英指数算出会社FTSEラッセルは10月29日、代表的な国債指数のWGBI(世界国債インデックス)に中国国債を正式に組み入れました。

 算入期間は3年間で、段階的に中国国債のウエートを増やし、最終的にはWGBI全体の5.25%に達する見込みだとされています。

 中国政府はこの動きをどう捉えているのか? 海外投資家にとって新たな対中投資のチャンスとなるのか? 日中関係はリスクとなるのか? 今回、解説していきます。

当局は中国国債のWGBI組み入れを国力強化の一環と定義

 中国国債がFTSEラッセルの世界国債インデックスに組み入れられた。中国国債は世界3大主流債券指数全てに集結したことになる。中国の金融開放はまた一段と前進した。

 10月29日、国営新華社通信が、中国人民銀行(中央銀行)から得た情報として、大々的に報道しました。その報道ぶりを見ながら、私は、これまで幾度と目撃してきた中国式の国威発揚を感じずにはいられませんでした。

 北京五輪、上海万博、国産空母、宇宙ロケット、原発、国産ワクチン、GDP(国内総生産)100兆元突破…。

 あらゆる分野で何らかの突破が起こるたびに、中国共産党はそれを自国の進歩であり、誇りであると定義し、国内外に向けて強烈に宣伝するのです。もちろん、これらの出来事が、中国人民にとって誇らしいというのは自然な感情でしょう。

 私がここで指摘したいのは、為政者である共産党が、それを国威発揚、国力強化の一環だと捉え、謳(うた)っている事実にほかなりません。特に、新華社をはじめ、中国政府および官製メディアは、中国国債がブルームバーグ・グローバル総合インデックス、JPモルガン新興国債券指数に続いて、WGBIに組み入れられたという事実が、「中国金融の一層の開放化を意味する」と主張している点です。

 新華社の報道では、中国の債券市場は現在120兆元(約2,100兆円)規模を超え、世界第2の債券市場となっていること、中国人民銀行の最新のデータによれば、2021年9月末の時点で海外投資家が保持している中国債券の規模は3.9兆元(約70兆円)に達していることを指摘。その上で「これは中国経済の長期的、健康的発展、および金融市場の持続的拡大、開放を、海外投資家たちが評価している表れだ。金融市場の開放は中国が高質量の経済成長を実現し、海外投資家がその果実を享受するのに有利に働く」と“主張”しています。

 実際、翌月にWGBIへの組み入れを控えた9月、海外投資家の中国国債保有高は、今年1月以来の高水準で増加しました。CCDC(中国中央国債登記結算)のデータによると、9月末時点の外国人投資家の中国国債保有高は2兆2,800億元で、前月末から3.5%増加し過去最高となっています(ロイター通信)。

 今回の動向が中国金融市場の一層の開放を本当に意味するのか、それが中国経済のハイクオリティー成長につながり、海外投資家が果実を享受できるのかに関しては、今後の状況を見ながら、適宜検証していく必要があるでしょう。

WGBI組み入れは中国金融市場の一層の開放に寄与するか?

 本件を取り扱う主管機関である中国人民銀行は、どのように現状と展望を捉えているのか見てみましょう。

 常々指摘していることですが、中国経済や市場の動向を占う上では、当局の公式見解を的確に理解することが非常に重要だと私は考えています。欧米日を含めた先進国よりも、政策が直接的に市場へ反映される傾向が強いからです。

 中国国債がWGBIに組み入れられた当日、同行は声明を発表し、「歓迎」を示しています。前出の新華社は中国人民銀行の声明文を引用したのでしょう。「海外投資家の中国経済、金融開放への評価」「3.9兆元」「金融開放は高質量の経済成長、および海外投資家が中国経済の発展の果実を享受することに有利」といった点を指摘した上で、次のように結んでいます。

「次のステップだが、当行は引き続き各方面と共同で努力をし、各種政策や制度を積極的に改善、充実させることで、国内と海外、双方向の投融資チャネルを強固に拡大することで、国内外の投資家にとってより友好的、便宜的な投資環境を提供していきたいと考えている」

 声明文の中で、この部分が最も重要だと解釈しました。私はかねてより、中国に最も欠けているのは「信用」で、そこを獲得できれば、中国経済、市場の信用力(クレディビリティー)は格段に上がる、そうすれば、海外投資家の対中投資も劇的に伸びると主張してきました。

 この意味で、今回、中国国債がWGBIに組み込まれた事実は、疑いなく「中国国債、債券市場の信用力を上げる=海外投資家の対中投資拡大につながる」動きだといえます。

 実際に、一連の“規制ラッシュ”で先行きが不安視される中国市場ですが、物議を醸してきた習近平(シー・ジンピン)政権発足(2012年11月)以降、金融市場の開放は着実に進められています。その典型がまさに、中国人民銀行の声明文にある「国内外投資家にとってより便宜的な投資環境」です。

 2014年11月、上海・香港ストックコネクトが導入されました。これによって、それまでQFII(適格外国機関投資家)に限られていた上海市場への投資が、香港経由で海外の個人投資家にも可能になり、中国本土の投資家は香港市場への投資が上海経由で可能になりました。

 続いて2017年7月、中国本土と香港間の債券相互取引制度「債券通(ボンドコネクト)」を導入。香港から中国本土への取引「北向通」が先行開始され、海外の機関投資家が香港の決済システムを使い、中国本土の債券市場でも投資ができるようになりました。

 しかも、投資額に上限はなく、中国本土に口座がなくても、香港の金融機関に口座があれば投資が可能です。

 そして、2021年9月24日、中国本土の投資家による香港市場での取引「南向通」も正式に開始されました。中国人民銀行が発表した情報によると、「南向通」の初の営業日の債券取引件数は150件余りで、取引高は約40億元(約710億円)だったとのことです。

 中国人民銀行や官製メディアが主張するように、中国金融市場が対外的に開放される趨勢(すうせい)が描かれているのは事実といえ、今回の中国国債のWGBI組み入れもその一環だという解釈は間違っていないでしょう。

 私が信頼する香港在住の外国人証券マンと、本件について話をしました。

 彼は「間違いなくいい話」と断定した上で、「積極的な投資家は既に徐々に入ってきている。一方、保守的で慎重な投資家はまだ入っていない。本件を経て、少なくとも、今入っていない投資家に対し、比較的強く背中を押す効果はある」と指摘しました。参加者が増えれば市場の厚みが増し、かつ安定的に推移することができれば、中国が最も必要としている信用の獲得につながるという一点で合意しました。

日本人こそ考えたい、中国に投資をしないリスク

 この証券マンは、日本人投資家の対中投資に至ってはリターンがどれだけ見込めるか、リスクとどう向き合うかといった合理的な判断ではなく、心理的な要因がしばしば強く働くと指摘しています。

「日本の株式投資家(機関投資家ではなく、その先の個人投資家)は尖閣の件以降、この心理的な側面が全く改善されていない」

 私も全く同感です。

 今年1月、私は英ロイター通信に、日本のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)など日本の一部の機関投資家がWGBIに中国国債が組み入れられることへ懸念を示していること、人民元に兌換性(だかんせい)がないことなど技術面の問題を懸念していることに関して取材を受けました。市場参加者の間では、原因として日本国内の対中感情を指摘する声もあると、記事ではつづっています

 私も同記事の中で「グローバルな投資家に比べると、日本では対中アレルギーがあるという印象はぬぐえない。GPIFも、中国に対する好感度が非常に低い国民の年金運用をWGBIでできるかが大きなところなのではないか」とコメントしました。

 あれから組み入れが正式決定され、実際に組み入れられた今現在に至っても、考えは変わっていません。

 同記事を引用した米ブルームバーグも、「世界最大の年金基金であるGPIFは、中国国債の運用を巡り、政治的配慮とリターン向上との間で難しい選択を迫られる…日中関係の緊張を踏まえると、国内の年金資金を中国国債に投資することはGPIFにとって政治的に理解を得がたい選択となる公算が大きい」と指摘しています。

 海外メディアの予測を立証するかのように、GPIFは中国の人民元建て国債への投資を見送ることを決定しました(人民元建て以外の中国国債への投資は継続)。

 私はこの決定にいかなる評価やコメントを下す立場にありませんが、日本人が中国市場とどう付き合うか、というテーマからすれば、典型的かつ重要なケーススタディーになると思っています。

 GPIFは氷山の一角です。

 私が日ごろから議論している日本の機関投資家も、中国国債の高い利回りは魅力的、そこに「投資をしないリスク」もあると正視しつつも、流動性や決済システム、そしてカントリーリスクや地政学リスクなどを総合的に判断すると、やはり「投資をするリスク」に傾いてしまうと語る方が多いのです。

 また、「中国に投資をしないリスク」を直視する機関投資家たちも、「社内には中国嫌いな人間がたくさんいて、投資になかなか理解が得られない」と消極的になり、決断できないジレンマに陥っているケースが目立ちます。

 ここにも「信用できない」という心理的要因が作用しています。

 じゃあ、なぜ中国を信用できないのか。そこにはやはり、前出の証券マンが指摘するように、尖閣問題を含めた日中関係が絡んでくるのでしょう。日本人の対中投資は独自のジレンマを抱えているといえます。

 とはいうものの、本稿で述べてきたように、中国国債がWGBIに組み入れられた事実は、まぎれもなく中国金融市場の信用力を上げるものであって、その逆ではあり得ません。それがグローバルスタンダードな評価だと私は思います。

 今後、心理的要因を抱えつつも、合理的動機を正視し、「中国に投資しないリスク」を直視する必要性が高まっていくことだけは確かだといえます。

 日本人投資家も例外ではない。

 というより、日本人投資家こそ肝に銘じるべきだと確信しています。