リタイア後、投資のリスク許容度は大きく変化する

 長いビジネスキャリアに区切りをつけて、リタイア生活に入るのは、会社員にとっていつかやってくる夢のステージだと思います。

 そのとき、退職金を受け取り、継続雇用を終えて、公的年金の受給開始となります。一般的には65歳です。定期収入として考えた場合は「給与収入→年金収入」となり、金額が減少することはあっても定期的な入金があることは変わりがありません。

 支出については、現役時代と比べて老後の生活コストが減少します。住宅ローン返済や教育資金負担が減るのは大きいものです。また、税金や社会保険料などの非消費支出も減少します。こちらは厚生年金保険料がゼロになるのが大きく(もらう側になるので!)、他の負担も公的年金収入に応じて算出されるので負担減少となります。

 つまり、日々の家計のフロー、収支については「収入減少に見合う、支出減少」のバランスが取れたら、それほどおびえる必要はありません。収支のバランスさえ注意すれば、年金収入は終身でもらえますので、年金破産は回避できるわけです。

 さて、もうひとつステージが変わったときに考えておくべきは、「資産管理」と「リスク許容度」になります。投資家として考えた場合、「リタイア前」と「リタイア後」についてはあなたの資産管理の前提が大きく変化することを考えておく必要があるのです。

 リタイア前、つまり資産形成期にある現役世代は「新規積立金」が常に流入し続けます。また取り崩しは原則として行わず、将来の資金ニーズのために蓄積し、かつリスクを取った資産運用を継続していくことができます。

 短期的な値下がりがあっても、売却せずにホールドすることができます。含み損があっても市場の回復で解消を待つことができ、むしろ下落時期は新規投入資金にとっては値上がり益を獲得するチャンスになるからです。若い人はリスクを取れる、といわれるゆえんです。

 ところが、リタイア後は新規積立金がストップします。そして定期的な取り崩しを希望することになります。また市場の下落が生じたとき、安値で新規積立をすることはできないうえに、必要額の取り崩しだけは確定していきます。資産管理において全く違うステージになります。

 リスク許容度としては現役世代と比べ大きく下がり、リスクを取りにくい状態になります。しかし、リスクと付き合いながら資産管理をしていきたいというニーズもあるでしょう。リタイア生活者は運用リスクとどう向き合うかがカギとなります。

要注意!リタイア直後の株価急落は、セカンドライフに影響大

 ここしばらく、株価の下落が続いています。もしこの流れが継続するとすれば、この春にリタイアを迎える人たちは、資産運用をどう考えるかしっかり検討しておくことが重要になります。

 実は「リタイア直後の株価の下落」があなたのセカンドライフの収支を決定づける可能性が高いからです。

 先に述べたとおり、リタイア前後にリスク許容度の変化が生じるとしたら、投資スタンスを変更する必要があります。具体的には投資比率の引き下げです。

 しかし、実際にはリタイアしてすぐにリスクウエートを引き下げる人は多くありません。

 むしろ、「投資資金が増える」という現象がしばしば起こります。退職金や企業年金(一時金で受け取る人が多い)、満期となった保険の返戻金などの入金が生じて、一気に資産額が増加することがあるからです。「まとまった資金もあるし、投資を始めてみようか」と100万円単位で入金する素人個人投資家ほど危ういものはありません。

 かつて、団塊世代で「退職後投資初体験」をした人たちがいました。しかし退職直後にやってきたリーマンショックで大きな含み損を抱え、恐怖で損失確定した人も少なくなかったといわれます。

 実はその後、5年ほど待つことができれば株価は回復したわけですが、待ちきれずに損失確定した場合、退職金が一気に目減りし、そのマイナスは戻ってきません。今ごろは、つつましい年金生活を悔恨(かいこん)の念とともに過ごしていることでしょう。

 引退が近づいてきたら投資ウエートを落とすようなアドバイスはしばしば見受けられますが、それより注意すべきは、「リタイア後、まもなくやってきた急落」に備えて投資比率をコントロールすることなのです。

国の年金運用をサンプルに、リスクの取り方を検証

 公的年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の資産運用は、リスクを適度にとった資産配分の例として取り上げられることがあります(私も使うことがあります)。単年度ではマイナスパフォーマンスで終わる年があっても、中長期的には年平均3.7%の成績を確保しています。

 短期的に投資をやめたり中断しないポートフォリオの例としてもよく引き合いに出されます(公的年金運用ですから、中断はあり得ないわけですが)。

 しかし、この数字を個人の「リタイア後運用」に当てはめてみると、興味深い数字が現れます。例えば退職金などの資産がリタイア時点で2,000万円あったとして、年度末ごとに72万円(毎月6万円相当)ずつ取り崩すものとします。これは「老後に2,000万円」問題でも指摘された老後の不足額です。

 平均では年3.7%の運用成績を確保しているわけですから、74万円以上の収益を毎年確保しては72万円取り崩すペースとなり、資産は大きく目減りしていないはずです。

 ところが、2000年代の前半に何度かマイナス運用を経験してしまったことが影響し、2021年度末の資産額は1,877万円まで目減りしています。

 リーマンショック直後(2011年度末)とコロナショック直後(2019年度末)には1,500万円台まで資産額が減少しており、多くの場合、リスク資産運用を中断する判断をしてしまいそうです。老後の資産が含み損を拡大していくのは恐怖であるからです。

 ここで、試みに2000~2020年の運用成績を逆に並べ替えてみます。つまりコロナショックからの回復による急騰(2020年度、+25%)が最初で、リーマンからの回復が続き、後半に急落が何度か訪れるような流れです。

 先ほどの2,000万円、実は一度も元本を失うことなく、20年間キープし、2,398万円で着地します。引退初年度の運用成績が25%、最初の10年で9%以上の成績をあげた年度が4度あったことが奏功しています。

 こうした数字のいたずらを、シークエンス・オブ・リターンリスクと言ったりしますが、「引退年の直後」が「上げ相場」か「下げ相場」かは、セカンドライフの運用に大きな影響を与えるわけです。

リタイア直前、そして直後も 投資比率の判断は慎重に

「リタイアしたら、まとまった資金で投資をする」という素人の投資スタンスがかなり危ないものだということが分かると思います。

 もちろん、リタイア後10年くらいのスパンを想定して投資継続ができるのなら、リタイアしてからも資産の一定割合を投資する選択肢は考えられます。それでも、ニューマネーを市場下落~回復期に投入できないことは投資戦略上しんどいものがあります。

「リタイア直前」に投資比率を引き下げることはしばしば問題提起されてきました。企業型確定拠出年金の投資教育などでもプログラムに含まれているようです。個人の理解も進んでいることと思います。

 これからはさらに、「リタイア直後」も投資比率を過度に引き上げないことが重要であることを認識したほうがいいでしょう。

※今回のコラムは、筆者も発起人の一人となっている、デキュムレーション研究会での野尻哲史氏の発表に気付きを得ていますので、ここに謝意を表します。