執筆:窪田真之

今日のポイント

  • 北朝鮮リスク・トランプ発言・米金利低下などが、足元、円高が進んだ背景にある。
  • 対外純資産世界一で、経常黒字が定着している日本の通貨「円」は、世界の金融市場で不安が高まる局面では、投資マネーの逃避先となる。

(1)3月以降、円が買われた背景

読者の方から、北朝鮮暴発で巻き添えになる可能性のある日本の通貨が買われる理由がわからないと、コメントをいただきました。今日は、3月以降、円高が進んだ背景をご説明します。

円が買われているのは、北朝鮮リスクだけが原因ではありません。複雑な要因が絡み合っています。北朝鮮リスクを含め、以下の3つが、円高要因となりました。

安全資産「円」へ世界の投資マネーが逃避 → 北朝鮮暴発リスクだけでなく、世界中のあらゆる地域の不安が円高要因に寄与

東アジアで有事リスクが高まったと判断されています。北朝鮮暴発リスクに加え、中国の海洋進出をめぐる米中対立の激化が背景にあります。米軍は、シリアのアサド政権やアフガニスタンのIS拠点に相次いでミサイル攻撃を行い、北朝鮮がレッドラインを越えたと見なされれば攻撃すると述べています。

昔(25年以上前)は、「有事のドル買い」という言葉が有名でした。地政学リスクの拡大時にはドル高(円安)が進みました。ところが、15年くらい前から、「有事の円買い」に変わりました。

地政学リスクだけでなく、リーマン・ショックや東日本大震災、ブレグジット(英国のEU離脱)可決など、世界の投資家の不安心理が高まるあらゆるイベント発生時に、円は、世界のマネーの逃避先として買われるようになりました。円が安全資産となる理由は、後半で説明します。

トランプ発言「ドルは強過ぎる。(米国の)金利は低い方が望ましい」

トランプ大統領が4月12日にドル高と米利上げを牽制する発言を行ったことが、円高要因となりました。トランプ大統領は、大統領選の最中に、円安と、円安(ドル高)を招く米利上げを繰り返し非難していました。

大統領に当選後、日米首脳会談を経て、日本を友好国と見なすようになったことから、円安を直接批判することはなくなりました。ところが、米製造業を苦しめるドル高と利上げを問題とする持論は変わっていません。いずれ、ドル高批判のトーンを高めてくる可能性もあります。

過去の経験則では、米国が円安を問題視して政治圧力を加えてくると、円高が進みやすくなります。1985年9月のプラザ合意後の円高、2016年前半の円高が、米国の政治圧力で急激に円高が進んだ代表的事例です。

米景気指標の一部軟化と、米長期金利の低下

4月に発表された3月の米景気指標の一部(雇用統計、ISM製造業景況指数、自動車販売など)に軟化が見られました。米景気は好調との見方に若干揺らぎが生じました。

また、トランプ大統領の支持率低下を受け、トランプ政権がやろうとしている景気刺激策の実行可能性にやや疑義が生じました。

米長期金利は、3月15日に米FRBが利上げを実施するまで上昇していました。ところが、利上げ後は、景気指標の軟化と、景気刺激策実行への期待低下を受けて、米長期金利は低下しています。

米長期金利の動き:2016年8月8日ー2017年4月17日

3月15日まで、日米金利差拡大の思惑で円安が進んでいましたが、米金利低下によって、金利差拡大の思惑が低下し、円高が進みました。

(2)円はなぜ、安全資産と見なされるのか?

世界経済に不安が増えると、決まって円が安全資産として買われます。日本の政府債務が1000兆円を超えた状況下で、なぜ円が安全なのか不思議に感じる方が多いのは当然と思います。

国の信用をはかる時、政府の借金だけ見ていても意味はありません。政府部門と民間部門の資産・負債を合算して、日本国が海外からいくら金を借りているか、あるいは貸しているか見る必要があります。それが、対外純資産残高に表れています。日本は、世界最大の対外純資産保有国です。

対外純資産額上位5カ国の純資産額(2015年12月末時点)と、長期金利(10年国債利回り:2017年4月17日時点)

順位 国名 対外純資産 長期金利
1位 日本 339兆円 0.00%
2位 ドイツ 195兆円 0.19%
3位 中国 192兆円 3.41%
4位 香港 117兆円 1.37%
5位 ノルウェー 85兆円 1.57%

(出所:対外純資産は財務省)

対外純資産が大きい国は、信用力が高いので、長期国債の利回りは低くなります。ただし、中国は例外です。中国は金利・為替が自由化されていないので、人為的に高い金利が維持されています。

一方、対外負債の大きい国は、信用力が低いので、長期国債の利回りは高くなります。トルコ(10.55%)・ブラジル(10.05%)・南アフリカ(8.80%)・ギリシャ(6.57%)など、対外負債が大きく、財務的に弱い国の長期金利は高くなります。

世界経済が好調の「リスク・オン」局面では、世界の投資家は、利回りの低い日本の国債を持っていても面白くないので、日本の国債を売って、利回りの高いブラジルなどの国債を買います。円が売られて、金利の高い通貨が買われることになります。

ところが、世界経済に不安が増えて「リスク・オフ」局面になると、投資家は信用力の低いブラジルなど低信用国の国債を保有することに不安を感じます。「リスク・オフ」局面では、世界中の投資家が、高金利通貨を売って、安全資産である「円」に逃げ込んでくるわけです。こうなると、ブラジル・レアルなど高金利通貨は急落しますので、ブラジル国債を保有していると高い利回りがあっても、損失が発生します。利回りが低くても安全な日本の国債の方が魅力的に見えるわけです。