先週水曜日、ポールソン米財務長官は金融安定化法で承認された7,000億ドルの使途につき、不良資産の買取よりも資本注入の方が効果的であるとし、実質的に方針を転換した事を明らかにしました。残念乍らこの発表により、それほど遠くない将来、再びリーマンブラザーズのような大手金融機関が破綻に追いやられる可能性が高くなったと判断せざるを得ません。

金融安定化法はそもそも不良資産救済プログラム(TARP)と呼ばれ、金融機関が保有する不良資産を財務省に買い取ってもらう事によってバランスシートから切り離し、通常の貸出に支障をきたさないようにする事が目的でした。そしてポールソン米財務長官は「市場が安心するほど巨大な規模でなくてはならない」と強調し、7,000億ドルという規模とする事になったのです。即ちその時点では、金融機関が保有する、不動産担保証券等を中心とする不良資産を買い取るのに、7,000億ドルあれば十分という判断がなされていたのです。

しかし10月になって金融危機が再燃、世界に広がりを見せた事から、ポールソン米財務長官は7,000億ドルの中から急遽、大手9行に1250億ドルの資本注入を決定しました。その後資本注入金額はさらに膨らみ、現時点までで銀行に合計で2,500億ドル、保険会社AIGに400億ドルの資本が注入される事になりました。7,000億ドルのうち、3,500億ドルは再び議会の承認が必要とされていますので、現在議会の承認なしに使える金額は残り600億ドルしか残っていない事になります。

確かに金融機関は通常10倍以上のレバレッジが効いていますから、通常の状態であれば、例えば100億ドルの資本注入をすれば1,000億ドル以上の信用創造が期待できます。しかし残念ながら、今起こっている事は全く反対の事なのです。即ち、1000億ドル分の資産の価値が10%下落したので資本が100億ドル毀損しており、これを埋めなければその金融機関のみならず、金融システム全体が麻痺してしまうという状態なのです。とても新規の貸出や信用創造に向かう状態ではないという事です。

先週水曜日のポールソン米財務長官の方針転換表明後、商業不動産担保証券が暴落を始めました。金融安定化法はもともとは不良資産救済プログラム(TARP)だったのであり、大手金融機関はこのプログラムに則って流動性の低い商業不動産担保証券を買い取ってもらおうと目論んでいたに違いありません。監査を通過しなければならない11月末(大手証券会社)、12月末(大手銀行)の決算までに市場で投売りするよりも、財務省に買い取ってもらえれば、市場価格の暴落を招く事なく当該証券を処分できると考えていた事でしょう。しかしこの期待が大きく外れた事で、大手金融機関はこれら証券を売却せざるを得ない状態になり、その結果価格が暴落状態となってしまっています。我々の分析では、これにより一部大手金融機関はすでに資本不足に陥ってしまっていると見ています。

大手金融機関に危機が訪れるような事態になれば、当局は極めて迅速な対応を取らなければ世界の金融システムが麻痺してしまいます。しかし、現在議会の承認なしに使える資金は600億ドルしか残っていません。しかも危機に陥っているアメリカの大手自動車メーカー、ビッグ3を初めとする一般企業もこの資金を求めて議会に働きかけを強めています。それほど遠くない将来に訪れると見られる大手金融機関の危機に対し、当局がどのような対応を取れるか、極めて重要な段階に来ている感じがします。