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著者の窪田真之が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
[動画で解説]ESGバブル?「EV」買われ、「LNG」売られる
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ESG重視が世界の潮流に

 世界中で、ESGを重視して運用するファンドが増加するにつれて、ESGスコアの高い企業の株価が急騰し、低い企業の株価が低迷する傾向が強く出てきました。ESGスコアとは、E(環境経営)・S(社会的責任)・G(ガバナンス)の3項目を数値化したものです。

 ESGで問題を起こした企業の株価暴落が頻発し、ESGで高スコアの株が継続的に市場をアウトパフォームするようになったことを受け、投資顧問会社ではESGを専任に分析するアナリストを置くところも増えています。

 少し前まで、ESGでもっとも重要なのは、G(ガバナンス)でした。ところが、ここ2年で状況が変わりました。今、もっとも熱いテーマはE(環境経営)です。

 米国で環境を重視するバイデン政権が誕生してから、米国も含め世界の主要国が一斉に「脱炭素」目標を掲げるようになりました。

 石炭など化石燃料を使う企業にペナルティを科し、脱炭素に貢献する企業を優遇する流れが欧米を中心に世界に広がっています。

テスラ急騰、INPEX低迷

 この流れを受けて株価が急騰している銘柄の代表がEV(電気自動車)世界最大手のテスラです。2年で株価は10倍以上に上昇しました。

 2021年12月期の純利益は約50億ドル(約5,500億円)と見込まれていますが、時価総額は1兆ドル(約110兆円)を超えました。2021年12月期PER(株価収益率)で200倍を超えています。
 逆に、この流れで株価が低迷しているのが資源関連株です。私が「買い」推奨しているINPEX(1605)(今年の4月に「国際石油開発帝石」から社名変更)もそうです。

テスラとINPEXの株価推移:2019年末~2021年12月6日

出所:ブルームバーグより楽天証券経済研究所が作成

 INPEXは、日本最大の石油・ガス開発企業で、海外20カ国に権益を保有します。同社の原油・ガス生産量は日量57.4万バレル(ガスは熱量で原油換算)、保有埋蔵量は65億バレルに達する巨大な日の丸資源企業です。

 同社の強みは、オーストラリア(イクシス)・インドネシア(アバディ)などで、技術的に難しい海底ガス田を開発、陸上にガスを誘導してLNG(液化天然ガス)に転換して日本などに輸出するインフラを構築していることです。

 最近、天然ガス価格が大きく上昇したことを受けて、株価は上昇しつつありますが、それでもまだコロナ前の高値を回復していません。2021年12月期のPERでわずか7.4倍、PBR(
株価純資産倍率)では0.5倍の低い評価となっています。

 化石燃料ビジネスを展開している企業としてESG重視の流れから取り残されているためと考えられますが、私はきわめて割安と判断しています。

 これから世界中で脱炭素が進められます。特に、脱石炭は急速に進むと予想されます。自然エネルギーの大幅な供給拡大が見通せない中で、脱石炭・脱石油が進められると、その歪みで環境負荷が相対的に低いガス需要が急速に拡大するのは、必然と考えられます。INPEXのLNG事業の価値はこれから大きくなっていくと予想しています。

 また、出力が安定しない自然エネルギーによる発電が増えると、大規模停電を避けるために、調整電源としてガス火力の需要が拡大するのも明らかです。

 中東アフリカの油田などで焼却処理されるガスを皆無にするためにも、ガスをLNGに転換して世界中で活用する技術の重要性は一段と高まると考えています。

今のESG基準がおかしいと考える点

 環境経営はとても重要なテーマです。世界各国が一致して環境重視の基準作りを始めたのは喜ばしいことと思います。

 かつて日本で「4大公害病」が問題となったことがありました。その後、企業が社会に害を与える「外部不経済」を引き起こすことを禁止するルールが整備されたおかげで、日本国内で公害問題は沈静化しました。

 ただし、地球規模あるいは世代を超えた「外部不経済」はまだ解決していません。今のペースで人類が化石燃料を使い続けると、次の世代に重大な外部不経済をもたらすリスクが高くなります。

 それに歯止めをかけるための地球規模のルール作りが始まったことは、喜ばしいことと思います。

 ところが、現在のE(環境経営)基準には、おかしいと思うことがたくさんあります。大きく分けて、2つあります。

【1】電気を動力にするものは、なんでも「善」とされる。

 テスラを「地球環境を守る企業」と言うことに、疑問を感じます。確かに、テスラ車はCO2を出しませんが、テスラ車が使う電気を作るために大量の化石燃料が使われています。
将来、人類が使う電気をすべて自然エネルギーでまかなうようになれば、その時はテスラを環境経営企業と言って良いと思いますが、今はまだそうではありません。
 テスラ車の車体や内装材に、鉄や石油化学製品など化石燃料を使わないと作れない素材がたくさん使われていることも問題と思います。
 さらに言うと、テスラが富裕層しか購入できない高級車メーカーであることも問題と思います。テスラ車の平均出荷単価は現在約5万ドル(約550万円)と高額で、富裕層しか購入できません。
 大衆の手の届く価格帯のEVを出さない限り、地球規模でガソリン車の代替は進まないと思います。近い将来、低価格の大衆普及用EVを大量に生産するのは、恐らくテスラではないと思います。

【2】化石燃料を使う企業はたとえ世界一効率的に使っても「悪」とされる。

 日本の自動車産業が世界でシェアを伸ばし続けてきた背景に、日本車が省エネ・環境技術で優れていた事実があります。それは今も変わりません。今でも日本車は省エネ・環境技術で世界トップクラスの技術を維持しています。
 というと、日本の自動車メーカーがESGスコアのEで、軒並み高い値をとっているように聞こえますが、実際はそうではありません。
 自動車産業など日本企業は「化石燃料の効率利用」で世界トップクラスの技術を持っています。ところが、今主流のESG基準は、どんなに化石燃料を効率的に使っていても、化石燃料を使う限り「悪」とみなす傾向があります。
 世界一燃費の良い自動車を開発しても、ガソリンを使う限りESG基準で「悪」とレッテルを貼られるリスクがあります。
 たとえば、トヨタ自動車のハイブリッド車がそうです。ガソリン車にくらべて、大幅な燃費改善・環境負荷の低下を実現しています。それでもガソリンを使うことが問題視され、欧米主要国では環境車として認められていません。

日本企業のLNGビジネスは不当に低評価

 LNG(液化天然ガス)で高い技術を持っている三菱商事(8058)三井物産(8031)INPEX(1605)なども、現在のESG基準では低く評価されます。脱石炭の切り札となる天然ガスも、化石燃料ということで、現在の基準では「悪」とみなされます。

 世界中で無駄に焼却処理されるガスを皆無とし、LNGとしてもれなく活用することは、地球環境にとって重要と思います。また、自然エネルギー発電を拡大するためにも、調整電源としてのLNGガス火力の重要性はこれから高まると思いますが、そういうことが全く考慮されていません。

 私は、ESG基準で不当に低く評価されているLNG事業で高い技術を持っている三菱商事・三井物産・INPEXは、株価が不当に安くなっていると判断しています。

 長期的にLNGビジネスの価値は認められると思っていますので、長期投資で買っていって良いと判断しています。

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