7月、中国経済は減速

「7月、中国経済が減速」が市場や報道をにぎわせています。資源高、洪水、新型コロナウイルスの感染拡大などが引き金で、中でもデルタ株は下半期最大のリスクと言えます。

 7月16日、中国国家統計局が一連の経済指標を発表しました。それによれば、7月の小売売上高は8.5%増(前年同月比)で、6月の12.1%増(同)から減速、工業生産は6.4%増(同)で、6月の8.3%増(同)から減速。いずれも、市場予想値、10.9%増、7.9%増を下回りました。

 調査失業率(筆者注:中国政府が調査可能な範囲で把握、試算する失業率)も0.1ポイント悪化(前月比)、5.1%に上昇しました。

 1~7月の数値を参照しても、7月に景気減速懸念が高まった現状が見て取れます。例として、1~7月の固定資産投資は10.3%増(前年同期比)、うち全体の60%を占める民間部門の固定資産投資は13.4%増(同)で、それぞれ1~6月の12.6%増(同)、15.4%増(同)から伸び率が鈍化。また、1~7月の不動産投資は、12.7%増(前年同期比)となり、1~6月の15%増(同)から鈍化しています。

 付凌暉(フー・リンホイ)国家統計局報道官は16日の記者会見で、「原材料高、資源高はもうしばらく続く」との見方を示し、この理由として、次の三つを挙げています。

(1)世界経済の全体的回復と市場ニーズの増加

(2)新型コロナウイルスの影響で原材料生産国の供給不足、および国際運輸価格の上昇

(3)一部先進国による金融緩和と財政出動

 原材料高を含め、企業の経営や収益を圧迫する不安要素が顕在化し、景気の下振れが懸念される中、中国人民銀行は7月、銀行の預金準備率を引き下げました。今後、マーケットへの影響も軽視できないでしょう。

リスク要因としての自然災害とデルタ株

 一方、付報道官は「7月、高気温、暴雨、一部地域で発生した新型コロナウイルスの新たな感染拡大の影響を受けて、国民経済の主要経済指標が低迷した」とも指摘。7月に河南省を襲い、300人以上が亡くなった洪水被害、そして江蘇省南京市を皮切りに、全国各地で再び発生している新型コロナウイルスの感染拡大が、景気減速の直接的要因となったのも事実です。

リスク要因1:自然災害

 地震や洪水を含めた自然災害は、引き続き中国経済にとってのリスク要因だと私は見ています。河南省洪水時には、生産工場の稼働やインフラの建設工事が遅れ、粗鋼やセメントの生産が落ち込みました。サプライチェーンや消費動向に支障をきたし、景気の下振れリスクとなるのは言うまでもありません。

 自然災害について思い出す光景があります。2008年5月、北京夏季五輪を3カ月後に控えたタイミングで四川省を襲った大地震です。

 当時、私は北京にいて、四川大地震関連の公共議論に関与していました。死者数約7万人、行方不明者数約2万人、負傷者数約37万人、家屋倒壊数約22万棟、損壊家屋数約415万棟という巨大な被害。その惨状を今でもよく覚えていますが、これだけ大規模な被害となったのは、地震という「天災」という側面だけではなく、建物やインフラ設備の耐震性に疑問符が付くという意味で「人災」だという意見が多々ありました。

 そんな中、中国リベラル系有力紙、例えば「南方週末」などは、「人災」をにおわせながら取材や報道をしていたため、党・政府当局による処罰を受けました。

 このように、自然災害という緊急事態時には、中国経済や統治機構が抱えるぜい弱性が浮き彫りとなります。中国において、災害が景気に及ぼすリスクを、私がとりわけ懸念するゆえんです。

リスク要因2:デルタ株のまん延

 次に、新型コロナウイルスです。国家衛生健康委員会の発表によれば、8月16日、新たに確認された感染者は42人。内訳は、本土症例6人(江蘇省3人、湖北省3人)、輸入症例36人(雲南省15人、広東省9人、上海市7人、広西チワン族自治区2人、山東省1人、四川省1人、陝西省1人)。17日午前0時時点で、感染者数は1,928人、うち重症者67人となっています。

 中国では一時期、「感染者ゼロ」が続きました。当局はこれを功績として掲げ、人民は正常な生活を満喫してきました。故に、どこかの地域で一人でも感染者が出ると、当局や世論は大騒ぎ、対象となる地域を即座にロックダウン(都市封鎖)する応急措置を取ってきました。

 私の大学時代の同級生(男性、36歳、大手国有企業勤務)は、「中国では数人の感染者が出ただけでも“戦時下”になる。仮に日本のように2万人を超すような事態になれば、全国を完全ロックダウンし、一切の外出を禁止するのは間違いない」と言っていました。

 8月16日、国家衛生健康委員会の馬暁偉(マー・シャオウェイ)主任が新華社の取材に対して次のように語っています。

「現在、世界各国で新型コロナの感染が再び拡大し、かつウイルスは頻繁に変異している。デルタ株は加速的に広がっている。我が国にとって、外国からの逆輸入防止圧力は高まっている…7月以来、南京、揚州、鄭州といった地域でクラスターが発生したが、8月14日の時点で、16の省で感染者が出ていて、中高リスク地域は150に及ぶ。短期間、他の発生源、他の地域における発生は、2021年以来、我が国を最も深刻で複雑な感染防止情勢に直面させている」

 中国は9月入学で、小中高、大学生を含めて、これからキャンパス内に一斉に集まってきます。中国の大学は全寮制ですから、夏休みを経て、地元から大学へ移動する過程で新型コロナウイルスに感染すれば、キャンパス内でクラスターが発生する確率も一気に高まるでしょう。

 最近、大学時代の同級生(天津市在住、女性)から、9月に小学校に入学する彼女の子供に関する話を聞きました。本来であれば、夏休みの期間中に、祖父母やいとこが遊びに来る予定でした。しかし、7月以来、省をまたぐ移動に制限が加わると同時に、省外から天津市へ赴き、帰ってきた段階で2週間の隔離が要求されるようになりました。さらに子供は省外からやってきた人間と濃厚接触したと見なされ、入学に支障が出る可能性大とのことで、親族は訪問の予定をキャンセルしていました。

 このように、日本の10倍以上の人口を抱える中国全土において、東京都の100分の1の感染者数が出た現段階で、移動規制、人流抑止、都市封鎖を断固徹底し、違反者には厳格な処罰が下されているのです。私の知人の間では、「ここまでやるのか」「人道的ではない」といった声が聞かれますが、世論全体としては、ここまで徹底した措置を取ることで、新型コロナウイルスの感染拡大を初めて封じ込めることが可能となり、結果的に経済社会の運営にも有利に働くというのが、官民の間で形成されてきたコンセンサスのようです。

新型コロナウイルスが下半期の中国経済にとって最大のリスク要因

 国家統計局の付報道官が「世界各地で新型コロナウイルスは引き続き、変異しながら拡大しており、世界経済復興にとっての不確実性も増大している。中国経済の回復も、依然として少なくない課題に直面している。生産を制約する要素は増加しており、構造的問題も比較的突出している」と指摘するように、やはり新型コロナウイルス、特にデルタ株の感染拡大は、下半期の中国経済にとって最大の不安要素の一つと言えるでしょう。海外における感染拡大が、中国と諸外国との間の貿易や取引に悪影響を与えるのも必至です。

 低迷する消費に関しては、「ワクチン接種の拡大や有効な感染拡大防止措置の実行を通じて、消費市場は全体的に安定することが期待できる」(同報道官)とのこと。前出の国家衛生健康委員会の馬主任の紹介によれば、8月14日の時点で、全国各地のワクチン接種回数は18.5億回で、すでに7.7億人(人口の約60%)が2回目の接種を終えていて、また、12~17歳の青少年向けの接種に関しても、現在計画や手続きを推し進めているとのことです。

 既存のワクチンがデルタ株への感染防止にどれだけ有効かなど、いろいろ疑問は残りますが、中国当局としては、ワクチン接種率の拡大と徹底した感染防止対策で難局を乗り切り、経済への悪影響を最小限に食い止めようとしているのでしょう。付報道官は、今年の中国経済成長率は「前高後低」、すなわち、上半期が高く、下半期は低くなるという趨勢(すうせい)を明言しています。昨年の上半期、特に第1四半期が新型コロナの影響で大打撃を受けた経緯を顧みれば当然ですが、2021年1-3月期の経済成長率(GDP:国内総生産)が18.3%増(前年同期比)、1-3月期で7.9%増(同)と推移してきた中で、これが第3四半期、第4四半期にどうつながっていくのか見ものです。

 7月の景気減速も受けて、各国の金融機関は、通年の成長率を下方修正しています。私自身は、それでも8%前後に落ち着くだろうとみていますが、国内外の新型コロナウイルスの感染拡大状況いかんでは、李克強(リー・カーチャン)首相が3月の全人代で披露した「6%以上」という年間目標を何とか達成、という辺りまで低迷する可能性もなきにしもあらず、といえるでしょう。下半期は、上半期以上に、中国経済にとってのリスク要因が顕在化し、マーケットを揺さぶってくると私は見ています。