リーマン・ショック以後の金融市場は信用リスクしかみていない。信用不安が高まるとリスク商品はすべて売られ、信用不安が後退するとリスク商品はすべて買われる相場となっている。信用リスクが後退すると、<ドル売り・クロス円買い>相場となるが、相場で儲けるのは簡単ではない。動きのわかりやすい通貨とわかりにくい通貨がある。ここで筆者のいう動きのわかりやすさとは、トレンドが出ているということと同じである。相場は瞬時の売買判断が要求されるため、投資家は比較的容易な動きをする通貨ペアを探す必要がある。

今週は【移動平均線】に焦点をあてた筆者のトレンドの認識の方法を紹介したい。筆者は相場のトレンドをみるうえで、13日移動平均線を重視している。強い買いトレンド期の相場は13日移動平均線の上で推移し、強い売りトレンド期の相場は13日移動平均線の下で推移する。相場が1ヶ月の市場参加者の平均コストである21日移動平均線を下抜ければ買いトレンドは終了し、上抜ければ売りトレンドは終了する。これが筆者のトレンド認識で、トレンドの強さは移動平均線の傾きで判断している。

豪ドル/円(左)とユーロ/円(右)の日足
13日移動平均線(赤)と26日移動平均線(青)

上下の緑のバンドは13日移動平均の±2%の乖離線(ブレイクすると急騰・急落相場となりやすい)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ポンド/円(左)とドル/円(右)の日足
13日移動平均線(赤)と26日移動平均線(青)

上下の緑のバンドは13日移動平均の±2%の乖離線(ブレイクすると急騰・急落相場となりやすい)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

上のチャートは豪ドル/円・ユーロ/円・ポンド/円・ドル/円の日足と13日移動平均線(赤)と26日移動平均線(青)の推移である。豪ドル/円相場は他の通貨に比べて13日移動平均線(赤)と26日移動平均線(青)の上か下で明確な相場展開となることが多く、筆者には比較的動きが読みやすい。また、豪ドル/円相場は13日移動平均線の2%超えからの急騰相場を演じることが多いので、デイ・トレードにも向いている。筆者の色眼鏡でみた独断では、ドル/円相場は移動平均またぎの相場が多いので相場の方向がわかりにくく、ポンド/円相場は相場の振れが大きすぎるので日足のトレンドフォロー売買には向かない相場つきとなっている。

次に市場参加者の1~3ヶ月の平均コストである移動平均リボン(20~75日移動平均線)を見てみよう。同じ対円相場ではあるが、ドル/円は移動平均リボンの強力な磁力から大きく離れることがなく、相場がどっちを向いているのかわかりにくい。一方、豪ドル/円は移動平均リボンの上で上げ相場となっている時間が長い。売りと買いというアウトライトの相場アプローチにおいては、どちらが簡単かは一目瞭然だ。

豪ドル/円(左)とドル/円(右)の日足と移動平均リボン


(出所:石原順、ブルームバーグ)

いつもレポートの最後に掲載している20日ATR(アベレージトゥルーレンジ)の動きをみても、豪ドル/円の動きが一番理屈に合っている。相場で収益を上げるには、複雑な相場の動きから簡単な場面だけを取り出してこなければならないので、筆者は複雑な動きやトリッキーな動きをする通貨ペアは取引したくない。新聞の大見出し的(相場解説的)にみるとクロス円相場はどれも同じような動きに見えるが、相場実践においてはそうではない。

なぜ、今年の豪ドル/ドル、あるいは豪ドル/円の動きが読みやすいのか?答えは明確であろう。現在の悪さ比べの外為相場の中で、豪州のファンダメンタルズが比較的良いからである。7月28日にオーストラリア準備銀行(RBA)のスティーブンス総裁は、「他の多くの国とは対照的に、豪州の現在の景気下降は戦後の深刻な下降期の一つではないと判明する公算がある」と発言している。100年に1度の危機と言われる昨今のご時世で、世界中見渡してもこれほど強気な中央銀行の発言はなく、結果、市場では利上げ観測が浮上している。

現在のバブル相場は、国策バブル相場であり中央銀行バブル相場だ。このバブルの構造は各国政府の<財政出動>と<低金利・量的緩和策>というリフレ政策で成り立っている。この両方の恩恵を受けているのが豪経済だ。

バブル相場と豪ドル高の構造


(出所:石原順)

信用リスクの低下と米・中の公共事業を背景とした鉄鉱石需要が促す豪ドル高は、非常にわかりやすい相場構造といえるだろう。1ヶ月前からシカゴの通貨オプション市場では、当たり屋と呼ばれるCTA筋が、豪ドル/ドルのコールオプションの買いやロング・ストラングルのポジションを構築している。筆者がヒアリングしたところ、リスクを限定した上で、豪ドル/ドルが0.85を上抜いてくると利益が出るポジションを組んでいるようだ。また、某著名投資家のファンドも豪ドル相場や鉱山株相場に参戦していると聞いている。

豪ドル/ドル(日足) 中期抵抗線をブレイク


(出所:石原順、ブルームバーグ)

豪ドル/ドル(日足)14日ADX(赤)と26日標準偏差ボラティリティ(青)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

豪ドル/円(日足)14日ADX(赤)と26日標準偏差ボラティリティ(青)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

7月の豪ドル/円相場は、先週のレポートで述べたように投信設定需給があるので下値は堅い。5月・6月の豪中銀の豪ドル売り介入がボディーブローとなり、6月から7月半ばまで豪ドル/ドルの上昇トレンドは発生しなかった。対円・対ドルを問わず7月末から8月の豪ドル相場に大きな買いトレンドが発生するかどうかは、8月11日~12日のFOMCの声明がカギを握っている。バブル相場の賞味期限をFRBが決める以上当然ではあるが、現在、ファンドマネージャーの間では8月と9月のFOMCの話題が多い。

海外のトレーダーの話では、「このバブル相場は意図して作られている以上、リフレ(インフレ)政策は当面継続される」という意見が多い。税金を使うと世論と議会が敵に回る。オバマ政権の支持率低下やカリフォルニア州の動向をみていても、米国で追加の財政出動は困難な状況にある。したがって、バブル相場を支える2大要因のうち、相場的には財政出動(財政出動の効果が実体経済に波及するのはこれからだが…)が後退し、金融政策の比重が高まらざるを得ない。早期に出口政策など模索しようものなら、失われた20年?の日本経済の二の舞となりかねない。さて、バーナンキ議長はどんな判断(国債買い取りプログラム延長の有無に注目)を下すだろうか?

8月FOMCまでのクロス円相場は基本的に原油と株の動きに連動するだろう。某投資銀行の主力商品(巨大な利益を上げている)である原油と波乱含みの中国株の相場には特に注目したい。中国では銀行融資の2割が株式市場に流入していると言われるなか、7月29日に中国工商銀行と中国建設銀行が新規融資の年間目標に上限を設定したことで中国株が急落した。中国の一件はバブルのガス抜き的な動きだが、一日に5~7%も変動すれば投資家はたまらないだろう。ストップ・ロスは当然として、こういった突発的なニュースに対応するためには、利益の出ているポジションの<利食いの逆指し値>を相場の上昇にしたがって引き上げていくなどの細かい対処が必要だ。国策バブル相場は簡単には終わらないと思われるが、相場はなにがおこるかわからない。資産防衛措置は怠らないようにしたい。

円相場の相場変動幅(ATR)の動向(データは2009年7月30日NY時間途中まで)

ドル/円およびクロス円市場は「円の上昇時に変動幅が拡大し、円の下落時に変動幅が縮小する」という市場の構造を持っている。(特に変動幅縮小の過程では円安になりやすいというのが円相場の特徴である)ドル/円やクロス円通貨は、ATR(アベレージトゥルーレンジ)が下がる過程で円安、上がる過程で円高となるパターンが多い。黄色の期間は円の売り放置やキャリー取引はリスクが高くなる。

豪ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯

豪ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯
(出所:石原順、ブルームバーグ)

ユーロ/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯

ユーロ/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯
(出所:石原順、ブルームバーグ)

ポンド/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯

ポンド/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯
(出所:石原順、ブルームバーグ)

ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯

ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯
(出所:石原順、ブルームバーグ)