新たな通貨戦争のシナリオ

 米国の弁護士、エコノミストでLTCM危機の際に処理を担当したジェームズ・リッカーズが「A Global Liquidity Crisis Is Underway(進行する世界的な流動性危機)」と題するブログ記事を更新した。

 その中でリッカーズ氏は2022年初頭以降、本格的な通貨戦争が起こる可能性に言及した上で、その前に、他の主要通貨に対してドルが大幅に上昇するような市場の混乱を通過する可能性がある。

 その混乱が深刻になり、ドル高が米国の輸出や経済に苦痛を与えるようになると、米国はドル安に向けた措置を講じざるを得なくなるというシナリオを述べている。

 重要な指摘である。一部をご紹介していく。

 例えば、2007年から2008年の世界金融危機の余波を受けて、当時のオバマ大統領は2010年にドル安政策に着手した。ホワイトハウスと米財務省は、ドル安が欧州や日本など世界各国の経済成長に悪影響を与えることを承知していたが、他国に配慮する余裕などはなかった。むしろ世界最大の経済である米国が不況に陥った場合、それは世界の他の国々を巻き込む大不況になる可能性があったからだ。

 その政策はうまく機能した。米ドルは2011年8月に史上最低を記録した。当然のことながら、これはゴールドが当時史上最高を記録したのと一致した。ユーロと円は急騰し、米国経済は必要な後押しを得た。その後、トランプ大統領の登場で、世界は2016年にガラリと変わるまで、ユーロ高は続いた。

 では、今回はどのようなストーリー展開になるのか?通貨戦争を引き起こす基本的な条件が残っている限り(債務が多すぎて成長が不十分)、ある一つの経済または別の経済が、通貨を他の経済に対して安くすることによって成長を後押ししようとする誘因が働くため、新たな戦いが起きる可能性は常に残っている。

 ジョー・バイデンとジャネット・イエレンは、今年の秋になると、景気の低迷についてのメッセージを市場から受けとることになる。第3四半期のGDP(国内総生産)、さらにインフレと雇用のデータがそれを明らかにするだろう。2022年の中間選挙はそこから1年以内に行われることになる。ホワイトハウスはパニックに陥り、米ドル安対策に手を出すだろう。

 これが2022年にかけてドルが下落する理由である。しかし、それまでの間に、なぜドルが上昇するのか。その答えは、世界的な流動性危機が現在進行中だということだ。世界的な財政難の具体的な警告の兆候がいくつか既にある。

 例えば、中国の中央銀行は最近、商業銀行が貸付に対して保持しなければならない準備率の要件を引き下げた。これは、中国の経済の弱さと銀行の流動性の問題を示している。

 また、米国債の10年債利回りは、昨年3月以降、急激に低下している。これは、世界的な品質への逃避(恐怖貿易)と、景気後退の可能性と一致する将来のディスインフレと成長の鈍化への期待を示している。

 世界的な流動性危機がこれほど深刻になったとしても、いつこれが爆発するかを正確に言い当てることは不可能だ。しかし、これらの傾向は3月以降強くなっており、さらに圧力が高まっている。確かなことは、危機が発生した場合、世界的な安全への突進に対応してドル(およびゴールド)が上昇するということだ。

出所:「A Global Liquidity Crisis Is Underway(進行する世界的な流動性危機)」(ジェームズ・リッカーズ)

 為替の歴史は政治の歴史、まさに米国のご都合主義によって為替政策も変わってきた。通貨戦争の新たな火種が出現している。株式市場と債券市場が国有化して久しいが、市場管理のゆがみはやがて為替市場に押し寄せてくるだろう。

 FRB(米連邦準備制度理事会)が市場に全面的に介入し、膨大な量の負債が追加され、政治的な状況は巨大な混乱に陥っている。残っているのは、旧態依然としたカジノ化した市場にけん引された「仮想的な富の効果」だけだ。

 資産と負債を際限なく膨らます両建て経済でカジノ化した市場の怖さは、「相場が急落すると資産は減るが、負債は減らない」ということだ。

「私が最も懸念するのは、われわれの通貨の健全性についてだ。生産性を高めずに財政赤字を計上し、国債を発行し、貨幣を増発し続けることはできず、それは長期的に持続不可能だ」(レイ・ダリオ)

注目のジャクソンホール会合!だが、次のFRB議長はイエレン財務長官が選ぶ⁉

「ワイオミング州ジャクソンホールで今月下旬に開かれるカンザスシティー連銀主催の年次シンポジウムが金融市場の注目を集めているが、少なくとも為替相場を動かす可能性という点で、この会合は空振りに終わるかもしれない」(『ジャクソンホール会合、ドルのトレーダーには空振りに終わる可能性も』 8月14日 ブルームバーグ)と報道されているように、パウエルFRB議長からテーパリングに向けての勇ましい言葉を期待するのは無理があるようだ。それは、パウエルFRB議長の続投が決まっていないからである。

 著名投資家マーク・ファーバーは、「パウエルFRB議長が再任される」という市場の大方の観測に対して疑問を持っているようだ。

【あと7カ月でパウエルの任期が終わる。このときFRB議長を任命するのは、理論的にはジョー・バイデン大統領だ。ただし、この問題についてバイデンに助言をするのは、ジャネット・イエレン(現米財務長官・前FRB議長)である。となれば、私は実際に決定を下すのはイエレンであるとみている。バイデンは彼女のいうとおりにするだろう。

 イエレンはトランプに解雇された。表向きは2期目に再任されなかったのであり、解雇ではない。だが、実質的には解雇だった。そして、自分の後釜に座ったのがパウエルである。

 ここで人間の弱さの問題に戻る。イエレンはその仕返しにパウエルを解雇したくてたまらないとみる。イエレンはパウエルが職を得るために、あの手この手で自分の背中を刺したのだと感じているだろう。

 私の勝手な推測では、パウエルは自分がイエレン=バイデンの望みを忖度して実施するだけで、75%の確率で再任されると思い込んでいるだろう。しかし、私が思うに、イエレン=バイデンの望むことを正確に実行しても、続投の可能性は25%しかない。イエレンがパウエルを好きではないと思うからだ。

 パウエルは二人を喜ばせようと懸命の努力をしている。そして、自身の信頼、ひいては連邦準備制度の信頼を損ねている。その挙句に職を失うだろう。しかも、自分の任期後に何かしら悪いことが起これば、非難の矢面に立たされるのはパウエルである。絶体絶命だ。

 したがって、個人的には、パウエルは腹をくくって、圧力をはねのけ、自身とFRBの信頼を護り、まさに昔ながらの方法で解雇されたほうがよいように思う】

(出所:マーク・ファーバー博士の月刊マーケットレポート(パンローリング))

「イエレン米財務長官は木曜日、米CNBCテレビのインタビューで、パウエルFRB議長を再任指名するかという問いに対し『その議論を大統領とすることになるだろう』と述べ、バイデン大統領との話し合いであるとして、自身の見解を明らかにしなかった」(7月15日 ブルームバーグ)という。

タリバンが電光石火でアフガン全土を席巻

 米国務長官が「タリバンの急進にはびっくりした。アフガン軍は国を守れず予想以上に早く負けた」と語っているが、タリバンは猛スピードでアフガニスタン全土を掌握しつつある。

 数週間で次々と州都を制圧、15日には首都カブールに進攻し大統領府を占拠した。ロシアと中国はタリバン指導者と関わることに前向きな見通しだ。

 バイデン米大統領にとってアフガン問題は八方塞がりの状況となっている。米国にとってはベトナム戦争と同様の敗戦に思えるが、世間はアフガニスタンの問題などには「無関心」であり、どうでもよいらしい。

 米国の凋落が言われて久しいが、別に驚くべきことでもないのだろう。世界で時間を掛けて築いたものがどんどん崩れていく。もうグレート・リセットに向けて世界は本格的に動き出している。

【民主主義諸国に住む多くが「自分たちは不可侵の自由を享受しており、その自由が全体主義・共産主義・独裁主義体制を打倒してきた」と考えている。しかし、それは大いなる勘違いであり、思い上がりではないか、むしろ今、自由が急速に失われているのではないか。

「無関心」そして「自己満足」も人々が都市封鎖と自由喪失を受け入れた要因かもしれない。オーウェルもまた『1984』で「人は自由と幸福のどちらかを選ぶとすれば、圧倒的大多数が幸福を良しとする」と書いている。この選択が政府の給付によって助長された。いくつかの統計によると米国には働くよりも働かないほうが良い生活を送れる人が何百万もいる。それが別の問題を導く。高失業率での人手不足だ。

 もっとも、さらに別の疑問も生まれる。ほとんどの西側民主主義国で政府が経済の50%近くを補っている。金融の領域でいえば西側民主主義国が人々から「貯蓄」を増やす能力を奪っているのは明らかである。金利がゼロ近辺やゼロ未満で、どうして貯蓄ができるのか。資本が何の収入ももたらさなければ、誰が貯蓄を増やして生き残れるのか】(マーク・ファーバー)

 レポートの読者に対してマーク・ファーバーは、「個人的に、このような介入主義・権威主義的な環境が経済、私の大切な読者の幸福、そして特に資産市場に資するとは思えない。むしろ、不幸な結果を招くだろう」と書いた。筆者も同感である。

 マーク・ファーバーは、「キャンセル・カルチャー(排除文化)」とは、人の“アラ”を探して、それをSNS上で炎上させて、その人を全否定し、ある集団から排除させようとする風潮だと述べている。

 筆者が指摘してきたように非寛容な世界が到来している。これから、本格的な「不和の時代」に入るだろう。

8月18日のラジオNIKKEI『楽天証券PRESENTS 先取りマーケットレビュー』

 8月18日のラジオNIKKEI『楽天証券PRESENTS 先取りマーケットレビュー』は、永倉弘昭さん(楽天証券FX事業本部長)をゲストにお招きして、「次の通貨戦争のシナリオは?」・「FRB議長はイエレンが選ぶ!?」・「8月は円高と事件の月」というテーマで話をしてみた。ぜひ、ご覧ください。

出所:YouTube
出所:YouTube
出所:YouTube
出所:YouTube

 ラジオNIKKEIの番組ホームページから出演者の資料がダウンロードできるので、投資の参考にしていただきたい。

8月18日: 楽天証券PRESENTS 先取りマーケットレビュー

出所:YouTube