今月の外為市場では「豪ドル/円が突然急落する」という現象が起きていて、外為市場参加者を驚かせている。これまで当レポートや外為ライブリポートでも述べてきた「仕組み債絡みの円買い」が、ドル/円、豪ドル/円市場の波乱要因となっている。3月決算を控えて国内法人は為替系仕組み債のポジションの圧縮に動き始めており、解約にともなう外貨売り/円買いが3月決算を前に活発化している。ロイターの報道では「2月4日の市場で売却された豪ドル/円は、市場筋の推計でおよそ10億豪ドル規模。クロス円の取引量としては異例の大きさだった」と伝えられている。

昨年10月以降の円の急騰相場の見えない主役は【PRDC(パワー・リバース・デュアル・カレンシー)債】や【金利・通貨スワップ】に絡んだ円買いであった。これらの仕組み債は「ドル建て」か「豪ドル建て」で、外資系投資銀行や日本の銀行・証券会社を経由して法人や個人が大量に購入しており、現在大幅な損失が出ている。為替系仕組み債は、簡単に言うと円キャリー取引であり、円高になると損失が増える。現在の円高水準にあっても損失処理が遅れており、潜在的な円高圧力として温存されている。

マーケットニュース社の報道によると、仕組み債のヒット商品といわれる【PRDC債】は日本の投資家のみに900億ドル程度販売されているようだ。「オプションのデルタヘッジ」・「スワップのキャンセレーション(解約)」がもたらす突発的な円高に3月までは注意する必要があろう。【金利・通貨スワップ】の場合は円高になると膨大なマージン(発行体の社債購入による追加担保)の差し入れを迫られるため、仮に、今後円高が進展すれば3月までに解約を余儀なくされる投資家が多いと思われる。

いずれにせよ円キャリー取引の解消はまだ道半ばで、リパトリエーション(資金の本国回帰)による円高圧力は軽視するべきではない。仕組み債の解約やヘッジの円買いは値頃感に関係なくデジタル(機械的)に処理されるため、相場の大変動を誘発する。筆者の手元にある資料では2006年~2007年に販売されたものは、ドル/円では87円を下回ると74円あたりまでノックアウトが並んでいる。トリガーを断続的にヒットし、思わぬ円高を招く可能性があるので注意したい。現在の円高は日本のファンダメンタルズに起因するものではなく、円キャリー取引によって起こったファンドバブルが構造的に破綻し、需給が逆回転していることによって起こっている。

ファンドマネージャーの間で昨今注目されているのは、ロシア情勢・中東のSWFの動向・米国債の動向である。英フィナンシャルタイムズ紙が「中国はドルの価値が目減りしても米国債を購入し続ける」と報道したことや、過去最大規模(670億ドル)の入札を今週無事に通過したことで、米債市場はやや安堵感が出ている。しかし、今年に入って米国の長期金利は上昇しており、今後も「不景気の金利高」には注意が必要だ。長期金利の上昇は住宅市場を直撃する。また、金利上昇期の前半はドル安となることが多く、金利差で相場をみていると大怪我をすることになるかもしれない。格付け機関のムーディーズは「景気減速により、米国のAAA格付けは試されている」とコメントしており、米国債の格下げ問題が近い将来にマーケットテーマとして浮上してくる可能性があるだろう。

米10年国債利回り(日足) 2009年に入り長期金利が上昇傾向に・・


(出所:ブルームバーグ、石原順)

米国のファイナンス(資金調達)と比べものにならないほど深刻なのはロシア情勢である。2月10日付の日本経済新聞の朝刊で「ロシアが最大4000 億ドル(約36兆円)の民間債務返済繰り延べを欧州などの外国銀行に要請する」との報道があった。ロシアの外貨準備高は4000億ドル以上といわれているが、為替介入でこの数字は半分程度になっているのではないかと噂されるなか、先行きの資金繰りは厳しいと思われる。問題は、ロシア経済がおかしくなると危機が欧州に飛び火することである。1998年8月のロシア危機では、ロシアと関係が深い欧州やブラジルなど中南米の株式・債券の保有者も大変な損失を被った。

この金融危機の最中、ロシア経済の悪化でドイツをはじめとする欧州金融機関の信用リスクが一段と高まるのは間違いないだろう。欧州の金融機関は資金繰りが悪化すれば新興国向け融資を引き上げるため、結局は世界を巻き込むことになると思われる。今後、ロシアでなにか問題が起こった場合、ユーロもポンドも買えない。外為市場ではドル高・円高のリスク収縮相場が展開されるだろう。したがって、クロス/円相場の大局は戻り売りである。今週はロシア当局が、ルーブル防衛のために1%の利上げを行った。世界的な利下げサイクルのなかで利上げを行ったということが事態の深刻さを伺わせるが、当面、ロシア情勢を注意深くみておく必要があろう。

ルーブル/ドル(日足) リーマンショックの余波でルーブルが急落


(出所:石原順、ブルームバーグ)

1998年8月17日にロシア中央銀行が行った「対外債務の90日間支払停止」後のドル/円相場(日足)の推移


(出所:石原順、ブルームバーグ)

昨年までのファンドバブルで一世を風靡したオイルマネーだが、原油価格の暴落後は損失処理を優先させているようだ。SWFなどと呼ばれていた時代の勢いはなく、聞こえてくるのは巨額損失の話ばかりである。もう一段の原油安になるようだと、株式を中心にポートフォリオの圧縮に動く可能性が高いので、原油価格の動向にも注意が必要だろう。

原油先物(日足)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

さて、先週の対円相場は買い戻しの円安が進行し、レンジ抜け(ブレイクアウト・パターン)となったため、今週はもう一段の円安も期待された。しかし、外為市場は円高圧力の強い展開となっている。これまで述べてきた需給の悪化から負の連鎖が各通貨ペアで順繰りに起きており、金融市場全体を眺めてみても、現在、買い戻し以外の要因で買いが入っている商品は、(ETFバブルとなっている)ゴールドだけである。要するに今の相場は、戻ったところは売らないと儲からないのである。

景気の悪化と当局の対策のせめぎ合いのなか、外為相場は「投げと踏みの応酬」となっており、ファンダメンタルズを反映しにくい「需給相場」となっている。(金曜日の週末のポジション整理は特に要注意)投機筋のストップ・ロス・ハンティング主導の相場なので大きい利益は狙わず、引き続き「短期トレード主体」の戦法をとりたい。

目先5日間のドル/円、ユーロ/円、ポンド/円、豪ドル/円相場は、以下のチャートの黄色の部分をコア・レンジとした上下の緑色の部分までの変動を予想している。黄色のコア・レンジをブレイクすると、緑色のレンジに相場の方向が移りやすい。円売りポジションは黄色のコア・レンジの上限・下限の手前ではいったん利食いをするのがよいだろう。「利食いして破産した人はいない」という相場格言があるが、現在のような視界不良の相場では利食い千人力である。

ドル/円 目先5日間の予想レンジ


(出所:石原順、楽天証券)

ユーロ/円 目先5日間の予想レンジ


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ポンド/円 目先5日間の予想レンジ


(出所:石原順、ブルームバーグ)

豪ドル/円 目先5日間の予想レンジ


(出所:石原順、ブルームバーグ)

円相場の相場変動幅(ATR)の動向(データは2009年2月12日まで)

ドル/円およびクロス円市場は「円の上昇時に変動幅が拡大し、円の下落時に変動幅が縮小する」という市場の構造を持っている。(特に変動幅縮小の過程では円安になりやすいというのが円相場の特徴である)ドル/円やクロス円通貨は、ATR(アベレージトゥルーレンジ)が下がる過程で円安、上がる過程で円高となるパターンが多い。黄色の期間は円の売り放置やキャリー取引はリスクが高くなる。筆者はデイトレードおよびスウィングトレードでも緑の期間は円売り、黄色の期間は円買いを中心にしている。相場の循環からみると、当面は円高バイアスがかかり続けるので過信は禁物である。また、過去にはATR上昇で円安、 ATR下落で円高となった局面も多いので注意されたい。

ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ユーロ/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ポンド/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)

豪ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)