市場というのは選挙が嫌いです。特に接戦で結果の読めない選挙は大嫌いです。ですので大接戦と言われる今年の大統領選挙は大嫌いという事になります。ギリシャ問題もさることながら、大統領選挙を控えている事は最近、株式市場が低迷している要因の一つと言えるでしょう。

大統領選挙の結果によって何が変わる可能性があるのか、今一度整理しておきたいと思います。今回の選挙結果で、株式市場に最も大きな影響を与えると思われるのは個人所得税、キャピタルゲイン及び配当に対する税率です。というのは2001年及び2003年に始まったいわゆるブッシュ減税は今年2012年12月末で終了する予定となっています。ブッシュ減税がそのまま失効した場合、個人所得税の最高税率が現行の35%から39.6%に、キャピタルゲイン税率が現行の15%から約24%に、配当税率が現行の15%から約43%に、それぞれ上昇します。

現状、S&P500指数に採用されているような企業で利益が出ると、法人税で35%、残った利益に対して、それが配当に回されても、内部に留保されてキャピタルゲインの形となっても、15%の税率が課されます。我々の計算では現在、市場はS&P500指数全体に対して約11%の税引き前リターンを求めています。11%のリターンに対して法人税が35%、配当ないしキャピタルゲインに対して15%の税率が課される結果、最終投資家のもとには約6%が残る状態になっています(11%×0.65×0.85=6.08%)。

この状態からブッシュ減税が失効するとどうなるでしょうか?投資家というのはいつも税引き後のリターンを考えているので、これまで投資家が得られていた6%から逆算しなければなりません。ブッシュ減税失効後のキャピタルゲイン及び配当税率は24%から43%になりますから、仮にほぼ真ん中の34%とします。一方法人税は民主党、共和党とも減税を提唱していますから、現行の35%から28%程度に低下すると見られます。この状態で現在、投資家が得られている6%を維持しようとすると、S&P500指数採用企業には12.6%の税引き前リターンが必要という事になります(6%÷0.66÷0.72=12.6%)。

選挙結果によって、現在市場が求めているリターンがいきなり11%から12.6%に上昇する事になるのです。他の条件を一定とすると、これは株式相場で約13%の下落要因となり、かなり大きな影響を与える事になります。市場は大接戦の大統領選挙を嫌う、と申し上げましたが、結果によってはこのような状態になる可能性があるわけで、市場にとって今年の大きな懸念要因の一つである事に間違いないでしょう。

それでは次に、実際このような状態になる確率がどの程度あるのかを考えてみたいと思います。これを占うにあたっては、実は大統領選挙よりも、同時に実施される上・下院の議会選挙が鍵を握っていると言えます。というのは例えオバマ大統領が再選されたとしても、議会で共和党が過半数を握る事になれば、ブッシュ減税が全て失効する可能性はかなり低くなるからです。

大統領、上院、下院、と3つの選挙に対して民主党と共和党がありますから、結果の組み合わせは2×2×2=8通り考えられます。但し今回、下院に関しては民主党が過半数を奪還できる可能性は極めて低いでしょう。というのは下院の現在の議席は共和党242に対して民主党190。民主党がかなり有利と言われる選挙ならまだしも、大接戦と言われる選挙で民主党がこの52議席差をひっくり返すのは極めて困難と見られるからです。従って下院は共和党過半数と見てほぼ間違いないと見られますので、組み合わせとしては大統領及び上院選挙の2×2=4通りを考えれば良いという事になります。

この4通りの中で、ブッシュ減税が全て失効する可能性があるのは大統領選挙がオバマ勝利、上院選挙で民主党過半数という場合のみです。他のオバマ-共和党、ロムニー-民主党、ロムニー-共和党のいずれのパターンにおいても、ブッシュ減税が全て失効する事は無いと見られます。それではこの、オバマ勝利、上院選挙で民主党過半数となる可能性はどのくらいあるのでしょうか?

現在上院では53-47で民主党が過半数を握っているものの、決して有利とは言えません。というのも、今年の上院選挙では民主党の23議席(無所属2議席含む)と共和党10議席が対象となっています。即ち、民主党が少なくとも既存のうち20議席を守らなければならないのに対して、共和党は3議席増やすだけで過半数を取るチャンスが出てくるのです。こちらも、民主党が圧倒的に有利を言われる選挙ならまだしも、今年のように大接戦と言われる選挙においては、数字の上から民主党が不利である事は明らかです。

ですので今年の選挙で考えられる組み合わせは4通りありますが、ブッシュ減税が全て失効する可能性があるオバマ勝利、上院選挙で民主党過半数となる可能性は単純計算の4分の1(25%)よりもかなり低いと見て良いと思います。この可能性は現時点で、恐らく10%くらいしか無いのではないでしょうか。

ウォール街に「5月に売ってどこかへ行け」という格言があります。例年、5月から10月にかけてのパフォーマンスが悪いからです。しかしこの格言には例外があって、実は大統領選挙の年に限って言えば、むしろ5月から10月のパフォーマンスは良いのです。市場は選挙を嫌うので、大統領選挙の年は前もってそのリスクプレミアムが織り込まれ、大統領選挙に向けてそのリスクプレミアムが剥落していくからと考えられます。

今年の大統領選挙も不透明要因に変わりはありませんが、上記のように分析していくと、実は市場に与える影響としては、意外と読みやすい選挙と言えると思います。市場が大接戦が予想される大統領選挙という不透明要因を必要以上に懸念し、その影響が既に相場に織り込まれているとすれば、それは格好の投資機会と言えるでしょう。

(2012年5月25日記)