体力は年齢と共に衰えていく。しかし、相場は頭さえ働いていればジョージ・ソロス氏や是川銀蔵氏のように長く運用を続けることが可能である。

資産運用はライフプラン、すなわち長期計画が必要である。相場に参入するからには、損が出ることは自明のことである。しかし、筆者の経験も含めて言えば、相場で大損が発生する大きな原因はこの損を受け入れられないことによるものだ。大きな損も最初は小さな損から始まるのである。「なぜ、損をするのが怖いのか?」―これは運用計画に長期プランがないからである。長期のプランがないと不安心理から相場変動に翻弄されてしまうのである。

リスクの取り方
ここではミドルリスク・ミドルリターン型のあるヘッジファンドの運用計画の一例を簡単に紹介しておく。通常、海外では差し入れ証拠金に金利がつく。(差し入れ証拠金の大小や取引頻度にもよるが、たとえば証拠金を米ドルで差し入れた場合、建玉の必要証拠金部分には金利がつかないものの、概ねトレジャリービルの90日に近い金利を受け取れる。)
あるヘッジファンドの運用計画
(例:1年目 金利収入3%、トレード収益目標5%、グロース収益目標8%)


(出所:石原順)

米国の金利変動によって証拠金金利は0%にも10%にも変化するリスクがあるが、概ね10年間の平均金利を3%と仮定して運用計画をつくるのである。元本をできるだけ維持しようとする場合、運用の2年目くらいまでは金利収入があまりないので大きなリスク(投機的なリターンは5から6%しかとらない)は取れないが、その後金利収入が増えていくにしたがってリスク許容度を上昇させていくのである。

キャリートレードにおける取りうるリスクとリターン

外為証拠金取引も金利収入を目的にするのであれば、長期計画を立てないと運用を長期に持続していくことは困難となる。円キャリーや海外投資がブームだが、この世に楽な金儲けなど一つもない。長期のキャリートレードやポートフォリオ運用は、「あらかじめ計算された臆病さ」で臨むべき取引で、よほど慎重に「資産管理」をやらないと市場から強制退場を迫られることになるだろう。

では、具体的に昨今流行の「豪ドル買い・円売り」という円キャリートレードを検証してみよう。(以下は為替差損および現実のスワップ金利収入・税金・手数料等を考慮しない机上の大雑把なシミュレーションであることを最初に断わっておく)

為替差損のヘッジをしない長期運用で為替差損に耐えられるポジション=レバレッジ比率はせいぜい2倍程度だろう。多くの円キャリー投資家は10年持ちこたえることができないケースが多い。金利収入が蓄積されていない1~2年目の段階でレバレッジを大きくかけて取引してしまうからである。

シミュレーション1

投資元本を1,000万円でレバレッジ2倍の運用を行うと仮定する。現在、オーストラリアの政策金利は6.75%、日本の政策金利は0.5%で、豪日の政策金利差は6.25%ある。為替レートと6.25%の金利差が10年間変わらないという仮定で、レバレッジ2倍の12.5%で10年間<複利運用>(金利部分も再投資)すると10年後には3,247万3,210円になる。(ちなみに単利運用では年間の金利収入が125万円なので10年後は2,250万円になる)このような運用が成り立つなら簡単に億万長者になれるが、これは為替レートと金利差が一定であるという現実にはありえないシナリオである。

豪ドル/円 レバレッジ2倍の複利運用シミュレーション


(出所:石原順)

シミュレーション2

つぎにオーストラリアと日本の政策金利差の推移を検証してみる。

オーストラリアと日本の政策金利差(月足)1970年~2008年


(出所:石原順、ブルームバーグ)

オーストラリアと日本の政策金利差は過去マイナスになったことはないが、キャリートレードは為替変動が生じる以上、元本の保証はない。したがって、もうすこし保守的で安全な見地から運用を考えてみよう。

昨今の世界的な低金利傾向を考慮し、今後10年間の豪日金利差の平均を3%と低めに設定する。<シミュレーション1>と同じく為替レートに変動がないと仮定してレバレッジ1倍(レバレッジをかけないで)で複利運用した場合の資金の増え方は以下の通りである。


(出所:石原順)

1,000万円の元本(証拠金)を3%で10年間<複利運用>すれば、343万9,164円の金利収益が得られる。したがって、大雑把にいうと1,000万円のポジションを10年間維持できれば343万円の損失(為替差損)は許容範囲となる。できるだけ元本を確保しようとするなら、金利収入を取りうるリスクとして運用計画を作らなければならない。金利収入にウエイトをかけた運用をやる場合、為替差損から金利収入を得るためのポジションがなくなってしまってはどうしようもない。金利を取るためのポジションを適量維持し堅実な運用をするには、レバレッジを低く抑えておくことが必須となる。

以上の話は金利収入をベースとした長期投資家のためのノウハウであって、投機的なハイリスク・ハイリターンの取引とは全く次元の違う話である。投機取引の資産管理はストップロスをいれるしかない。FXブームといわれて久しいが、投機取引と長期外債運用が混同して語られていることが多い。

相場におけるポジションの取り方というのは、ある意味でその人の人生観のすべてが反映される。マネーの世界は運用者の全人格を丸裸にしてしまうのだ。細く長くレバレッジ1倍で安全運用する人もいれば、200倍、300倍といった高レバレッジの一発勝負をする人もいる。どのような取引をしようと取引者の自由であるが、あまりに無謀なハイレバレッジの運用は市場から最大損の状態で強制退場をせまられることになりかねない。一時期儲かったとしても、おそらく運用を長く続けることはできないだろう。サブプライム住宅ローン関連の損失はその結果である。

サブプライム住宅ローン問題で金融危機が騒がれるこのご時世にあっても、外資系の金融機関やヘッジファンドでは運用者に100億円を超えるボーナスが支給されることもめずらしくない。これだけのインセンティブがあるなかで、運用者が一発勝負を仕掛けるのはファンド資本主義の構造問題といえるだろう。

「グリーンスパン・プット」や「バーナンキ・プット」という言葉が如実に示すとおり、危機の時には「当局がなんとかしてくれる」といったオプションを皆が当てにしているご時世である。これをFRBに対する信任と考えるかモラルハザードと考えるかはともかく、結果として昨今の株式市場では価格の下方硬直性が際立っていた。(もちろん、それは永遠には続かないが・・)

そうした状況の中で、ここ数年の運用は投機化が加速し「やったもの勝ち」の状況であった。某トレーダーの72億ドルという巨額損失が話題となっているが、ファンド資本主義に細く長く運用しようという姿勢はない。いつ解雇されてもおかしくないヘッジファンドや外資系金融機関の運用者の多くは、レバレッジを最大化してハイリターンを狙う行為が常態化しているのである。

投資主体別にみると、現在の金融市場で真の意味でリスクを取っているのはファンド、外資系金融機関、個人だといえるだろう。例えば、本邦の年金・金融法人・事業法人ももちろんリスクは取っているが、終身雇用型サラリーマンが運用しているため保守的でエクスキューズ(いいわけ)主体の運用姿勢とならざるを得ない。

個人投資家の優位性というのは、長期運用が可能な事である。個人の運用には時間的な制約が少ないので機関投資家よりも余裕のある運用が可能であろう。機関投資家のように決算ごとの収益に追われる心配もないし、数字を作るための無理な運用をやる必要もない。昨今の金融市場は年々投機的になり、いわばオプション市場のようになってきている。利益の極大化に賭けるファンド資本主義はいましばらく続くだろう。しかし、個人投資家はそのようなバブル的な流れに追随するより、じっくりと長期運用を行うことが成功への近道となるのではないだろうか。投機であれ金利取りであれ、相場の要諦は「防御」であり「資産管理」が命なのである。