ダウ、ナスダック、S&Pの史上最高値もドル/円に影響なし

 7月のドル/円は1ドル=111円台で始まり、米雇用統計を受けて年初来高値となる111円台後半まで上昇しましたが、結局、米長期金利の低下とともに109円台に下落して8月を迎えました。

 その間、何度も110円台後半に戻す場面がありました。米国の6月CPI(前年比+5.4%)は予想を上回りましたが111円には届きませんでした。

 また、NYダウ、ナスダック、S&P500の主要3指数が、連日史上最高値を更新する局面もありましたが、ドル/円にはほとんど影響がありませんでした。これらの動きによって7月は111円台の重さを確認した形となりましたが、この頭の重たさが8月に入っても続き、110円台の重さを確認し、108~110円のレンジに移行するような動きになるのかどうかに注目です。

 7月のドル下落の要因である、米長期金利低下の背景としては、インフレ懸念の後退、回復してきた景気のピーク感、感染再拡大による世界の景気後退懸念、債券の需給要因と考えられています。

 インフレについては、FRB(米連邦準備制度理事会)のパウエル議長が7月の議会証言でもFOMC(連邦公開市場委員会)後の記者会見でも、「一時的」と繰り返す姿勢に想定外の金融引き締めはないとの安心感が広がり、インフレ懸念が後退したようです。

 一方で、7月のFOMCの声明文は、ややタカ派的な内容となりました。経済に対する評価をわずかに引き上げ、「米経済がFRBの目標に向けて前進した」との認識を示した上で、「今後の複数回の会合で引き続き進捗状況について評価する」と表明し、テーパリング(量的緩和の段階的縮小)開始に向けた議論が進んでいることを示唆しました。

 このややタカ派的な声明文から、ドル/円は一時買われましたが、パウエル議長は記者会見で、「テーパリング時期は決定しておらず、今後のデータ次第」「利上げには程遠い」などとハト派的な発言をすると、米10年債利回りは低下に転じ、ドル売り優勢となりました。

 また、注目されていたMBS(住宅担保ローン証券)の先行テーパリングについては、国債とMBSの購入額を減らすのは同じタイミングで行うだろうとの認識を示しました。

 景気のピーク感については、7月29日に発表された米4-6月期GDP(国内総生産)速報値は実質年率で6.5%と予想(+8.5%)を下回ったことが物語っています。巨額の財政出動とワクチン普及を背景に、個人消費の2桁増加が続き(+11.8%)、4四半期連続のプラス成長となりましたが、前期+6.3%からは微増でした。

 前期から伸びが鈍った背景は、部材の供給制約により 在庫投資の下押し分が影響したことや、資材などの高騰や供給制約が投資の足枷となったことです。企業の設備投資も抑制され、伸びが鈍化し、価格高騰が目立つ住宅投資は▲9.8%の大幅減となり、4四半期振りのマイナスとなりました。

GDP実額は過去最大、ただしコロナが足かせに

 GDPの実額は、コロナ禍前の2019年10-12月期の水準を上回り、過去最大となりました。米政府は2021年7%成長を目指しますが、労働力や部材の供給制約が、ここからのさらなる成長の足枷になっているようです。部材の供給制約はいずれ解決されるでしょうが、足元で感染再拡大のリスクが高まっている中で労働市場が回復するかどうかが今後のポイントになりそうです。

 また、3月に支給が決まった最大1,400ドルの現金給付も、購買力を押し上げた要因となっていますが、経済対策の効果が一巡した後も消費が続くのかどうかに注目です。

 そういう中で7月30日にCDC(米疾病対策センター)が発表したニュースには驚きました。報道によると、マサチューセッツ州でクラスターが発生し、感染者469人の内、74%(346人)がワクチン接種を終えた人だったとのことです。ワクチンを接種しても7割が感染するのであれば、当局からの規制がなくても行動にかなりブレーキがかかるかもしれません。

 8月も引き続き、FRBのテーパリングのスケジュール感や雇用を中心とした景気動向が焦点になりそうです。その中で8月6日の米雇用統計と8月26~28日のジャクソンホール経済シンポジウムにおけるパウエル議長の講演に注目です。8月は日米欧とも金融政策委員会は開催されないため、日米欧中央銀行の総裁が集結するこのシンポジウムは毎年注目されています。

 6日の米雇用統計で強い数字が出れば、テーパリング開始時期が早まるとの期待から、瞬間的にはドル買いに反応するかもしれません。しかし、やはり10月発表の9月分雇用者数を見極めるまでは、トレンドにはならないだろうと思われます。新型コロナウィルスのデルタ株が蔓延してきている中で、保護者が仕事に戻るために必要な9月の「学校への通学再開」がスムーズに行われるのかどうか、追加給付の期限が切れた後、スムーズに労働者が市場に戻るのかどうかに注目です。

デルタ株の蔓延が進めばテーパリングスケジュールに影響も?

 ジャクソンホール経済シンポジウムでは、パウエル議長が講演すると本人が明言しているため、注目度が高まっていますが、シンポジウムのテーマは「不均一な経済におけるマクロ経済政策」であるため、格差是正のための金融政策が議論の中心であり、テーパリングには触れても具体的な内容には触れないのではないかとの見方が多いようです。

 7月のFOMCで表明された「複数の会合で評価する」とのスケジュール感としては、9月と11月のFOMCで状況をみて12月にテーパリングの開始時期を告知し、来年1月に開始するとの見方が大勢です。米雇用統計やジャクソンホールのパウエル議長の講演後も、このスケジュール感に大きな影響は与えないと予想されますが、それよりも新型コロナウィルスの感染再拡大、それもより感染力が強いデルタ株蔓延によって景気に悪影響を及ぼさないかという点の方が気掛かりです。

 デルタ株が蔓延し、労働市場の回復不安や経済・社会活動の再規制によって景気回復が足踏みすれば、金融緩和長期化との見方が広がり、テーパリングのスケジュールは後倒しになる可能性があります。米国では感染者が急増していますが、ファウチ首席医療顧問は、8月1日、今後ロックダウンをする可能性は低いとの見方を示しました。今後、更に感染者が増えてもその方針に変わりはないのかどうか、その動向に注目です。

 日本も感染者1万人超えが続いている中で、クラスターの74%はワクチン接種済みという報道はかなり心配させるニュースです。今のところ、日本の感染者増加は為替や株に影響を与えていませんが、動向には注視していく必要があります。

 東京五輪開会の2週間後に当たる8月6日以降の感染者が、自宅での五輪観戦者が増えることによって、減っていくのかどうか注目しています。「観戦」が「感染」を減らせばよいのですが…。