最近、投資に関心のある人から「FIRE」という言葉を聞く機会が増えている。FIREとは「Financial Independence, Retire Early」の頭文字を取ったもので、早期リタイアを達成できるような金融的独立性を確立することを指している。平たく言うと、働かなくても十分暮らせるような金融資産を若い時点で形成することだ。
FIREは、資産形成にあって分かりやすい目標の1つだ。FIREに強く憧れる投資家もいるかも知れない。先日も、オンライン配信で開催されたある投資家の集まりで、FIREがテーマのパネル・ディスカッションに参加する機会があった。
その際に、司会者から投げかけられた質問を主な手掛かりとして、FIREについて検討してみたい。
【論点1】率直に言って、FIREにどのような印象を持っていますか?
率直に言って、筆者はFIREを目標とすることに対して、少々違和感を持っている。
最初に、FIREに憧れる投資家がいると聞いたときに、率直に思ったのは、「そんなに仕事がつまらないのでは、大変だろうな」ということだった。
身も蓋もない話だが、面白いと感じられる仕事ができていて、十分稼げるなら、急いでリタイアする理由は無い。特に、人生100年時代と言われる長寿化の流れを考えると、多くの人にとって、より長く働く人生設計が合理的になるだろうし、将来「面白い仕事で、より多く稼げる」ことを目標にすることが大切になる。
仕事は「面白い」ものかという疑問があるかも知れないが、「面白い」と感じて時には夢中になることがあるような状態でなければ、仕事を長く続けるのが大変だし、その仕事で人材としての競争力を持つのも大変だろう。
そのためには、仕事の選択や、トレーニング、働き先の選択など多くの課題があるし、大きな個人差がある。FIREを目指すことよりも、働き方の工夫と人材価値の形成に注力することが重要ではないか。
また、現実的なライフプランとしては、早期リタイアよりも、むしろより長く働く方向が主流だろう。高齢になってからの仕事については、セカンドキャリアに対する準備が必要だ。概ね「60歳を過ぎてから、何をして、いつまで働いて、どのくらい稼ぐか」を具体的に考えて、必要な準備をするのだが、この準備には時間がかかる。具体的な年齢の目処を挙げると、一般的には45歳くらいから考えるといい。
「面白い仕事で、稼げる」人材となることと、金融資産の運用を上手くやることとは両立するが、後で述べるように、自分の人的資本への投資と金融資産への投資とのバランスを取ることが重要になる。
また、お金というものは、そもそも「手段」なので、一定の金額を「目標」とすることには違和感がある。実際に、FIREを達成したものの、次の目標探しに困難を来す人がいるようだ。
パネル・ディスカッションにあっても、「FI」(金融的独立性)と「RE」(早期リタイア)は、別個のものとして考えるべきだという意見が複数あった。
【論点2】なぜ、今、FIREが流行るのでしょうか?
日本経済が絶対的にも相対的にも低成長に陥ったことで、若者が「働く」ということに対して信頼と夢を持ちにくくなり、「お金を貯めて仕事(≒会社)から自由になる」という目標が心に刺さりやすくなったのではないか。
経済も企業も成長が期待できる場合、働いているうちに昇進や昇給が期待でき、より豊かにもなるし、より大きな仕事ができるようになる、という期待を若者が持ちやすい。しかし、過去30年くらいの日本の経済環境はそうではなかったし、今後に期待が持ちにくいということなのだろう。
仕事に夢を持ちにくくなったことで、せめて金融資産にあって、安心できる金額を早く作りたいと思う若者が増えた。
【論点3】人は経済的自立の達成によって、心持ちが変わりますか?
ある程度、変わると思われる。推測の形で述べているのは、筆者自身が「FI」を達成していないからだ。
経済的な自立を達成していると、嫌な仕事をしなくてもよくなるし、会社や上司に率直な意見を言いやすくなるという面がある。
もっとも、人間は、他人からの承認を欲する生き物なので、人間関係を抜きにお金だけで「安心」や「幸せ」を掴むことはできない。
【論点4】どのくらいの資産があれば経済的自立を達成したと言えるのでしょうか?
金融資産による経済的自立を、「資産からの収益だけで生活できる状態」と定義すると、年間の生活費、実質の運用利回りから資産額を計算することができる。
運用利回りを「無リスク金利+リスクプレミアム」で考え、インフレ率の変化が無リスク金利によって相殺されると考えると、リスクプレミアム分が運用利回りになる。
内外の株式に対して、機関投資家が想定するリスクプレミアムは年率5〜6%程度だが、これを税引き後で考えるとして、「年率4%」くらいが妥当な「実質の」運用利回りだろう。
但し、アセット・アロケーションは内外の株式がほぼ100%程度となるので、資産額の変動はそれなりに大きいことに注意が必要だ。
つまり、年間生活費の「25倍」を達成したら、一応のFIRE達成と見ていいのではないか。パネル・ディスカッションでも、大凡このくらいの数字を目処として挙げる人が多かった。
年間の生活費が400万円なら、資産1億円がFIREの目処だ。
「利回り4%」と「25倍」は覚えておくといいかも知れない。例えば、資産額が2,500万円の人は、年間生活費100万円相当の小さなFIREを達成していると考えることができる。
【論点5】FIREを達成するには何年かかるのでしょうか?
手取り所得を一定として、その50%で暮らして、50%を投資に回す場合、利回りを4%と仮定すると、概算約18年で手取り所得の12.5倍、つまり生活費の25倍に金融資産額が届く。
22歳からスタートしたと仮定して、約40歳でFIREに達する。スタートが30歳なら48歳だ。40歳のスタートなら58歳での到達だから、もう「早期リタイア」とは呼んで貰えないかも知れない。もっとも、何れの場合も、残りの人生はかなり長いので、これをどう過ごすのかが大切だ。
具体的な金額で考えると、手取り所得が500万円で、生活費が250万円で、毎年250万円を投資に回すと、18年で6,250万円を超え、6,250万円の4%は250万円なので、「生活費250万円相当のFIRE」が達成される。
同じ資産額を作るには、利回りが0%だと25年かかるところが、4%の利回り(注:実質利回りである)があれば、約7年間短縮できるということだ。
1つの注意点として指摘しておきたいのは、FIRE的な状態を目指すことについて書かれた書籍や、金融商品・サービスの勧誘などにあっては、主に米国の市場を例にとって、現在よりも金利水準が高く、また長期に株式のリターンが好調だった時期のデータから、年率7〜8%くらいの利回りで資産を増やせるかのように想定しているものがあることだ。あるいは、大きなレバレッジを掛けて不動産などに投資して短期間でFIREが達成できるかのような勧誘を行う場合もある。
「内外の株式のインデックス・ファンドに100%投資して、実質年率4%」というくらいに考えておくことが、現実的だ。もちろん、18年の中には、相当の下げ相場もあることを覚悟しなければならない。
【論点6】FIRE達成後の資産の取崩とインカム収入をどう考えたらいいでしょうか?
パネル・ディスカッションでは、FIRE達成後にお金を使う際に、定期的な分配金のある投資信託や、高配当利回りの株式を使うのは適切かという質問があったが、これに対して、筆者は「明確に反対です」と答えた。
高分配の投資信託は、運用として効率が悪いし、手数料率が高いものが多い。明確にダメだ。また、「高配当利回りの株式」は実力以上に不人気で投資妙味のある銘柄を探せる場合があるかも知れないが、配当利回りに拘ると保有銘柄が偏る可能性があるし、個別株はリスクが大きいので丁寧な分散投資が必要だ。
一般論としては、内外の株式のインデックス・ファンドで運用し続けて、計画的に資産を取り崩すことが望ましい。
「早期リタイア」が前提のFIREではあるが、取り崩しの考え方は、資産額から最晩年に持っていたい金額を差し引いて、これを平均余命に10年程度余裕を持たせた数字で割り算して、年間に取り崩していい金額の上限を決めるのが分かりやすい。取り崩し可能額は、運用資産の額によって上下する。
尚、パネル・ディスカッションでは、私ではない参加者から、「楽天証券の投資信託の定率取り崩しサービスを利用するといい」という声があったことをご紹介しておこう。毎月分配、あるいは奇数月分配などの投資信託を利用するよりも「遥かに合理的だ」と申し上げておく。
【論点7】FIREを目指すことの問題点は何でしょうか?
若いビジネスパーソンがFIREを目指すとした場合に、心配なのは、自分の人的資本に対する過小投資の可能性だ。知識、経験、人間関係など、将来の自分の価値を高める投資になり得るものの獲得には、時間や努力の投入だけでなく、お金もそれなりに必要だ。
先に、FIRE達成は手取り所得の50%を投資に回して18年かかると計算したが、この期間に使うお金が少なくなることによって、18年後の自分の人的資本の価値がより小さくなってしまう可能性がある。
一般に、教育・経験に対する投資は、より早い時期に行う方がより有効だ。理由は、その成果をより長い期間使うことができるからだ。22歳で行う教育投資は、40歳で行う教育投資よりも、より有効だと考えられる。人間関係に対する投資も同様だろう。
具体的な数字で考えてみよう。手取り収入を500万円としよう。ここで、年間支出250万円で生活し、250万円を投資に回す「FIRE型」で18年過ごすのと、年間支出400万円で、年間100万円を投資に回す「バランス型」で18年間過ごすのとでは、どのような違いが生じるかを、想像してみて欲しい。
因みに、想定する老後の期間や生活費にもよるが、厚生年金があるサラリーマンの場合、手取り収入の20%程度を貯蓄に回しておくと、老後の生活費と現役時代の生活費(前者は後者の70%程度と想定)のバランスが取れる計算になる場合が多い。
バランス型の支出額400万円とFIRE型の250万円の差である、年間150万円が丸々直接的な教育投資の違いでないとしても、18年後の「人的資本」(≒稼ぐ能力×稼げる年数)はバランス型の方が大きくなるのではないだろうか。
FIREを強く目指すあまり、それこそ爪に火(FIRE!)を灯すような生活をすることによって、人間のスケールが小さくなることが心配だ。
もちろん貯蓄と投資も大事なので、最適なバランスを見つけて欲しい。
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