ポール・チューダー・ジョーンズ、スティーブン・コーエン、ジョン・ポールソンという名うてのヘッジファンド運用者が現金確保に動いているという。ブルームバーグの報道によると、「チューダー・インベストメントで最大のファンドを22年間運用しているジョーンズ氏は、メキシコ・ペソが10月初めから 16%下落したのを見て換金売りを始めた。コーエン氏は1930年代以降で最悪の株式市場混乱のなか、トレーダーに売りを命じた。現在、資産の約半分を現金で保有している。年初から9月までプラス約25%の運用成績を収めたポールソン・アドバンテージ・ファンドを運用するジョン・ポールソン氏は、先月終わりには約70%を現金で保有していた」という。

ファンドの解約や決算にともなう換金売りによって、現在はすべての市場が売り傾向となっている。11月決算分の換金売りは今週がピークであるが、市場では「年内は警戒を怠れない」と言われている。

注目すべきは質への逃避先で最も安全な商品といわれている米国債市場や、金融恐慌に強い実物資産と言われるゴールド市場からも資金流出が起きていることであろう。ファンドの決算に絡んだ需給相場といえば需給相場だが、現在の買い手不在相場のなかでは相場の変動が大きくなる。

ゴールド先物(日足) ファンドの換金売りか?


(出所:石原順、ブルームバーグ)

米10年国債(赤)と2年国債(青)の利回り 利回り上昇=国債が売られている


(出所:石原順、ブルームバーグ)

先日、あるファンドのディレクターにあったが、現在、多くのファンドはレバレッジ1倍どころか0.3から0.5倍で運用を行っているという。100億円の現金があっても30億円から50億円の想定元本でしか運用していないということだ。最もリスクをとるといわれるファンド勢がこの状態では、市場の流動性が落ちて値動きが激しくなるのも仕方あるまい。

市場から危機が去ったか否かは、ドル建てのロンドン銀行間取引金利(LIBOR)と恐怖心理指数(VIX)の2つを見ていればよいだろう。これらが下がれば金融不安心理が沈静化に向かっていることを意味する。現在、この2つの指標は下がってはいるものの高止まりの状態が続いており、予断を許さない状況にある。

ドル建てのロンドン銀行間取引金利=LIBOR(日足)
1週間物金利(青)3カ月物金利(赤)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

シカゴオプション取引所に上場されている恐怖心理指数=VIX指数(日足)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

下のチャートは豪ドル/円の日足チャートである。チャートの上段は1日の変動幅(トゥルーレンジ)だが、水色の部分の変動幅が通常のノーマルな相場である。何度も述べているが、現在のように相場が歴史的な変動幅を記録している局面はポジションを小さくすることを心がけたい。そうしないとリスク管理がおぼつかないであろう。

豪ドル/円(日足)21日ボリンジャーバンド
筆者はボリンジャーバンド1σ(白い帯)の外側で相場が推移しているときは相場が方向性を持っていると認識している(これは、相場に対するアプローチおよび考え方の参考データで将来の収益を保証するものではありません)。


(出所:石原順、ブルームバーグ)

楽天FXチャート 豪ドル/円(日足)21日ボリンジャーバンド1σと移動平均線の傾き
(9月8日~10月17日)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

楽天FXチャート 豪ドル/円(1時間足) 21時間ボリンジャーバンドと移動平均線の傾き
(10月15日AM7:00~10月17日AM9:00)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

今週月曜日の『株式市場連動の円相場』というレポートで「株式市場のトレンド転換の示唆を受けて、今週の相場はこれまで売られすぎていた市場で戻りを試す展開となるだろう。最も市場のセンチメントはまだ疑心暗鬼である。戻り一巡の後は、上げの方向性を確認するテスト(戻り売り)が数回繰り返される。短期的にも下げトレンドがまだ継続しているなら、今週の市場で相当な戻り売りの圧力がみられるだろう」と述べたが、NYダウもクロス円も上げの方向性を確認するテスト(戻り売り)が早速行われている。10月17日現在、NYダウもクロス円(南アフリカランドを除く)もまだ10月10日につけた安値を維持している。方向性を確認するテストがATRチャートに示した赤のレンジのなかで繰り返された後にレンジ離れが起こるだろう。それまでは相場に方向感は出にくい。

円相場の相場変動幅(ATR)の動向(データは2008年10月16日まで)

ドル/円およびクロス円市場は“円の上昇時に変動幅が拡大し、円の下落時に変動幅が縮小する”という市場の構造を持っている。(特に変動幅縮小の過程では円安になりやすいというのが円相場の特徴である)ドル/円やクロス円通貨は、ATR(アベレージトゥルーレンジ)が下がる過程で円安、上がる過程で円高となるパターンが多い。黄色の期間では円の売り放置やキャリートレードはリスクが高くなる。ATRは過去に見ないような上昇を続けており、現在は円売りリスクの高い局面であることに注意していただきたい。

豪ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ユーロ/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ランド/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)

世界の株式市場の時価総額のピークは約6,500兆円であったが、現在の急落で半分以下まで減少している。ピークからみると同じ資金量で現在は2倍の株式が取得できることになる。これが、筆者がこれまでレポートで述べてきた現金のバブルである。オーバーレバレッジの解消で金融機関のスケールダウンが進行しているが、それにともない市場規模もスケールダウンしていく。しかし、このスケールダウンも、どこかに限度というものがある。このスケールダウンが極まった時、株式市場は20年周期の大底をつけるのではないだろうか。そして、それはそう遠い話ではないだろう。この先、筆者にとっては(年齢を考えると)人生最後の買い場(前回は1987年)が到来すると思われる。現金というのは本来、使用価値である。いつまでも現金がバブルしつづけることはない。

英国のブラウン首相が新しい金融の規律を提唱しているが、金融の新しいビジネスモデルが生まれるには、現在のビジネスモデル(レバレッジ経営)の崩壊がプロセスとして必要なのだろう。新しい上げ相場は総悲観のなかから生まれる。相場も経済も循環に過ぎない。