今回は、投資の基本原則である、(1)長期投資、(2)分散投資、(3)低コスト、の3点が重要であることの理由を確認したい。

投資とは「リスク・プレミアムのコレクション」

「投資とは何か?」という問いに対して、筆者は「リスク・プレミアムのコレクションだ」と答える。

 投資は、自分のお金を「資本として」経済活動に参加させて利益を得る行為なのだが、その過程で資本に対して形成される価格に「リスク・プレミアム」が織り込まれることが、無リスクの預金などの資産よりも高いリターンが得られる源泉だ。

 数値例で確認しよう(高校の数学で習う「等比数列の和」の公式を使う)。

【ゼロ成長の株式A】

 一株利益が100円である株式Aが存在するとしよう。今、無リスク金利が1%でこの株式に投資家が要求するリスク・プレミアムが5%だとして、予想される利益成長率がゼロなら、将来の利益の割引現在価値の和として計算される株式Aの理論価格は1,667円である(100/0.06=1666.6…)。

【+2%成長の株式B】

 同じく一株利益が100円の株式Bがあって、利益が永続的に+2%で成長するなら、株式Bの理論価格は2,500円になる(100/(0.06-0.02)=2500)。

【−2%成長の株式C】

 さらに、一株利益が100円の株式Cがあって、利益が永続的に−2%で縮小する場合、株式Cの理論価格は1,250円となる(100/{0.06-(-0.02)}=1250)。

 それぞれに適正な価格がついている状態で投資するのであれば、A、B、C、何れの株式に投資しても期待リターンは無リスク金利1%にリスク・プレミアム5%を加えた6%だ。

 株式投資の意味について、「企業の(或いは経済の)成長を買うものだ」と主張する人が少なくないのだが、マイナス成長でも株価が正しく形成されていれば投資でリスク・プレミアムを得る事が期待できる。

 一方、利益が成長する会社でも適正価格よりも高い株価で投資すると、得られるリターンは小さくなる。

 そもそも投資にあたって「信じる」という心の持ち方には賛成しないが(筆者は「賭ける」くらいが適切だと思っている)、投資する際に敢えて「信じる」べき原則があるとすると、「資本主義経済の成長」などではなく、「市場の価格形成の適切性」なのだ。

 いわゆる投資教育にあっては、割引現在価値とリスク・プレミアムについて理解させることが、株式投資について投資家本人が判断できるためには必須の条件だと筆者は考える。この点をスキップして、「株式に投資されたお金は生産活動に回って役に立つから」とか、「人間には欲望があり資本主義経済は成長するから」とか、果ては「応援したいと思う会社の株式を買ってみよう」とかいった理由で株式への投資を勧めるのは正しくないように思う。

 因みに、最後の理由は、ある大手証券会社が作成した小中学生向けの投資教育のテキストにあったものだ。投資したお金がビジネスに活かされていることの説明から、いきなり「応援」に飛躍した。筆者は心底驚いた。

 尚、利益の成長という点については、「成長率の予想外の変化」の影響が極めて大きいことが先の数値例から確認できる。例えば、株式Cの−2%成長の見込みが、+2%成長に上方修正された場合、株価は2倍になる。

 逆のケースは悲惨だが、例えば、1990年代のバブル崩壊以後の日本の株価は、成長率の予想の下方修正が趨勢的に続いた結果長期的に低迷したと考えることができるし、加えて、その低迷の結果、投資家が株式に要求するリスク・プレミアムが拡大した影響があるかも知れない。

「長期投資」の意味

 さて、株価が適正に形成されていれば、株式投資でリスク・プレミアムが得られることを確認したとして、リスク・プレミアムを得るにはどうしたらいいか。

 リスク・プレミアムは時間と共に実現すると期待されるものなので、自分の資金を、株式を通じて資本として経済に参加させながら、リスク・プレミアムの獲得を目指すことが基本的な方法となる。

 もちろん、「ゼロ成長」、「+2%成長」、「−2%成長」といった予測は時間と共に変化しうるので、A、B、Cそれぞれの株価はその都度適正に形成されるとしても、かなり変動するはずだ。「変化を他人よりも上手く予想できる」という前提があるのではない場合、投資家にできる最善の方法は、自分にとって適切な大きさのリスク分だけ株式を保有し続けて、リスク・プレミアムの実現を期待することになる。

 現実の株式投資では、結果的にリスク・プレミアムの実現をもたらす株価の上昇は、なだらかに連続的に起こるよりは、予測できない日に急激かつ大幅に起こることが多い。投資家は、自分の資金を株式に投じた状態で「マーケットに居続ける」以外に、この上昇を手にすることができない。

 もちろん、期待値としての投資収益は、時間と共に拡大すると考えられるので、長期投資を旨としてマーケットに居続けることは合理的だ。

「分散投資」の意味

 予想される成長率に応じた株価の形成を一通り説明された後に、「では、理論株価で投資するとした場合に、あなたはどの銘柄に投資したいですか?」と訊かれたら、読者はどのように答えるだろうか。「やっぱり成長している方がいいから銘柄Bがいい」とか、「銘柄Cに投資する方が逆張り的で格好がいい」といった、「好み」で答える方がいるかも知れないが、実は、先の質問自体に「引っかけ」的な要素がある。

 金融論的には、1銘柄だけを選んで投資するのではなく、「A、B、Cそれぞれに分散投資する」が正解になる。3銘柄でも分散投資すると、それなりのリスク低減効果はあるはずだ。期待リターンを6%に保ったまま、1銘柄に投資するよりも小さなリスクで投資ができるので、分散投資を行わないのは「もったいない」。

 或いは、国際分散投資の文脈で、高成長な経済の国(銘柄B的な国)の株式と、マイナス成長の経済の国(銘柄C的な国)の株式の両方に投資することが、分散投資として正解になるといったケースに当てはめることもできる。低成長、あるいはマイナス成長の国の株式に投資するのは、心理的に大きな抵抗があるかも知れないが、「両方に分散投資すること」が大凡の正解であることは心得ておきたい。

 分散投資は、投資家が自分の努力でできる運用改善の手段であるところに大きな意義がある。投資の意思決定にあっては、「投資すべきは、Xか、Yか?」と迷った時に、無理に理由を作って一方を選ぶのではなく、「決定的な理由が無いのだから、できる最善の努力は分散投資だ」と考えて、XとYの両方に分散投資することが正解になる場合が多い。

 尚、分散投資によるリスクの低減は、より大きな金額を投資できるようにするためにも重要だ。例えば、ポートフォリオのリスクを小さくできれば、許容できる損失額から逆算される投資可能額を大きく出来るので、より多くのリスク・プレミアムを集めることを期待できる。

「低コスト」の意味

 先のA、B、Cの例では、手数料コストを考えていないが、例えば、それぞれがETF(上場投資信託)だとして、運用管理費用(信託報酬)が存在する場合、期待できるリターンは運用管理費用で差が付くことになる。

 手数料は、「リスクゼロで確実に発生するマイナスのリターン」なので、その影響が大きい。例えば、6%で20年間複利運用できれば運用資産は元の投資額の約3.2倍になると期待できるが、毎年1%の手数料コストが掛かり5%の複利運用になると、約2.7倍にしかならない。毎年2%の手数料コストなら約2.2倍だ(何れも小数第2位を四捨五入)。せっかくのリターンを、金融業者と「分ける」ことが、いかに損なのかがよく分かる。

 米国の金融アドバイザーは、アドバイザーが顧客に提供する「価値」の内訳として、厚かましくも「市場に居続けることによるリターン」をカウントすることがあるが、「市場に居続けること」は個人が自分の判断で行うことができる意思決定なので、アドバイザーを雇って追加的な手数料を払うのはもったいない。

「いいタイミングを判断することは誰にもできないので、市場に居続ける以外に良い方法はないし、そのためには分散投資された状態で資産を持つことが効率的であり、なるべく手数料コストの小さい商品で運用するのが合理的だ」と一度理解してしまえば、それで済むことだ。自分にとって適切な大きさのリスクに納得した上で、全世界株のインデックス・ファンドでも買ってしまえば、資産運用は完成する。

 運用が仕事や趣味でない人は、それで問題ない。大いに人生を楽しんで、お金が必要になったら必要額だけ解約すればいい。

 尚、世間では、「投資の3原則」を挙げる場合に、「長期投資」、「分散投資」に「積立投資」を加えて3原則とすることが多い。

 積立投資は、実行しやすい貯蓄の習慣と資産形成のための投資を両立させやすい方法である点で優れている。一方、「ドルコスト平均法による有利性」を理由に挙げることは不適切だ。投資できる資金額を既に持っている場合は、買い付け時期を分散させると機会損失が起こるし、「既に買って持っている資産」についてはどのような買い付け方をしたかによって保有リスク資産額当たりのリスクが変化することはない(つまり「有利」になることはない)。

 積立投資は、例えば定期的な収入があるサラリーマンにとって、毎月の最適投資額が追加的に増えている状態なのだと理解することが適切だ。

 加えて言うなら、運用の商品やサービスを選択する際の「コスト」の問題は、一般的な原則から外すにはあまりに重大で決定的だ。

 筆者は、「長期、分散、低コスト」をより一般性の高い投資の3原則とすることが適当だと考えている。