米国、日本、ユーロ圏、英国、オーストラリア、ニュージーランドなど主要国の景気後退が鮮明になってきた。スペインの深刻な住宅バブルの崩壊、英住宅価格の下落など住宅バブルの崩壊のニュースが多いなか、比較的景気が堅調だったオーストラリアも「オーストラリアの金融危機は米国よりも深刻である」(英テレグラフ)「100年に一度の住宅不況忍び寄る豪州-主要都市すべてで価格下落」(ブルームバーグ)といったネガティブな報道が増えている。グローバル規模の景気後退局面にある現在、北京オリンピックが終われば景気後退に拍車がかかるだろう。外為市場は世界的な景気後退の状況証拠がそろってきたので、「買う通貨」がなくなってしまった。「全通貨売り」のなかでの裁定取引、つまり「不美人投票」や「悪さくらべ」となっている。どの国も景気が悪いので、なかなかトレンドが発生しにくい状況だ。このような局面では買われすぎた通貨が売られ、売られすぎた通貨が買われるものの、大きくはレンジ相場の範疇のなかでの動きとなりやすい。

これまでのレポートで述べてきたように、ドル/円およびクロス円市場は「円の上昇時に変動幅が拡大し、円の下落時に変動幅が縮小する」という傾向を持っている。特に変動幅縮小の過程では円安になりやすいというのが円相場の構造である。下のチャートはドル/円と豪ドル/円の一日の変動幅(TR=トゥルーレンジ)の推移だ。

ドル/円(日足) 一日の変動幅 1988年~2008年


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ドル/円(日足) 一日の変動幅 2005年~2008年


(出所:石原順、ブルームバーグ)

豪ドル/円(日足) 一日の変動幅 1988年~2008年


(出所:石原順、ブルームバーグ)

豪ドル/円(日足) 一日の変動幅 2005年~2008年


(出所:石原順、ブルームバーグ)

2007年3月から今年の3月まで変動幅が急上昇する局面が4回あり、円売りおよび円キャリートレードのポジションを持っていた投資家は大きな痛手を被った。急騰・急落相場は「エネルギーがたまると放出される」という地震のメカニズムと同じである。ドル/円の場合、一日の変動幅が1円50銭を超えてくると円急騰に注意が必要となる。豪ドル/円の場合は一日の変動幅が2円を超えてくると円急騰に注意が必要となる。直近の円相場の変動幅は拡大傾向となっていない。ドル/円市場は1円50銭以下、豪ドル/円は2円以下での変動幅で推移しているが、相場の変動幅の上昇は円急騰の予兆を示唆する現象なので今後もしっかりと観測していきたい。

バーナンキFRB議長は昨年の9月から7回(3.25%)にわたる利上げと大量の流動性の供給をおこなってきたが、日本のバブル崩壊の例のごとく景気は後退している。ベアー・スターンズの救済は事実上の公的資金の投入であったが、金融機関のセーフティーネットの問題は今回の住宅公社2社(フレディマック・ファニーメイ)の救済で公的資金投入の道筋がはっきりしてきた。要するに米国も尻に火がついてきたということだ。世界経済を揺るがしている原油高=ドル安の問題も米国の政策の結果としての現象であるが、ファイナンスの維持やドルの信任といった問題から政策を転換する必要にせまられているのである。米国は財政緩和・金融緩和の状況にあり、ポリシーミックスからはドル安が妥当といえよう。しかし、先週のレポートで述べたように、米国が変動相場制移行後の数少ない5回目のドル高政策を採用している現在、ドルの大幅な下落は先送りされると思われる。為替の歴史は政治の歴史でもある。為替相場の胴元である米当局とケンカしても分の悪い勝負となるだろう。バーナンキFRB議長やポールソン財務長官は日本のバブル崩壊の二の舞を回避するため、今後もあらゆる手段を講じてくると思われる。金融危機の只中ではあるが、11月の大統領選まではドルの急落局面は買いで対処するのが正解ではないだろうか?原油高騰やドル安の問題は需給関係ではなく、米国当局の政策が鍵をにぎっているのである。

WTI原油先物(週足) 原油市場も米国の政策次第


(出所:石原順、ブルームバーグ)

円相場とATRの推移

ATR(アベレージトゥルーレンジ):「当日高値-当日安値」「当日高値-前日高値」「前日終値-当日高値」の3つのうち最大の値幅(マド明けを含む最大値幅の計測)を当日の「真の値幅(トゥルーレンジ)」と呼び、この「真の値幅」の20日移動平均がATR(アベレージトゥルーレンジ)である。いわゆるキャリー通貨と呼ばれるドル/円や豪ドル/円などのクロス円の取引は、このATRが下がる過程で円安、上がる過程で円高となるケースが多い。急激な円高はすべてATRの上昇がトリガーとなっており、筆者は確率的な見地からATRが上昇中は円売り(円キャリートレード)を休止している。スワップ派の投資家は ATRの推移に注目していただきたい。

ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯
(注:ATR上昇でも円安、ATR下落でも円高トレンドが発生することはある)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

豪ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯
(注:ATR上昇でも円安、ATR下落でも円高トレンドが発生することはある)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ユーロ/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯
(注:ATR上昇でも円安、ATR下落でも円高トレンドが発生することはある)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ランド/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯
(注:ATR上昇でも円安、ATR下落でも円高トレンドが発生することはある)


(出所:石原順、ブルームバーグ)