これまでレポートでベアースターンズの救済とワシントンG7を契機にマーケットテーマが変質していることを指摘し、そのなかで「米国の金利政策がサブプライム問題からインフレにシフトしてきていること」「現在のインフレはドルを上げない限り(それが政治的に可能か否かは別として)収まらないこと」を言及してきたが、ここにきてこれらの状況証拠が整いはじめている。

6月3日、バーナンキFRB議長は「FRBは財務省とともに外国為替市場の動向を注意深く監視している」「ドル相場の変動がインフレとインフレ期待に及ぼす影響を注視している」「物価安定と最大雇用というFRBの責務を果たすことがドルを安定した通貨として保証する鍵になる」とFRBの管轄外であるドル相場について言及した。FRB議長がはっきりとドル安懸念を述べることは稀で、市場はこれをドル防衛発言と受け止めている。バーナンキ米連邦準備制度理事会FRB議長は2月29日に「ドル安は赤字縮小に望ましい」と述べてドル売り実物資産買いを加速させたが、6月3日の発言は180度方針転換しており、これ以上のドル安はスタグフレーションの引き金になるとの認識をしめしたものといえよう。マーケットテーマだけでなく、米政策当局の姿勢も「サブプライム問題からインフレへ」とシフトしているのである。

過去3年の商品価格上昇が世界にもたらしたコスト負担増は250兆円(原油200兆円、鉄鉱石と原料炭で20兆円、穀物30兆円)と言われているが、すでにインフレは政治的にも放置できない水準にきたということだ。金融市場でも市場原理が働かない国の投資マネーばかりが拡大している。現在の富の偏在先であるロシアや中東諸国では市場原理が働かないため、世界経済は悪循環のシナリオに陥りやすい。特定の商品が値上がりすれば、その商品は通常は増産されるはずだが、中東やロシアの余剰マネーはそうした資源開発や食料増産のための設備投資、あるいはインフラ整備にもあまり回されず、余剰マネー自体が商品市場に投機マネーとして流入し相場を押し上げている。生産者が商品の増産ではなく、商品の価格を吊り上げることで収入増を計る傾向が、需給逼迫と商品相場の加熱をもたらしている。市場原理が働いていない以上、ドル安はインフレにとって有害でしかない。

ポールソン米財務長官率いる「金融市場のための大統領ワーキンググループ」(President's Working Group on Financial Markets)の活発な動きについては前回のレポートでも紹介したが、ポールソン米財務長官は6月2日、「米国は海外に新たな市場を求めるのと同時に、国内市場に民間企業や政府系ファンドからの投資を受け入れる用意がある」としてペルシャ湾岸諸国からの投資受け入れへ動いている。2006年にドバイ企業による港湾施設投資を米国は拒否したが、現在では市場原理を訴えて米国への資金還流を促し(ドル高要因)所得の再分配効果を図る政策に切り替えている。

3月のベアースターンズの救済と4月のワシントンG7を契機に年金などの年金・保険などの長期投資家はドルロングに転じているが、現在は(足の速いモデル系のファンドやロシア勢に代表される腕力相場の攪乱的な動きに惑わされず)大きなトレンドに追随する局面であろう。

前回のレポートで「5月29日にドル/円は直近の保ち合いのレンジを上方にブレイクした。チャートのフォーメーションからみて、もう一度ドルが下がる可能性がないわけではないが、ここからは逆張りではなくドルの押し目買いスタンスに戦略を変更するのがセオリーであろう」と述べたが、ドル/円はレンジ上抜けのあと一度押しをいれて6月5日には106円43銭まで上昇している。この先は、昨年12月のドル高値114.65円からの下げ幅の61.8%押しに当たる107円40銭のレベルがターゲットとなりそうだ。

ドル/円(日足)と標準偏差ボラティリティ


(出所:石原順、ブルームバーグ)

円安相場は低変動(ボラティリティ低下)が命である。現在、ATR(アベレージトゥルーレンジ)の低下基調は継続しており円売り安心感が強まっている。キャリートレードの黄金律であるATRが低下傾向であるうちは円売り継続でよいだろう。

ドル/円(日足)とATR(アベレージトゥルーレンジ)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

豪ドル/円(日足)とATR(アベレージトゥルーレンジ)


(出所:石原順、ブルームバーグ)