高校で投資信託を教える時代へ

 2022年度の話題の一つに、金融経済教育の充実を図るため、高校で投資信託についても教える、というものがあります。

 高校の学習指導要領が見直され、より具体的な学習項目を示した学習指導要領解説において「投資信託」の言葉が明記されたことで「学生のうちから投資教育の時代」「金融リテラシーの向上と投信市場の拡大に期待!」というように、業界が盛り上がっているわけです。

 家庭科においては、家計管理の項目がかねてよりあります。家計簿をつけてみよう、というようなテーマから始まるわけですが、収支管理にとどまらず、自分のライフプランを想定し、長期的な資金ニーズに備えて資産形成の習慣づけを行うような内容が含まれています。

 そこに「投資もプラスされる」というのが今回の金融経済教育です。ですから、「お金の基本も教えないで投資させようなんてけしからん」というような批判は的外れです。

 学生のうちから、お金についての基礎的な知識を教えたほうがいいのは間違いがありません。

 自己破産トラブルを減らしたり、金融詐欺にだまされる人を減らすような「マイナスにならない教育」はもちろんですが、資産形成を通じて「プラスに人生をやりくりしていく教育」が大切です。

 そして、個人にとって資産形成の有用な手段として投資信託があることもまた疑いありません。金融経済教育の充実は、若い世代が立てる未来のマネープランをいいものにしてくれることでしょう。

 しかし、金融リテラシーを充実させるだけがこれからのお金の問題を解決するカギではありません。実は、もう二つのカギが残されています。

金融リテラシーは、知識に偏りがち

 金融経済教育を語るとき、しばしば「金融リテラシーの向上」が目的であると説明されます。一般に金融リテラシーは「金融知識」とほぼ同義のものとして扱われます。

 確かに基礎的な知識は重要です。預金、保険商品、投資信託や株式、債券など金融商品の基本的な特長を理解しなければ、リスクとどう向き合っていくか判断することはできません。

 あるいは、単利計算と複利計算の違いを理解したり、長期的な経済成長の意味を理解した上での長期投資や分散投資を「知識」として身に付けておくことも大切です。しかしながら、それだけで投資ができるわけではありません。

 ある程度投資について実経験を持っている人たちにとって「投資は知識だけのものではない」ということは共通認識となっているでしょう。

 株価が下がることと向き合う気概のように「経験」がものをいう部分は大きいですし、そもそも将来に対する「ビジョン」をもたなければリスクテイクする動機が得られません。

 投資をしない、という決断を下すとしても、投資をしない理由(例えば資金は十分に確保されているとか)が明確にされているのと、ただぼんやりとリスク回避するのとでは大違いです。

 実は「知識」を使いこなす「もう二つの能力」が必要なのです。

あなた自身の知恵、「金融コンピテンシー」を養う

 OECD(経済協力開発機構)の資料によると、知識を使いこなすスキルの部分も金融リテラシーとしていた時代があったようですが、近年では単なる知識を超えた部分(あるいは知識を生きたものとして補完する部分)を「金融コンピテンシー」として分ける考え方があるようです。

 具体的には、意思決定の能力、習慣化する力(継続する力)、自制心(無駄遣いを抑える、短期的な騰落に動じない)などの、非認知的な能力がこれに当てはまります。これらはいずれも算数の○×テストのような形で評価しきれない部分です。

 例えば、お金の無駄遣いをしないことは大切ですが、知識だけで実行できるものではありません。理性が必要ですし、行動が伴わなければなりません。時には「無駄遣いを我慢したら、ご褒美が待っている」のような工夫も必要です。

 金融コンピテンシーというと難しく感じますが、私はこれをお金の「知恵」の部分だと考えます(私のオフィス名が「お金の知恵」と名乗っているのも、知識ではなく判断能力やセンスのほうが重要だと考えているからです)。

 面白いことに、非認知能力の育成は、新しい学習指導要領が目指しているアプローチでもあります。経済や家庭科の範囲を超えて、自分で考えて学び、また知識を活用する能力を養うことが求められているのです。

 そしてもちろん、お金の領域においてもその考え方をベースに金融コンピテンシーが養成されていくことが重要になります。

外部リソースを活用する「金融ケイパビリティ」の能力

 もう一つ、金融コンピテンシーとともに重要となるのは「金融ケイパビリティ」の能力です。ケイパビリティというのもまだ聞き慣れない用語ですが、能力や才能、力量などといった意味合いの言葉で、ビジネス用語でいえば組織が有するストロングポイントのようなニュアンスで用いられます。

 個人の金融ケイパビリティとしては、外部リソース(資源)の効果的な活用の視点で用いられるようです。テクノロジーの活用、社会制度の活用、そして専門家やアドバイザー、検索サイトのようなデータリソースの活用などが挙げられます。

 例えば、私たちが忍耐をもって自分でお金を下ろして投資口座に入金するのではなく、積立投資信託の口座やつみたてNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)の口座を使えば自動的に資産形成ができます。もちろんNISA口座が税制優遇のある助力として提供されていることも意義があります。

 家計簿だって、手入力して電卓で手計算しなければならないなら、時間がかかり苦痛でしかありません。フィンテックを活用すれば私たちは記帳をほぼ自動化することができますし、分析もしてもらえます。

 私のスマホは家計簿アプリの機能として月末が近づくと「今月の日用品、前月より増えています」とか「クレカ利用多めです」というような提案をしてくれるため、自然と家計管理が可能になっています。

 専門家を活用するのもこれから重要になってくるポイントです。税のアドバイザーとしての税理士だけではなく、投資のアドバイザー、ライフプランやマネープランニングのアドバイザーなどを適切に選択し、助言を依頼することにより、自分のお金の問題を解決することができます。

 高齢期の認知症によって判断能力が十分でない人を、信託制度や成年後見代理の仕組みがサポートするような部分もこれに含まれます。

 日本ではまだ概念が十分に整備されていないかもしれませんが、自己判断の能力(金融コンピテンシー)だけではなく、専門的な知識や、有利な仕組み(税制優遇制度など)を活用するような能力も必要であり、そこが金融ケイパビリティということになります。

三つの能力を組み合わせる「3すくみ」が重要

 さて、金融リテラシーはそれだけでお金の問題を解決するわけではなく、知恵や行動力を含む金融コンピテンシーと合わせて個人の金融行動を解決する力となります。

 そして、外部のサービスを賢く活用することが、個人のファイナンスゴールをたぐり寄せる力となる、という点では金融ケイパビリティの活用ないし支援を受けることが必要です。

 言ってみると、金融リテラシー、金融コンピテンシー、金融ケイパビリティは、3すくみのような形でお互いに補完しつつ、お金の問題を解決する力となることが求められます。

 もちろん「3すくみ」といっても、無駄にけん制し合って役立たない構図を意味するのではありません。

 三つの能力を意識し、必要に応じて自然に組み合わせていくことができれば、私たちのお金の問題は前向きなものとして改善することが可能になります。そして未来はより明るく、豊かなものとなっていくことでしょう。

※今回のコラム作成にあたっては、千葉商科大学教授・伊藤宏一氏の発表や論考に気付きを得ています。ここで謝意を表します。

参考:
日本FP学会大会研究発表「金融コンピテンシー論の射程」
日本FP学会 「ファイナンシャル・プランニング研究」所収「金融ケイパビリティの地平」