▼著者

松田康生
楽天ウォレットシニアアナリスト

東京大学経済学部で国際通貨体制を専攻。三菱UFJ銀行・ドイツ銀行グループで為替・債券のセールス・トレーディング業務に従事。2018年より暗号資産交換業者で暗号資産市場の分析・予想に従事、2021年のピーク800万円、年末500万円と予想、ほぼ的中させる。2022年1月より現職。

2月のBTC相場振り返り

【グラフ1】BTC相場とリアル経済イベントの関係(2022年2月)

Bloombergより楽天ウォレット作成

 2月のBTC(ビットコイン)相場は上に「行って来い」。前半は堅調に推移したが、後半失速する展開となった。

 ウクライナ情勢の悪化や米利上げペース加速観測なども重なり1月に3万3,000ドル(約380万円)の安値を付けた後、2月初旬には3万8,000ドル(約435万円)台に値を戻していた。

 北京五輪が開幕すると、五輪開催中は、ロシアはウクライナ侵攻を自重するとの見方が浮上、BTCが強いとされる2月のアノマリー(季節性)や、7年連続で上昇している春節期間ということもあり、市場心理も好転。一気に4万ドル(約460万円)を上抜けた。

 相次ぐFRB(米連邦準備制度理事会)高官のタカ派発言に3月の50bp利上げの織り込みが5割を超えてきたが、この頃からインフレ懸念が株安BTC安につながらず、むしろインフレヘッジが意識され始めたせいか、BTCは堅調に推移し始めた。1月のCPI(消費者物価指数)はヘッドラインが7.5%と予想を上回ると、BTCは月間高値の4万5,000ドル(約520万円)台半ばまで上昇した。

 しかし、米国がウクライナにいる同国人に退避を求めると、リスクオフ的な雰囲気が広がり始め、ロシア側からは外交交渉の継続方針が示される一方で、米国などからは近日中に侵攻が開始されるとの情報が相次ぎ、相場は一進一退を続けた。

 17日CNNのインタビューで、米大統領が数日中にロシアが侵攻開始する可能性があると言及、NYダウ(ダウ工業株30種平均)が今年最大の下げをみせる中、BTCはずるずると値を下げ、4万ドルを割り込んだ。

 22日にはロシアがウクライナ東部の親ロ地区の独立を承認、武力衝突は避けられない情勢となり、遂に25日早朝、プーチン大統領が軍事作戦開始を命令、BTCは3万4,000ドル(約390万円)台まで値を下げた。

 しかし、当初はSWIFT(国際銀行間通信協会:世界の銀行間の金融取引の仲介と実行を担う)からの排除など厳しい経済制裁は見送られたことや、和平交渉の動きもあり、リスクオフの巻き戻しからBTCは4万ドルにワンタッチ。

 さらに、制裁が強化されロシア国内でルーブルへの不安が高まると逃避需要からBTCは急上昇、月末から3月1日にかけて4万4,000ドル近辺まで急反発をみせた。

2月、BTCが下落した理由

 先月は、「2月のBTC相場は若干反発しそうだが、上値は限定的。4万ドルはなんとか回復するが、今回の下げの半値戻しとなる5万1,000ドルや200日移動平均線が横たわる4万9,000ドル近辺で上値を抑えられる展開を予想する」と申し上げた。月初は予想通り4万ドルを回復、上値は4万5,000ドル台と予想より若干ピークは低かったが、ほぼ予想通りの展開となった。

 想定よりピークが低かった理由は明白で、ウクライナで戦争が始まったからだ。デジタルゴールドと称し、金と比較されることの多いBTCだが、実はリスクオフにはからっきし弱いリスク資産といえる。例えば、2020年3月のコロナショックではおそらく金融市場で取引されているアセットの中で暗号資産が最も下落率が大きかったのではなかろうか。

【グラフ2】金価格とBTC推移(USD)

Bloombergより楽天ウォレット作成

 上記【グラフ2】は金とBTCとの価格推移だ。似たような値動きをするときと、真逆の値動きをするときがあり、今回はほぼ真逆の値動きをしている。ウクライナ情勢の悪化で金は上昇、BTCは下落した。一方で、月末最終日にはBTCは大きく上昇した。ルーブル危機からBTCに逃避買いが入った形だ。

 後ほど詳述するが、BTCは通常時はリスク資産としての性格が強いが、法定通貨に対しては逃避資産としての性格をみせると考えている。今回に当てはめると、ウクライナで戦争が起こりそうになりリスクオフでBTCは売られたが、いろいろあってルーブルの価値に不安が生じるとルーブルからの逃避買いが集まったわけだ。

 それにしても、これまでBTCを執拗(しつよう)に排除しようとしていたロシア中央銀行が、ルーブルの価値の維持に失敗した結果、人々がBTCに逃げ込むという、皮肉な格好となっている。

3月のBTC相場

【表1】BTC月別騰落表

Bloombergより楽天ウォレット作成

 結局、2月のBTC相場は、月末最終日の深夜の急伸で月足が陽線引けとなり、2月のアノマリーの強さを印象付けた格好となった。上記は先月もご紹介した月別のBTCの騰落だが、流石に2月は1年で一番BTCが強い月であるだけのことはあるし、このアノマリーというものの不思議さを印象付ける値動きであった。

 一方で、3月は最弱だ。日本の確定申告と米国の納税シーズンが重なる影響が指摘されるが、昨年の上昇で納税対象者と納税額が増えていることを勘案すれば3月は反落する可能性が高いと思われる。

 さらに、いよいよFRBが利上げを開始すると予想されるのもこの3月だ。年次見通しでも述べたが、今年の最大の材料はインフレだ。このインフレや金融引締めとBTC相場との関係は複雑で、利上げや金融引締めは株安という意味でも法定通貨の信認回復という意味でもBTCの下落要因となる。BTCがここまで上昇した一因は、コロナ後の無制限な流動性供給を嫌気したインフレヘッジだからだ。

 ただし、インフレヘッジにBTCが有効かどうかはまだ実証されたわけではない。現状程度のインフレは金融引締め・株安でむしろBTCにはマイナスだろう。では、どういったインフレならばBTCにプラスとなるかといえば、法定通貨に不安が生じるほどのインフレだ。

 すなわち、FRBがこのインフレをコントロールできていないと思われ始めるとBTCはヘッジとして買われ始める。実はそうした局面が今年中に到来すると考えているが、3月はまだ時期尚早か。

 このように、日米の納税シーズンによる売り圧力や利上げの開始により、3月のBTC相場には売り圧力がかかりやすいと考えるが、長い目で見てBTCにポジティブな動きも見られる。米欧の厳しい経済制裁はルーブル不安を呼びBTCに逃避需要を生んだが、これは長い目で見て、資源取引や外貨準備のドル離れと国際決済のSWIFT離れを加速させる可能性が高い。

 3月のBTC相場は200日移動平均線が横たわる4万9,000ドル近辺をトライ、半値戻しとなる5万1,000ドルは超えられず、再び4万ドル割れをトライしていく展開を予想する。

トピック:ビットコインがデジタルゴールドと呼ばれる意味

【グラフ3】金・BTC相関係数

Bloombergより楽天ウォレット作成

 上記【グラフ3】はBTCと金(スポット)との相関係数の推移だ。プラス0.5を超えると順相関、マイナス0.5を下回ると逆相関関係にあると評価される。インフレヘッジがテーマとなった2020年には順相関の関係が続いたが、このところ逆相関に陥(おちい)っている。

 先ほど、BTCは通常時はリスク資産だが、法定通貨に対しては逃避資産として働くと申し上げたが、この点を金との関係で説明しよう。

 まず代表的なリスクオフ局面、戦争が始まった場合を想定しよう。そうした大きなリスクイベントが発生したら、多くのディーラーはポジションを小さくしてリスク量を減らし、資産をできるだけ現金など流動性の高いもので保有しようとする。そういう局面では金は現金や国債に次いで流動性が高い商品として選好される。一方でBTCは流動性に乏しく換金性に劣る商品としてエクスポージャー縮小の対象になり、金とBTCとは逆相関になりやすい。

 一方、現金、すなわち法定通貨の価値に不安が生じた場合はどうなるか。人々はわれ先にと他の法定通貨に乗り換えようとするだろう。そして、今回のロシアの様に外貨への交換が難しくなったり、他の法定通貨も似たような状況である場合、人々は代替資産として金やBTCに資産を避難させる。こうした場合には金とBTCとは順相関になりやすい。

 こうして金とBTCとは順相関と逆相関とを繰り返すわけだ。なお、2020年後半から2021年までの逆相関は、金とBTCとどちらがインフレヘッジ資産としてふさわしいかがウォール街で議論となり、ポールチューダーやドラッケンミラーといった伝説の投資家たちが、ボラティリティの高いBTCを好んだということに起因している。

 このように、デジタルゴールドと呼ばれることもあるBTCは、金のような逃避資産としても、逆のリスク資産としても働く性質があり、法定通貨すなわち「お金」の価値の問題かどうかが分かれ目となっている。

 理由も明白で、BTCは国家が管理する法定通貨の代替手段として、誰も管理しない新たな「お金」として設計されたからだろう。そういう意味ではデジタルゴールドというよりはデジタルマネーという方がしっくりくる。BTCのホワイトペーパーにも「金融機関の介在なしに、利用者同士の直接的なオンライン決済が可能」とする「電子通貨(electronic cash)」と冒頭に記載されている。