筆者はレポートで相場のテクニカル(技術)面を中心に解説しているが、それは相場実践において具体的かつ実用的だからである。

「いかなる投資家も市場で優位にたつのは不可能である」「誰も市場のリスクに対し平均以上の収益を期待することはできない」という<効率的市場仮説>を展開したバートン・G.マルキールの『ウォール街のランダム・ウォーカー 株式投資の不滅の真理』では、ファンダメンタル分析もテクニカル分析も不完全で、特にテクニカル分析はほとんど役に立たないと述べている。そのマルキールが奨めるのは<バイアンドホールド戦略>である。

運用する立場で言えば、<効率的市場仮説>に逃げ込むのは非常に楽である。株式投資の場合、「インデックスファンドを買って放っておく」ことで運用は完結する。しかし、<バイアンドホールド戦略>は長期のファンダメンタルズが良くなければ成り立たず、また長期予測の難しさを考えれば、それは簡単ではない。少なくとも、日本の失われた過去20年のなかで、日本株投資の<バイアンドホールド戦略>は機能していないのは明らかである。

サルがやっても人がやっても投資は同じであるという<ランダムウォーク理論>や、<効率的市場仮説>に対して、これまでの相場の長い歴史のなかで、「なんとか市場を打ち負かしてやろう」と考えた人たちが、様々なトレードのアイデアやトレード手法を考えてきた。投資家は、無秩序な市場の動きの中から「無秩序でないトレンド部分」を認識しなければ、収益を上げることは困難であり、そもそも、市場がランダム(無秩序)なら、相場に参加する意味などない。今回のレポートでは、「市場には非効率性(トレンド)や偏向(バイアス)がある」と考えた人たちのなかで、筆者の周辺にいる運用者のトレード手法の一端をいくつか紹介したい。

一般的に数学的モデルによる予測の手法には、時系列モデルと計量経済モデルの2つがある。これらの分析手法で予測の精度を上げるため、これまで大変な努力と研究が行われてきたが、1976年に(誤差項を最小化するパラメータを探るため最小二乗法を使うという)ボックスとジェンキンスによる<自己回帰移動平均モデル>(Autoregressive moving average model=通称アリマ・モデル)が発表されるまでは、相場の実践において使えるモデルはなかった。ARIMAモデルによって<効率的市場仮説>の検証を行うと、市場には非効率部分(=トレンド)が存在することが証明されている。

ARIMAモデルは計算式が難しく、読者のなかでも金融工学に明るい人や理工系の人以外はチンプンカンプンであろう。筆者も含めた一般人は、市販の統計ソフトを使うか、表計算ソフトのアドイン・ツールを使うしかない。最近のクオンツ系ヘッジファンドでは、為替相場の転換点をとらえるために、<分散不均一の自己回帰過程モデル>(Auto Regressive Conditional Heteroscedastic=通称アーチモデルも採用されている。ARIMAモデルを応用したトレードシステムは、これまで長期にわたって優秀なパフォーマンスをあげているが、日本ではほとんど知られていない。

ARIMAモデルを使った日経平均先物(1994年6月限)の売買シグナル


(出所:石原順)

筆者はARIMAの売買システムを持っているが、ある理由から現在は使っていない。順張りのシステム売買に共通して言えることは、順張り系のモデルで長期にわたって収益を上げるには、ある程度の商品分散(すくなくとも株や債券、コモディティなど、10商品以上への投資)が必要である。

面白い売買手法がある。それは、<相関分析>を基にした売買手法である。ある為替トレーダーのオフィスを訪ねたところ、そのトレーダーは米国債の30分以下の時間足と週足だけを見ていた。為替市場の値動きそのものを分析せず、米国金利チャートの移動平均の差(ゴールデンクロス・デッドクロス)だけで為替の売買をおこなっているのである。最近の「正の相関関係」(米金利上昇―ドル高・円安→日本株高など)を利用すれば、このような売買手法も成り立つのだろう。為替を見ない為替のトレードシステムという発想は筆者の想像を超えるものであった。

米・日10年国債金利差とドル/円の推移(日足)

最近の外為市場を動かすファクターは金利である


(出所:石原順)

日本でも人気がある<波動分析>や<サイクル分析>はマニアックな世界で、分析する人(の力量)によって解釈が異なってくる。相場の秘法や秘伝とよばれるものにはこの類のものが多いが、ようするに解釈が単純ではない。非常に複雑なのである。「相場は奥が深い」のと同じように、この種の分析も奥が深い。筆者もこれまでいろいろな<サイクル分析>や<ローソク足>等の分析をおこなってきたが、能力不足のため何年たっても開眼しない(困ったものである)。

<波動分析>や<サイクル分析>を使うトレーダーは多いが、波動およびサイクル分析を使って相場で成功するには、“素早いシナリオの修正”が必要となる。そうでないと、思い込みでやっているので、大きな損失を被る可能性が大きい。この種の手法で成功しているトレーダーには、ある共通点がある。それはストップロスの徹底である。筆者も過去に先輩トレーダーから「相場には賞味期限がある」ということを叩き込まれたが、「価格のストップロス」だけでなく、「時間のストップロス」も使っていることがポイントだ。

筆者が使っている「Bollinger bands 1σBreakout with ADX」(ボリンジャーバンド1σブレイクアウト手法)は、市場の非効率部分(ランダムでない方法性のあるトレンド部分)のシンプルな発見手法である。

先週に述べたユーロ/ドル相場予測の顛末は、14日ADXも26日標準偏差ボラティリティもAコースの推移となり、現在、ユーロ/ドル相場は調整中である。

ユーロ/ドル(日足)14日ADXと26日標準偏差ボラティリティの推移


(出所:石原順)

今週は1時間足をみても、3月1日のポンド相場以外はあまり大きなトレンドが出ている通貨ペアはなかった。

ユーロ/ドル(1時間足)21時間ボリンジャーバンド1σの飛び出し局面


(出所:石原順)

ポンド/ドル(1時間足)21時間ボリンジャーバンド1σの飛び出し局面


(出所:石原順)

本日は米雇用統計というイベントの日である。米雇用統計は就職をあきらめた人や失業保険の受給資格の切れた人などはカウントされない表向きの数字で、現在の米国の雇用実態は反映されにくい。だが、米雇用統計は短期取引者のお祭りなので、市場は大きく動く。寒波の影響もあり悪化が懸念されているが、市場予想(非農業部門雇用者数=前月比6.5万人減)に対する比較感の相場となるだろう。

米雇用統計


(出所:石原順)

さて、2010年3月17日(水)のオンラインセミナー「新年度の資金の流れと海外投資家の動き-FX投資戦略を解説-」では、これまであまり述べてこなかった「相場のシナリオの組み立て方」「ファンダメンタルズ分析の弱点」「なにを捨てるか(取捨選択)」「マーケットが欲している状況は何か」など、「ファンダメンタルズ分析」と「相場情報の利用法」についての筆者なりの考えを述べたい。

(筆者の経験則ですが、今後の相場人生のなんらかの役にたつと思います。皆様のご参加をお待ちいたしております)