクライナは欧州の自動車部品生産も多く請け負っているため、自動車生産に短期、中期的な影響を及ぼす可能性も指摘されている。

 さらにウクライナでの戦闘とロシアへの制裁は、世界の経済成長に暗雲をもたらすのは避けられず、新車生産にも影響するだろう。半導体不足で鬱積(うっせき)した消費者需要がこれを補うと考えられるが、その他の産業セクターのプラチナ需要が減少する可能性もある。

バッテリー電気自動車の原材料

 次にバッテリー用ニッケルとアルミニウムに目を向けると、これらはバッテリー電気自動車に使われるリチウム電池の素材であり、電池の軽量化に欠かせない。ロシアはニッケルとアルミニウムの主要産出国であるが、プラチナとパラジウムの場合とは違う事情がある。まずニッケルとアルミニウムはコモディティーとしては、市場がより大きく市場参加者の数も多数に上ること。

 さらにロシアに制裁を課していない市場でニッケルとアルミニウムの買い手を見つけることは比較的容易であるということ。これは過去にロシアのアルミニウム生産者に制裁が課せられた時を見ても明らかだ。例えば世界のリチウムイオン電池の77%を生産する中国のバッテリー電気自動車市場は大きく、ロシアの生産を吸収することは難しくない。

 とはいえ、バッテリー用ニッケルとアルミニウム市場が制裁によって中断されることは、世界のバッテリー電気自動車生産とその普及に影響が及び、逆にそれはPGMを消費するガソリン車、燃料電池自動車市場にとっては有利に働くだろう。

天然ガスから水素への転換でエネルギー供給を確保

 ロシアへの制裁が長期的な影響を及ぼすと考えられる最後の分野は、欧州のエネルギー供給と水素燃料である。スイフトから排除されたことでロシア経済のほとんどは孤立してしまったが、現在欧州は天然ガス需要の約40%をロシアから輸入しているため、エネルギー分野は制裁から外された。

 他の供給先に変えようにもロシアからのパイプライン以外の輸送手段が確立されていないため、海上輸送に頼るしかなく、この状況は欧州にとっては大きな弱みである。解決策の一つは、家庭用、産業用天然ガスの両方に水素を取り入れることだ。

 天然ガス供給インフラと家庭用機器に手を加えることなく、技術的に20%までは水素を混合することは可能であり、そうすれば欧州のロシアへの天然ガス依存を半減でき、エネルギー政策の改善になるだけでなく、外貨がロシアへ流れるのを減らすこともできる。

 水素燃料の種類については、天然ガスを水蒸気メタン改質して水素と二酸化炭素に分解して作られるブルー水素は、天然ガスの供給がネックとなることから妥当ではない。従って選択肢は再生可能エネルギーを使うグリーン水素か、原子力発電の電力で水を電解して水素を製造するピンク水素である。

 水素燃料への転換は戦略的将来性があるだけでなく、現在高騰している天然ガス価格を考えれば、経済的にも理にかなっているが、現実問題として水素製造能力を即急に強化することは非常に困難である。

水素の競争力を天然ガスと比較すると:

-  再生可能エネルギーによるグリーン水素製造コストは現在1キロあたり3ドルから6ドル
-  水素業界の目標は、技術革新と規模拡大によってこれを1ドルまで下げること
-  1ドルまで下がれば、天然ガスとの価格競争に対抗可能
-  世界の天然ガス価格は2021年半ばから上昇しており、ロシアのウクライナ侵攻でさらに高騰
-  欧州の天然ガスの現在の価格は水素でいうと1キロ約6ドルに相当

 コスト分析に加え、水素への転換にはロシア依存からの脱却という戦略的利点があることも忘れてはならない。現在の天然ガス価格の高騰は一時的なものであるにせよ、過去の価格レベルに戻ることはないだろう。

 従って欧州各国にとって、エネルギー保障政策の方向性は経済的観点からも明白である。水素を1キロ4ドルから5ドルに抑え、民間資金で運営継続可能な水素燃料インフラの構築を促進すべきである。

図4. 欧州の電力スポット市場の週間平均価格(Pegas); 注140ポンド/MWh以上のスポット価格は水素6ドル/キロに相当

資料: ブルームバーグ

 水素燃料の促進を図り、水素経済を推し進めるというのは興味深く将来性があるが、それがプラチナにどう関係するのだろうか。第一に水の電解を行うPEM電解装置はプラチナを触媒として使っており、PEM電解装置は安定性に欠ける再生可能発電に最適である。

 電解装置のプラチナ需要はしかし、比較的限定されており、現在の予測は今後10年間で15.6トンから31.1トンとなっている。第二に、そしてより重要なのは、水素製造インフラを拡大していけば、水素を天然ガスに混合して使うだけでなく、プラチナ需要の増加をもたらす大きな要因となり、燃料電池への直接的なエネルギー供給となることが挙げられる。

結論

 ロシアのウクライナへの軍事侵攻とそれに対するロシアへの制裁は世界中のコモディティーの流れに影響を与えている。プラチナ供給は一時的には影響を被るが、中長期的な需要にとっては有利な展開となる可能性がある。さらには水素エネルギーの広範な普及が加速すれば、世界の脱炭素化が大きく前進し、それはプラチナの戦略的な役割を高めることにつながるだろう。

 

プラチナ投資拡大を目指すWPIC

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