去年10月3日、擦った揉んだのあげく金融安定化法が成立してから100日間が経過しました。当初、ポールソン米財務長官が「市場が驚くほど大きな金額でなければならない」として要求した不良資産救済プログラム(通称:TARP)7,000億ドルのうち、まず前半3,500億ドルの資金が議会で承認されました。しかし今、市場はTARPの金額の大きさではなく、100日もたたないうちに前半の3,500億ドル全額を使い切ってしまった、そのスピードの方に驚いてしまっています。

確かにこの前半3,500億ドルはこれまで、短期間に起こった様々な危機を乗り越えるのに役立ってきました。シティグループやAIGといった超大型金融機関の破綻を防いだほか、ワシントンミューチュアルやワコビアなど大型金融機関の破綻が金融システムに与える悪影響を最小限に抑えてきました。年末にはGMやクライスラーなど自動車大手を救済、何とかデトロイトがゴーストタウン化するのを防いでいます。しかし薄氷を踏んできている感は否めません。

一方でこのTARP前半の資金の使われ方には大きな批判の声が上がっています。最も大きな問題は、当初想定されていた使い方を全くしていない事です。もともと9月のリーマン破綻後、財務省が議会に承認を求めた資金の使途は「不良資産の買取」でした。アメリカの金融システムにおいて最も大きな割合を占める住宅ローンは、その殆どが証券化され、投資家が保有しています。住宅ローンを返済できなくなった人に対して住宅差し押さえを実行すると、住宅市場が更に悪化すると共に、金融機関には大きな損失が発生してしまいます。そこで政府がそのような住宅ローン関連証券を買い取り、住宅ローンの条件を緩和して住宅市場の悪化を食い止める、というのが当初の目的でした。

しかし政府が住宅ローン関連証券の買取を開始する前に次々と大きな金融危機が到来。やむなく金融システムが麻痺するのを防ぐために本来の目的から逸れた、金融機関への公的資金注入に資金を費やしてしまったというのが実情です。逆に言えば、殆どの資金が金融機関への公的資金注入に充てられてしまった結果、住宅ローン関連証券は買い取られておらず、従って、住宅ローンの債務不履行や差し押さえを食い止める、という目的を全く果たせていないという事です。当面住宅ローン不履行に伴う差し押さえを凍結する、としていた政府系住宅金融機関も先週末から住宅の差し押さえを再開しています。

金融機関に注入された公的資金が、結局はこのような住宅市場の安定化や新規の貸し出しに使われているのならそれほど問題ではありません。しかし大手金融機関を中心に注入された公的資金は、今の所殆どが国債購入に回されるという結果に終わってしまっています。7,000億ドルというのはアメリカの労働人口一人当たり50万円にも上る大きな金額です。結果的に、全く本来の使われ方をしていない事に対してアメリカ国民の怒りは頂点に達しています。

TARPの後半3,500億ドルに関しては議会の承認が必要なため、現在、大手金融機関の「もしも」に備えた資金はゼロという危険な状態が続いています。そこでブッシュ大統領は来週のオバマ新大統領就任を待たずに昨日、議会にこの3,500億ドルの承認を要請しました。

TARP後半の3,500億ドルが、「本来の目的」に重点を置くという条件なしに議会承認される可能性は殆どないでしょう。しかし全体で3,500億ドルという枠が決まっている以上、「本来の目的」に充てられる資金が多ければ多いほど、大手金融機関の「もしも」に備えた資金は少なくなってしまう事になります。今の所、今週末にはイギリスが実施してきた金融関連銘柄の空売り規制が解除される見込みです。市場が再びリスクを感じ始めた時、それは自ずから株価に反映されると見ておくべきと考えています。