ダウンサイドリスクにご用心。気になる情報をピックアップ!

 連日の五輪や国内の新型コロナウイルスのニュースで注目されにくくなっていますが、7月は今後を考えるヒントとなるような資料や海外のニュースもありました。このうちいくつかピックアップして、先行きを考えてみましょう。

IMFのWEOをたたき台に、ダウンサイド(下振れ)を盛り込む

 7月27日にIMF(国際通貨基金)のWEO (世界経済見通し:World Economic Outlook)が公表されました。

 日本の実質GDP(国内総生産)成長率の予測は、2021年は+2.8%と4月時点の予測から▲0.5ポイントの下方修正となりました。これは新型コロナウイルスの感染拡大や、「緊急事態宣言」「まん延防止等重点措置」の発令による経済活動の停滞を反映してのものです。

 WEOでは、日本の2021年第4四半期(10-12月期)の前年同期比の予測も公表しています。
2021年10-12月期実質GDPの前年同期比の予測は+2.2%。2020年10-12月期の実質GDP(季節調整値・年率換算)は541兆円だったので、2021年10-12月期GDPは553兆円を見込んでいることになります。

 2019年10-12月期実質GDPは554兆円でしたので、2021年10-12月期には、ほぼコロナ前の水準に戻るというWEOの予測は、年後半にかけて、日本経済が急速に回復するというシナリオだと考えられます。

 この予測は7月27日に公表されたばかりですが、足元の新型コロナウイルスの感染状況を踏まえると、予測は外れる可能性が高そうです。

リスク1:新型コロナのデルタ変異株の感染力

 2021年1-3月期実質GDPは前期比でマイナス、今後公表予定の2021年4-6月期実質GDPも、東京都などに「緊急事態宣言」や「まん延防止等重点措置」が発令されていたので、さえない数字になりそうです。

 さらに、東京都の新型コロナウイルスの新規感染者数は連日3,000人を超え、29日には初めて全国で1万人を上回る新規感染者が確認されました。

 ワクチン接種が進んでいる高齢者の感染や重症化が抑制されている一方、現役世代の感染者が急増し、重症者も増えています。また、酸素マスクなどによる酸素の供給が必要な「中等症Ⅱ」の患者も若年化傾向が見られるなど、現在の第5波は、これまでとは様子が違っています。

 デルタ変異株の感染力を考えると、今後、地方への拡散・感染爆発もあり得るので、現役世代へのワクチン接種が進捗(しんちょく)するのを待ちつつ、活動を制限せざるを得なくなるという我慢の夏になります。

 全国の感染者が初の1万人超えとなった29日に、日本医師会など9団体が政府に対して、全国を対象にした「緊急事態宣言」の発令の検討に入るべきだという緊急声明を発表したことにも注目です。

リスク2:雇用者激減の宿泊業、飲食サービス業

 今、宿泊業、飲食サービス業、観光業にとっては夏休みの書きいれどきですが、かなり厳しい局面を迎えることになります。

 厚生労働省『令和3年版 労働経済の分析』(労働経済白書、2021年7月16日閣議配布)は、「新型コロナウイルス感染症が雇用・労働に及ぼした影響」がテーマです。

 コロナ禍の雇用への影響は業種別にバラつきがありますが、何と言っても、最大の被害は宿泊業、飲食サービス業です。宿泊業、飲食サービス業の雇用者は、2019年平均と2020年平均で364万人から339万人と▲25万人も減少しました。2021年になってもこの傾向は続いています。

 厚生労働省「労働力調査(基本集計)」で5月までのデータを見ると、宿泊業、飲食サービス業の雇用者は2021年1~5月平均では312万人。2020年同期平均と比較して▲27万人も減少しています。

 農業、林業を除く産業全体では、2019年平均5,943万人、2020年平均5,914万人(前年比▲29万人)、2021年1~5月平均5,905万人(同▲9万人)と比べると、宿泊業、飲食サービス業の雇用者の減少がいかに大きいかが分かります。

『労働経済の分析』では、雇用調整助成金などによる失業の抑制効果を推計しています。それによると、2020年4~10月期の失業率を2.6ポイント程度、抑制したとしています。内閣府による推計では、2020年第2~4四半期の各期の失業率を2~3ポイント程度抑制したとしています。

 雇用調整助成金などによる失業の抑制効果はかなり強力なもので、成長分野への労働移動を遅らせる弊害が指摘されるほどですが、少なくとも、宿泊業、飲食サービス業については、他の業種に与えたほどの効果はなく、それだけ、業種によるコロナ禍のダメージが非対称ということが分かります。

 ダメージの大きい業種ほど、人材は流出するし、企業も負債を抱え、キャッシュフローが厳しくなります。こうした課題は目先の売り上げが回復しても、すぐには解決しないので、先々にも尾を引きそうです。

リスク3:タイミングが悪い最低賃金の引き上げ

 さらに、先行きの雇用情勢を考える際の不安要素があります。

 7月14日に、厚生労働省の諮問機関である中央最低賃金審議会の小委員会は2021年度の最低賃金の引き上げ幅の目安を、全都道府県一律の28円に定めました。現行方式では過去最大の引き上げ幅です。

 2020年度は新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、目安を提示することができず、2021年度も感染が収まっていない以上、大きな引き上げはないだろうと思われていた中での引き上げでした。

 一律の引き上げは、賃金水準の低い地域ほど負担感が増すことになります。東京都の場合、引き上げ率は2.7%ですが、最も最低賃金の低い県では3.5%になります。

 東京都は審議会の決定を受けて、早々と2021年10月からの最低賃金28円の引き上げを決めましたが、28円という目安をそのまま受け入れるべきか議論を続けている地域も見られます。

 企業の収益が低いほど、労働者のスキルが低いほど、最低賃金の影響を受けやすくなります。飲食業などのアルバイトだけではなく、中卒・高卒の新卒社員の給与にも影響が出かねない引き上げ額なだけに、「なにも、このタイミングで大幅に引き上げなくても」という経営者は多いでしょう。

 最低賃金は他の労働制度も絡む複雑な問題です。日本の場合、新卒一括採用が主流なので、最初につまずくと後からの挽回が難しいですが、一方で、今後の成長に期待して未熟でも採用するという傾向があります。学生のアルバイトも社会に出るまでの準備の一環という風潮があり、職業訓練を会社が担う制度を採っていると言えるでしょう。

 雇用調整助成金などに見られるように、できるだけ失業させないようにすることで労働者を守るという制度になっています。失業しても公的な職業訓練の機会が豊富で労働移動がスムーズという制度ではないため、一度、労働市場から漏れると厳しい状況に陥りやすくなります。

 就職氷河期やリーマン・ショック期に比べると、コロナ禍でも失業率は低く、新卒採用の悪化も目立ったほどではないですが、最低賃金の引き上げというコスト増加は気掛かりな要因です。

リスク4:製造業にサプライチェーン・ショック

 宿泊業や飲食サービス業といった対面サービス業が落ち込む一方、製造業が健闘していましたが、マレーシアやタイ、インドネシア、ベトナムといった東南アジアでも新型コロナウイルスの感染拡大が広がっています。

 トヨタ自動車やホンダで部品調達が滞っていることから、国内外の工場の一時停止などを行っていますが、今後、さらにサプライチェーンの混乱が広がる可能性があります。

 米国や中国の需要に支えられてきましたが、そもそもの供給に問題が生じては海外需要の強さも生かすことはできません。2020年春のサプライチェーン・ショックの震源地は中国でしたが、今後は東南アジアが火薬庫になりかねない状況です。

新型コロナ、五輪に隠れたリスク情報を見逃すな

 こうして見ていくと、あちこちにダウンサイドリスクがあって、数日前に公表された経済見通しであっても、額面どおり受け取ることができず、今後のリスクを織り込む必要があることが分かります。

 日本国内の新型コロナウイルスの感染拡大、そして、五輪の影響で、それ以外のニュースの扱いが小さくなっています。省庁や国際機関のリリースや海外動向など、変化が激しいこのタイミングだからこそ、時間を割いて情報を集める意義があるでしょう。