地政学リスクとインフレリスクの綱引きが続きそう

 2月20日に北京冬季オリンピックが閉会するやいなや、24日、ロシアがウクライナに侵攻しました。「銃声が鳴ったら買え」との相場格言通り、それまで全面安だった株は驚異的な戻しを見せ、25日も米国株は上昇しました。

 ドル/円も侵攻報道を受けて114円台半ばまで下落しましたが、株の戻りとともに115円台後半まで上昇しました。しかし、ウクライナ情勢が激化していることから、ドル/円は115円を挟んだ神経質な動きとなっています。

 28日にはロシアとウクライナの停戦協議が開催されましたが、双方の立場は隔たりが大きく、次回協議に持ち越しとなりました(2日に開催予定との報道)。この間も戦闘が続いており、プーチン大統領は経済制裁への焦りの裏返しか、核の使用をちらつかせています。

 また、米国防総省高官は、「ロシア軍が数日間でキーウ(キエフ)の包囲を狙う」との見通しを示しており、ロシア優勢の状況の中での停戦協議は難航しそうです。

 ウクライナでの戦闘が長引けば、地政学リスクが高まるだけでなく、原油や小麦、資源などの上昇によってインフレリスクも高まることが予想されます。3月1日、*WTI原油先物は103ドル台に上昇しました。2014年7月以来の水準です。3月もウクライナ情勢を巡る地政学リスクとインフレリスクとの綱引き相場が続きそうです。しかも、インフレ加速のリスクです。

*WTI=米国南部のテキサス州とニューメキシコ州を中心に産出される高品質な原油

 3月に入ると、欧米でコロナに対する規制が外国との往来も含め、ほぼ緩和される予定となっています。この規制緩和によって景気が一段と回復することが期待されていましたが、ウクライナ侵攻とインフレの加速によって、状況は混沌としてきました。

ロシアへの経済制裁は日米欧にも影響

 26日に表明された欧米諸国による追加制裁はかなりロシア経済に打撃を与えることが予想されます。追加制裁とは、国際決済ネットワークの**SWIFTからロシアの銀行を排除することやロシア中央銀行への制裁です。

**SWIFT=国際銀行間通信協会。世界の銀行間の金融取引の仲介と実行の役割を担う団体

 資金決済ができなくなれば貿易ができなくなります。また、中央銀行の外貨準備が使えなくなれば、ルーブル安を防衛するための為替介入ができなくなります。

 為替介入とは、ドルなどの外貨を売って、自国通貨のルーブルを買い、下落を止めることですが、その元手となる外貨を使えなくなるため、通貨安防衛には金利を引き上げることしかありません。28日、ロシア中銀は過去最安値を更新しているルーブル安を止めるため政策金利を9.5%から20%に引き上げました。通貨安はインフレ加速につながるからです。

 SWIFTから排除されると経済が打撃を受けます。過去にはイランが核開発計画で緊張が高まった2012年と2018年にSWIFTから排除されています。その時、通貨は1/6、輸出は1/3となり、イランのGDP(国内総生産)は2012年▲7.4%、2018年は▲6%とマイナス成長に陥っています。

 既に24日のウクライナ侵攻以降、ロシア株やルーブルは暴落しており、ロシア主要銀行が破綻の危機に晒されています。今後、経済制裁によってロシア国内のモノ不足やインフレが加速すれば国民の不満が高まり、プーチン政権への批判が高まることが予想されます。

 ただ、ロシアに対する決済や貿易の制限はブーメラン効果として日米欧諸国に跳ね返ってくることも予想されます。既にロシアとの取引が多い欧州銀行株は大きく売られています。長期戦になればなるほど日米欧にもそれなりの影響が出てくることは警戒する必要があります。持久戦は避けたいところです。

 今回の戦争で特徴的なのは、SNSが駆使され世界中に反戦デモが広がり、この国際世論の高まりが欧米首脳に強力な経済制裁を決めさせたという点です。***大ロシア主義の回帰(*)をもくろむプーチン大統領が仕掛けた戦争は、SNSを通じた世界中の視線との戦いという新しい戦争の形となっています。

 反戦運動の世界的な広がりがロシア国内にも広がり、早期の停戦合意に至るシナリオも想定されます。

***大ロシア主義の回帰…ウラジミール・プーチン大統領のキエフ公国回帰への野望。

キエフ公国の領土は現在のモスクワを中心としたロシア西部、ベラルーシ、現在のキーウを中心としたウクライナ西部が一体となった地域。988年、キエフ大公ウラディミル1世は、コンスタンティノープルに軍隊を南下させてビザンツ帝国に脅威を与えた人物。自らギリシア正教に改宗し、公認の宗教として取り入れビザンツ文化を受容、「ビザンツ化」を推進した。ウラディミルはプーチン大統領と同じ名前。

インフレ加速のリスクとFRBの選択

 インフレリスクについては、ウクライナ情勢や経済制裁によって、これまでも上昇していた資源や食料が一段と上昇するリスクが予想され、各国の中銀が進めている金融引き締めを加速させるのかどうかに注目です。

 一方で、ウクライナ情勢や経済制裁は世界経済を後退させることも予想されるため、中央銀行は難しいかじ取りに直面することになります。

 3月2~3日にパウエル議長の議会証言が予定されています。この議会証言で利上げや景気についてどのようなメッセージを発信するのか注目です。

 今後のFOMC(米連邦公開市場委員会)は年内に3月(15~16日)、5、6、7、9、11、12月の7回ありますが、毎回0.25%利上げすると、政策金利はゼロから年末には1.75%となります。

 ウクライナ侵攻前まではこの利上げペースがメインシナリオでしたが、ウクライナ情勢が長引くと、インフレリスクが一層高まり、利上げ幅を拡大するシナリオになるかもしれません。

 あるいは景気停滞を考慮し、利上げ回数を減らすなどペースを落とすシナリオになるかもしれません。パウエル議長はどのようなシナリオに軸足を置くのか注目です。

 今後、ウクライナ情勢は徐々に相場に織り込まれ、景気や物価への影響が焦点になり、各国の金融政策が材料になっていくことが予想されます。為替については、ドル高、円高が予想され、特にユーロ安の長期化が予想されます。

 ドル/円の上値はユーロ/円などの円高により重たくなっていますが、日米の金融政策の違いが今後さらに鮮明になっていくと、徐々に下値を切り上げる展開が予想されます。

 ただ、実質実効為替レートが50年来の円安水準にあることや、FRB(米連邦準備制度理事会)の年内利上げはかなり織り込まれているため、上値は限定的になるとみています。テクニカルポイントとしては、2016年12月の118.66円に注目しています。

 円高シナリオとしては、ウクライナ情勢の早期停戦合意やインフレ沈静化、あるいは景気後退懸念により、FRBの利上げペースが遅くなるシナリオです。

 また、日本のCPI(消費者物価指数)が4月以降、携帯通信料の値下げ要因剥落によって1%台後半に上昇する見通しであり、そのタイミングで日本銀行の緩和姿勢に変化が生じればかなりの円高要因になるかもしれません。