アメリカのCFR(外交問題評議会)によって創刊された外交・国際政治専門誌である【フォーリン・アフェアーズ】の最新号は、『ドル覇権の終わりとグローバル・インバランス』という特集を組んでいる。『ドルとアメリカの赤字-次なる危機を回避するには』C・フレッド・バーグステン、『CFRミーティング インフレかデフレか、それとも・・・』チャールズ・L・エバンス、『CFRブリーフィング グローバル・インバランスがなくならない理由』マーク・レビンソンなどの論客による興味深いドル安論が展開されており、とりわけ「諸外国がアメリカの大規模な財政赤字を(米国債の購入などを通して)ファイナンスし続けるとすれば、現在の危機をもたらした状況が再現され、金融メルトダウンのリスクが再び生じる」と指摘するバーグステンの『ドルとアメリカの赤字』が市場関係者の注目を集めている。

一方、日本のほうでも【日経ビジネス】11月2日号が『ドル最終章「1ドル=50円」の恐怖』というタイトルで『ドルが紙くずになる日』という14ページの特集を組んでいる。 今年のドル相場はドルインデックスをみると、3月高値から10月安値まで16%の下落を示現したが、果たして、今後ドルが紙くずになるような日がくるのだろうか?

上記のようなドル安論が浮上している背景には、第102回「G7からG20へのパワーシフトと米国の通貨政策」で述べた、グローバル・インバランス(グローバルな不均衡)の是正という長期的な構造改革(ドル安という痛みをともなう)と、資本家のグローバル投資で儲けようという資本の論理がある。

ドルインデックス(日足)とフィボナッチのライン


(出所:石原順、ブルームバーグ)

また、11月3日にインド準備銀行(RBI)がIMF(国際通貨基金)の保有するゴールド200トンを67億ドルで買ったことで、外貨準備の多様化等の思惑を呼んでいる。これを受けてゴールドは史上最高値を更新し、ゴールド高=ドル安見通しが増えている。

原油先物(左)とゴールド先物(右)の日足


(出所:石原順、ブルームバーグ)

【日経ビジネス】の記事を読んだ方から、筆者のところにも「ドル/円は1ドル=50円になりますか?」という照会が来ているが、筆者は「わかりません」と答えている。いずれにせよ、現在のドル安を誘導しているのは米国であり、米国が望んでいるのは“穏やかなドル安”である。この事はしっかり頭に入れておきたい。

ドルが50円になるかどうかはわからないが、「円高になる条件」なら筆者は答えることができる。

それは、

  • (1)米国株が大幅に下がること
  • (2)相場の変動率が大幅に上がること

の2つである。恐らく、この2つの条件がそろわないと、本格的な円高は到来しない。

では、この2つの条件を点検してみよう。

(1)米国株は下がっていない

現在、米国株は上げトレンドを継続している。相場は市場参加者の1~3カ月のコストである移動平均リボンの上にあり、米国株は下げていない。

NYダウ(日足)と移動平均リボン


(出所:石原順、ブルームバーグ)

(2)相場の変動率は上がっていない

シカゴ・オプション取引所のVIX(米S&P500株価指数オプションのボラティリティ・インデックス)恐怖指数は、今年の相場では下落基調が続いている。今後、VIXが35を超えてこない限り、下落トレンドが反転したとは言えないだろう。

VIX恐怖指数(日足)

ボラティリティ(変動率)が上がりそうで上がらない…


(出所:石原順、ブルームバーグ)

下のチャートは日経225のヒストリカル・ボラティリティ(20日)だが、昨年のリーマン危機時に121%という100年に1回の変動率を記録して以来、変動率は低下している。VIXのチャートと瓜二つで、日本株と米国株は動きがまったく同じである。(外人が日本株を買わない理由=分散投資が効かない)

日経225のヒストリカル・ボラティリティ(日足)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

本格的な円高が到来する2つの条件が満たされていないので、11月6日現在は大きな円高トレンドが発生する環境にないと言えるだろう。NYダウが上げ基調、VIX恐怖指数が下げ基調のうちは、本格的な円高サイクルは到来しないと思われる。

2009年1月末を100としたNYダウ(青)・VIX(赤)・豪ドル/円(緑)の推移


(出所:石原順、ブルームバーグ)

2009年相場も11月に入った。シカゴ市場では、今年の相場で最も効率よく稼いだのはオプションの売り手(変動率=ボラティリティの売り手)であったと言われている。昨年のリーマン危機でオプション価格は暴騰(=変動率が急上昇)したが、2009年は中央銀行のバブル政策で金融危機がいったん終息し、オプション価格は暴落した。相場はオプション市場で“変動率”を売ったり買ったりすることも出来るのである。

シカゴのあるオプション専門ファンドの運用成績(2005~2009年)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

さて、今夜は米雇用統計の発表がある。昨日の株高でやや楽観的な空気が市場にはあるが、失業率が2ケタの大台に達する可能性も否定できない。重要な指標発表の前は短期売買にとどめ、結果を見てから動いたほうがよいだろう。

豪ドル/円(1時間足)
21時間ボリンジャーバンド(上段)と平均足(下段)


(出所:楽天証券)

円相場の相場変動幅(ATR)の動向(データは2009年11月5日まで)

ドル/円およびクロス円市場は「円の上昇時に変動幅が拡大し、円の下落時に変動幅が縮小する」という市場の構造を持っている。(特に変動幅縮小の過程では円安になりやすいというのが円相場の特徴である)ドル/円やクロス円通貨は、ATR(アベレージトゥルーレンジ)が下がる過程で円安、上がる過程で円高となるパターンが多い。黄色の期間は円の売り放置やキャリー取引はリスクが高くなる。

豪ドル/円(左)とユーロ/円(右)の20日ATR


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ポンド/円(左)とドル/円(右)の20日ATR


(出所:石原順、ブルームバーグ)

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