円売りや円キャリー取引をおこなっている投資家にとって、8月という月は積極的に動きたくない時間帯である。過去10年間の相場を見てみると、8月のドル /円相場の星取り表は1勝9敗で、「8月は円高の月」との印象が強い。余談だが、筆者も明日から夏休みである。8月は北半球が夏休みシーズンに入り市場の流動性が落ちるため、突発的な材料で相場の変動率および変動幅が上がりやすい。

ドル/円(月足)1998年~2008年
過去10年間、2006年を除いて8月(赤のポイント)はドル安


(出所:石原順、ブルームバーグ)

逆に円買いを狙う投機筋にとって「8月は仕掛け時」である。昨日もグローバルマクロ運用のヘッジファンドのマネージャーと話していたら、「現在、円を買っている」という。その理由について聞くと(散々ファンダメンタルズを語った後)、「8月だから」という回答であった。

これまでのレポートで述べてきたように、ドル/円およびクロス円市場は「円の上昇時に変動幅が拡大し、円の下落時に変動幅が縮小する」という市場の構造を持っている。(特に変動幅縮小の過程では円安になりやすいというのが円相場の特徴である)通貨オプション市場をみているとよくわかるのだが、ユーロ /ドルやポンド/ドルにはこのような構造はない。いずれにせよ、8月は(薄商いのなか)何年かに一度急激な変動が起こる月なので、8月の季節要因には注意したい。

ドル/円相場は7月16日の103円77銭でドルの中期的な底が入ったのであれば、相場はまだ若く早晩6月16日高値の108円58銭を上抜いてくるはずである。しかし、現在108円台が重く、108円58銭を抜けるまで円売り勢は昨年の相場の再来が起こる恐怖との戦いを強いられるだろう。

ドル/円(日足)今年も昨年の相場パターンを繰り返すのか?


(出所:石原順、ブルームバーグ)

相場の地合が昨年と明らかに違うのは、米国が現在「ドル高政策」を公言していることである。したがって、現在のドル相場には現在下方硬直性がある。(ここに注目するファンドは、現在ドル/円が一定のレンジ内あれば儲けがでるショートストラングルのポジションをオプション市場で構築している)

この先ドル高相場が継続するか否かの鍵は原油相場が握っている。ドル/円・ユーロ/ドル・ドル/スイス・豪ドル/ドルなどの対ドルストレートの売買は、「原油が下がればドルを買う」といった単純なロジックで原油相場を見ながらおこなわれており、相場の焦点が比較的はっきりしている。むずかしいのは「ドル高相場になった場合のクロス円相場」である。昨今の「ドル安・円安・原油高」という環境では、豪ドル/円・ユーロ/円・ポンド/円といったクロス円での円売りが概ね有効にワークした。しかし、もう一段の原油安によって今までの「ドル売り・円売り・原油買い」というポジションが本格的に巻き戻されれば、「ドル高・円高・原油安」を誘発する可能性がある。

先週はオセアニア通貨がらみのネガティブな材料が相次いだため、投資銀行やファンド筋の標的にされてオセアニア通貨が大幅に下落したが、このようなクロス円の軟調にドル/円相場も引っ張られて円が独歩高になるという展開には注意したい。現在の外為市場は悪さ比べの不美人投票相場である以上、大きくはレンジ相場の範疇のなかでの動きとなりやすい。グローバル規模で景気の減速が確認されている現在、どこの国も景気が悪いので大きなトレンドが発生しにくいが、このような局面ではレンジ内での裁定取引が主流になる。現在、売られすぎた南アフリカランドが買われ、買われすぎた豪ドルが売られているのはこの現象であろう。

豪ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯
(注:ATR上昇でも円安、ATR下落でも円高トレンドが発生することはある)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ランド/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯
(注:ATR上昇でも円安、ATR下落でも円高トレンドが発生することはある)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

(注: 本来、円キャリー取引はレバレッジ2~3倍でおこなう売買手法で、金利が入ってくる限りは基本的に7年以上放置するのが前提である。そのため、レバレッジを3倍以上かけたキャリー取引は市場から最大損の状態で追い出されるリスクが大きい。レポートに掲載しているATRを使ったキャリー取引手法の目指すところは「大変動リスクの回避」であり、「ディフェンス(防御)」を主眼としている)

ここ数年、「オイルマネー」と「外貨準備」が「世界の信用拡大と過剰流動性の供給」を担ってきた。新興国の経済成長を支えているのも、オイルマネーが供給する過剰流動性である。原油価格の下落はドル高には必要条件だが、これまで構築されてきた「ドル売り・円売り・原油買い」ポジションの巻き戻しによる副作用がクロス円市場を混乱させることになろう。

高金利通貨買い/円売り取引の場合、絶対金利差が相場のサポート要因にはなると思われるが、やはり鍵を握っているのは原油相場の動向であろう。急激に下げすぎた原油相場がここで一番底をつけて保合か反騰に入るなら、一旦ドル安・円安相場に戻りクロス円相場は堅調に推移するだろう。一方で、原油相場がもう一段の下落相場に入ればドル高・円高の可能性に留意しなければならなくなる。

WTI原油先物(日足)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

REUTERS/JEFFERIES CRB指数(日足)


(出所:石原順、ブルームバーグ)