中国で一年に一度の重要な政治イベント、全国人民代表大会(全人代)が3月5日、開幕しました。本年度の経済成長目標を発表する舞台であり、世界各国の政府首脳、エコノミスト、投資家たちの視線が集まります。どんな数値や目標が発表されたのか。それらはどう達成されるのか? 中国経済は「ウクライナ・ショック」の影響を受けるのか? 解説していきます。

ウクライナ危機にかき消された全人代

 ここまで脚光を浴びない全人代も久しぶりだな。

 本稿の執筆に着手するに当たり、私はそんな感想を抱いています。原因はウクライナ危機。ロシアの軍事侵攻を引き金に、ウクライナでの戦火はいまだ消え失せていません。民間人を含め多くの死者を出しています。

 欧米や日本をはじめ、西側諸国が中心となってロシアに経済制裁を科しています。貿易や金融への影響は大きく、エネルギー価格の高騰やインフレリスクを含め、世界経済にも不透明感が漂っています。

 直近では、バイデン米大統領が、ロシア産の原油などの輸入を禁止すると発表。ロシアの主要産業であるエネルギーに対する禁輸は、経済制裁の中でも最も強い措置だと言えます。制裁措置に加わった48カ国が、ロシア政府から「非友好国家」と認定されました。日本も当然含まれており、日本企業の対ロビジネスへの影響も懸念されます。

 大会3日目、3月7日の午後、王毅(ワン・イー)国務委員兼外相が記者会見を開きました。冒頭で次のように述べています。

「世界にとって、今年はまたもや挑戦に満ちた年度になる。新型コロナウイルスに徹底的に打ち勝っていない状況下で、今度はウクライナ危機がやって来た。そもそも不確実性に満ちていた国際情勢は、さらに複雑、混乱したものと化している」

 王氏は「ウクライナ危機」という文言を使いました。中国共産党指導部は現在に至るまで、ロシアの軍事侵攻を非難も支持もせず、かつ「侵攻」、「侵略」という言葉を使うのを嫌がっています。王氏は会見にて、次のように中国としての外交努力を披露しています。

「衝突が発生した2日目、習近平(シー・ジンピン)主席は先方の要請に応じる形でプーチン大統領と電話をした際に、ロシアとウクライナ双方が一刻も早く講和するのを望んでいると提起し、プーチン大統領も前向きな返事をした」

 市場や世論ではあまり注目されていませんが、王氏が公にしたこのやり取りは重要です。習主席はプーチン大統領に対し、対話を通じてウクライナ問題を解決するように、軍事的手段には少なくとも慎重になるように、可能な限り停止するように促しているということです。

 プーチン大統領からすれば、ウクライナ側がロシアの要求を満たそうとしない、米国をはじめとしたNATO(北大西洋条約機構)は依然としてロシアの安全保障上の懸念を緩和しようと動かない、故に軍事侵攻を止めないということなのでしょうが、中国側がロシアの行動に不満を抱いていることだけは確かだと私はみています。

 王氏は会見で「中国は引き続き講和を促すために建設的役割を果たしていきたい。必要な時には、国際社会と連携してしかるべきあっせんをしていきたい」と述べています。

 ウクライナ危機の影響を受け、直近のマーケットは大乱調の様相を呈していますが、危機の市場へのショック緩和という観点からすれば、習主席のプーチン大統領への働きかけは独自の作用をもたらすでしょう。中国の動向は世界経済の救済という意味でも軽視できないということです。

2022年のGDP成長率「5.5%前後」は妥当か?達成に向けた取り組みは

 ここからは、全人代で2022年の中国経済目標がどう語られたかを検証していきます。

 大会初日の3月5日午前、李克強(リー・カーチャン)首相が約1時間にわたって「政府活動報告」を発表しました。日本の内閣総理大臣による施政方針演説に相当します。

 李首相の口から出てきた主な数値を、約1年前、2021年度の目標として語られた数値と比較しながら見ていきましょう。

  2022年 2021年
GDP伸び率 5.5%前後 6.0%以上
都市部における新規雇用者数 1,100万人 1,100万人
都市部における調査失業率 5.5%以内 5.5%前後
消費者物価指数 3.0% 3.0%
GDP比の財政赤字率 2.8% 3.2%

 ちょうど1カ月前の2月10日に配信したレポート「2022年の中国経済は?地方版「全人代」はかなり強気!?」にて、「李首相が2022年度の成長目標を6.0%以上あるいは6.0%前後あたりに設定するとしたら、かなり強気で、私自身は、5.0%以上あたりに設定するのが現実的だと考えている」、と指摘しました。

 結果、出てきた数字は「5.5%前後」。私の感想としては、想定内だが、市場に前向きな期待を与えるために、「少し無理しているな」というもの。自分の判断が誤っていないか検証すべく、李首相を含め、国務院(政府)の経済政策を提言する立場にあるブレーンの一人に感想を聞いてみました。

「我々は5.0~5.5%が現実的な数値だとみていた。その意味で、5.5%前後というのは、市場関係者たちをエンカレッジ(激励)する意味を込めた数値というのが私の判断だ」

 このブレーンによれば、中央政府内部において、中国経済の潜在的成長率は5.5~6.0%だと認識・議論されています。過去2年の平均成長率は5.2%増(2020年:2.3%増、2021年:8.1%増)で、低い数値で推移しています。

 彼が言いたいのは、5.5%前後という目標は決して達成できない数値ではないけれども、財政出動、金融緩和を通じて、マクロ政策をフル動員しつつ、新型コロナウイルス感染防止策が経済に及ぼす影響を最小限に食い止める必要がある、ということです。

 この説明は、私からみても違和感ありません。2021年下半期の成長率(第三四半期4.9%増、第四四半期4.0%増)が低迷した理由は、世界的な原材料高、中国当局による市場への引き締め策もありますが、経済活動に不確実性を与える「ゼロコロナ」と無関係ではありませんでした。

 全人代開幕前日に開かれた記者会見にて、張業遂(ジャン・イエスイ)大会報道官は「動態的ゼロコロナ」という概念を引き合いに出し、「最小限のコストで最大限の成果を得ることが目的であり、ゼロ感染を追求するものではない」と述べています。当局は、昨年以上に経済への影響を慎重に考慮しつつ、感染拡大防止策を展開していくでしょう。

 その他の指標ですが、都市部における新規雇用者数は2021年度と同レベル。2021年は実際に1,269万人で目標は達成しましたが、コロナ前(2019年:1,352万人)の水準に戻っておらず、今年も厳しいという当局の心境が垣間見れます。

 一方、都市部における調査失業率を「5.5%前後」からさりげなく「5.5%以内」としている点には(2021年の平均は5.1%)、雇用という国民生活に直結する最重要分野で政府として尽力しているとアピールしたいのでしょう。

 GDP(国内総生産)比の財政赤字率は2021年度より0.4ポイント下方修正。李首相は、長期的に財政を健全化していく狙いがあると指摘します。劉昆(リュウ・クン)財政部長の説明によれば、0.4%というのは2,000億元分に相当するようですが、年度末調整や中央財政が投入する一般予算などで、1兆3,000億元(約1%相当)の財源を確保できる模様。

 財政収入も増え、2兆元以上の資金を財政出動に使っていく見込みです。地方特別債の発行額は前年並みの3兆6,500億元で、30兆元の投資案を発表している地方政府によるインフラ投資を支持していくでしょう。

 最後にCPI(消費者物価指数)の上昇率ですが、2021年度は3.0%前後という目標設定をしておいて実際は0.9%。2022年1月も0.9%で、米国の7.5%、ユーロ圏5.1%と比べてもかなり低い水準です。当局は「比較的低いインフレ率」を目標に掲げていますから、3.0%を上回るようなインフレは何が何でも避けるべく動いていくでしょうが、適度に上昇することは需要を含めた景気が回復している証左と認識しています。今年度の金融政策も、引き締め傾向の米国とは異なり、全体的に緩和の傾向で景気を下支えしていくものと想定されます。

中国経済は「ウクライナ・ショック」に耐えられるか?

 最後に、冒頭で描写した、収束の兆候がみられないウクライナ危機が中国経済へ及ぼす影響について考えてみたいと思います。

 中国にとって、最大の懸念事項は、西側諸国から「中国はロシアの軍事侵攻を支持している」と認定され、ベラルーシのように経済制裁を受ける事態です。習主席はそんな事態を避けるべく、危機に深入りはせず、一方外交的あっせんを展開することで、バランスを取っていくものと思われます。ここでは、中国が経済制裁を受けた場合の影響については深追いしないこととします。

 全人代では、マクロ経済、産業、エネルギーといった分野の政策を統括する国家発展改革委員会が記者会見を開き、ウクライナ危機の中国経済への影響について述べました。以下、連維良(リエン・ウェイリャン)副主任の発言を引用します。

「目下ロシア・ウクライナの衝突はエスカレートしており、世界エネルギー市場にショックを与えている。原油、天然ガスの国際価格はさらに高騰している。中国は原油、天然ガスの輸入比率が比較的高く、必然的に影響を受ける。輸入コストは客観的に見て上昇している。ただ、全体的にはコントロール可能な範囲である。なぜなら、中国はエネルギー消費大国であるが、生産大国でもある。エネルギー供給は全体的に保障されている。また、原油、天然ガスの輸入国も多元化しており、長期契約の比率も高い。各方面が契約を履行しさえすれば、輸入は全体的に安定を維持できる」

 この発言からもみて取れるように、ウクライナ危機の中国経済への影響は軽視できません。エネルギー価格の高騰は企業収益を圧迫し、エネルギー供給が乱れ、滞れば、正常な経済活動や国民生活にも支障をきたします。そんなリスクを回避すべく、同委員会は、エネルギーの生産能力、生産量、貯蓄、供給を増やし、(1)輸入、(2)価格、(3)期待を安定させるという目標を明言しました。ウクライナ危機を経て、エネルギー供給の安定的生産と供給にこれまで以上の「自助努力」をしていくという宣言だと解釈できるでしょう。

 全人代の審議を眺める限り、中国当局は、ウクライナ・ショックの中国経済への影響は、軽視できないけれどもコントロール可能だと分析。リスクはエネルギー価格や国内経済情勢よりも政治や外交面にあり、上記のように、危機への対処を誤り、西側諸国から集団的制裁に遭うことで、中国経済が被る損害と打撃が顕著に浮き彫りになると踏んでいるようです。