大暴騰する欧州の天然ガス価格
以下のグラフは、欧州、日本、米国の天然ガスの価格推移を示しています。欧州の天然ガス価格が「棒上げ」状態であることがわかります。
図:主要国・地域の天然ガス価格 単位:米ドル/百万英国熱量
図:欧州の天然ガス価格「棒上げ」の背景
1.ウクライナ情勢を巡る対立により、ロシアから欧州への供給が減少していること、2.欧州・ロシア双方で、寒波で需要が高まっているとみられること、3.「脱炭素」がきっかけで、需要増加観測が高まっていること、4.コロナショック(2020年)からの景気回復などの、価格を上昇させる複数の要因が同時に存在しているためだと、考えられます。
ロシアと欧州をつなぐ、天然ガスの主要パイプラインにおいて、通常は西向き(ロシア→欧州)に流れるところ、一時、東向き(欧州→ロシア)に流れている可能性を指摘する報道がありました。
ウクライナ情勢の混迷度が増していることや、ロシアでの厳冬期の需要増大(欧州向けの供給減少)をうかがわせる報道だったと言えます。
かくして、足元、欧州の天然ガス価格は、日本のLNG(液化天然ガス)の価格の約3倍、シェール革命により長期的な低位安定傾向にある米国の価格の10倍以上の水準で推移しています。
地域間で価格の波の振幅が大きく異なるのは、価格決定の仕組み、為替(対ドルのユーロ、円相場)の動向、(上記で述べた)調達元や輸送インフラを巡るリスクの度合いや、当該地域での政策など、複数の要素で差異があるためだと、考えられます。
天然ガスと原子力は「お墨付き」を得た!?
欧州の天然ガス価格を押し上げている要因の一つに、「脱炭素起因の需要増加観測」が挙げられます。
欧州では、燃焼時に排出される二酸化炭素の量が比較的多い石炭から、比較的少ないとされる天然ガスにシフトすることが、「脱炭素」を進める上で有用であるという考え方が、主流になりつつあります。
2022年1月1日、EU(欧州連合)の欧州委員会は、天然ガスと原子力を「脱炭素」推進に資するエネルギーであるとの見方を示しました。これにより欧州では、「脱炭素」をきっかけに、ますます、天然ガスの重要度が増す可能性が高まりました。
見方が示されたに過ぎないとはいえ、天然ガス、および、同時に指名された原子力は、環境配慮先進地域である欧州から、ある意味「お墨付き」をもらえるほど、注目されていると言えるでしょう。
自動車排ガス規制がそうであるように、環境配慮先進地域である欧州の動きは、世界全体の環境対応の先行指標になります。「脱炭素」を進めるにあたり、今回の天然ガスと原子力にお墨付きを与えた欧州の方針が、将来的に、世界の方針になる可能性があります。
欧州のルールにのっとらない場合、その企業や国が、政治や貿易などの関わりにおいて、欧州と疎遠になるリスクが生じます。今のところ、欧州と関わりを維持・強化することを望むのであれば、環境配慮先進地域のルールにのっとる必要があります。
図:欧州委員会は「天然ガス」「原子力」に注目
天然ガス版OPEC、「GECFプラス」とは?
欧州委員会が天然ガスに「お墨付き」を与えることを示唆したことで、天然ガスへの関心が、今まで以上に高まることが予想されます。こうした動きを好意的にとらえていると考えられるのが、天然ガスを輸出している国々です。
「GECF (The Gas Exporting Countries Forum:ガス輸出国フォーラム)」という産ガス国のグループがあります。さしずめ、「天然ガス版のOPECプラス」となるでしょうか。
GECFは、最初の会合を2001年に行いました。2007年ごろから活動を本格化させ、現在、11カ国のメンバーと、7カ国のオブザーバー(≒議決権のない参加者)とで構成されています。18カ国中、12カ国がOPECプラスのメンバーです。
産油国の一つである北欧のノルウェーが含まれているのは、随伴ガス(原油を生産した際に油田から発生する天然ガスの一種)の生産が行われているためだと、考えられます。また、事務局長はロシア政府でエネルギー関連の要職を務めた人物(ユーリー・センチュリン氏)です。
図:GECF(ガス輸出国フォーラム)
昨年より、GECFとOPECの連携強化が目立ち始めています。OPECの資料によれば、GECFは、2021年10月27日に、前年(2020年)11月に続き2回目となるOPECとの合同会合を主催しました。
2020年11月は、バイデン氏がトランプ氏との激戦の果てに勝利宣言をした、米大統領選挙が行われた月でした。GECFとOPECは、バイデン氏が前面に押し出した「脱炭素」推進への強い姿勢が、彼らの生命線ともいえる化石燃料の存在を脅かしていると、受け止めた可能性もあります。
しかし現在、あの環境配慮先進地域の欧州が、彼らの生命線の一つである天然ガスに「お墨付き」を与えることを示唆しました。この示唆により、(石炭と石油は、今後さらに市民権を失うことになるかもしれませんが)これまで見られた化石燃料を漠然と広く否定する動きに変化が見られたことは、確かでしょう。
今後長期的に、GECFがこうした動きに乗じて、OPECプラスがそうであるように、消費国に根強い需要があることを逆手にとって、「減産による価格引き上げ」や「増産による価格引き下げ」を行ったり、大きなシェアを後ろ盾にして、アナウンス効果を使って世界のエネルギーの安全保障や政治問題などに対して、影響力を持つようになったりする可能性を否定することはできません。
欧州の天然ガスへのお墨付きを与える示唆は、GECFの影響力を大きくする大きなきっかけになるかもしれません。
火力発電において石炭比率が高い国ランキング
天然ガスを積極的に使用するムード(≒石炭を使用することを否定するムード)が強まると、これまで火力発電の分野において石炭を多用していた国々が、天然ガスにシフトする可能性があります。
以下は、火力発電において石炭のシェアが高い国のランキングです。
図:火力発電における石炭消費の割合(70%超) (2021年9月時点)
IEA(国際エネルギー機関)のデータによれば、火力発電における石炭のシェアが70%を超える国は、8つあります。そのうち、全体に占める火力発電の割合が50%を超える国は6つあります。発電量が世界屈指のインド、中国、再生可能エネルギー由来や原子力の割合が低い、東欧のセルビア、ポーランド、ブルガリアなどです。
こうした国では、「脱炭素」推進のため、原発を新設したり、圧倒的な規模の再生可能エネルギー由来の発電施設を整備したりするまでの間、火力発電を継続させるため、その燃料を石炭から天然ガスにシフトする可能性があります。
原発新設も圧倒的な規模の再生可能エネルギー由来の発電施設の整備も、非常に難易度が高いため、目先しばらくは、火力発電による発電を継続させることになるとみられ、その間、世界的な天然ガスの需要が増加する可能性があります。
この点は、天然ガス価格を長期的に押し上げる要因になるとみられます。
日本のLNG価格は原油価格に連動
日本のLNG価格は、原油相場に連動する傾向があります(価格決定方式がそうなっている)。足元の日本のLNG価格が、欧州の天然ガス価格のような「棒上げ」になっていないのはこのためです。
図:日本のLNG価格とドバイ原油価格
日本のLNG価格の決定方式が現在と変わらなければ、仮に今後、世界の天然ガス相場が長期上昇トレンドを描いたとしても、わたしたちの生活に密接な電力価格が大きく上昇する可能性は低いと言えそうです。
今回は、欧州委員会が天然ガスにかかる方針を示唆したことを受けて、天然ガスの長期的な価格動向について考えました。
[参考]天然ガス関連の投資商品例
★ | 銘柄名 | コード |
---|---|---|
国内ETF | WT天然ガス | 1689 |
国内株式 | 伊藤忠 | 8001 |
丸 紅 | 8002 | |
三井物産 | 8031 | |
住友商事 | 8053 | |
三菱商事 | 8058 | |
外国株ETF | Direxion デイリー S&P 石油 ・ガス採掘・生産 ブル2倍 ETF | GUSH |
Direxion デイリー S&P 石油 ・ガス採掘・生産 ベア2倍 ETF | DRIP | |
外国株 | EQT | EQT |
エクソン・モービル | XOM | |
サウスウエスタン・エナジー | SWN | |
アンテロ・リソーセズ | AR | |
パイオニア・ナチュラル・リソーセズ | PXD | |
ダイヤモンドバック・エナジー | FANG | |
海外先物 | ミニ天然ガス |
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