この1週間のドル/円の動きを振り返ってみますと、22日のFRB(米連邦準備制度理事会)パウエル議長の議会証言以降、早期利上げに対する過度な警戒感が後退したため、株は上昇し、ドル/円も110円割れから反発し、一時、1年3カ月振りに111円台に乗せる場面もありました。

 パウエル議長は、インフレは一時的と従来の姿勢を余裕の態度で説明し、FRBは予防的に利上げすることはないと明言したことがマーケットに安心感を与えたようです。

 FOMC(米連邦公開市場委員会)の動きをみていると、マーケットは現在のインフレの高止まりとFRBの利上げ前倒し見通しについては、織り込んだような動きをみせています。

 先週25日に発表された、FRBが重視する5月のコアPCE(※)は前年比では+3.4%と29年ぶりの大幅な伸びとなりました。しかし、前月比では予想を下回り、しかも前月から鈍化したため(4月+0.7%→5月+0.5%)、ドル/円は110円半ばまで下落しました。

 パウエル議長やハト派のFRB理事たちが「インフレは一時的」と主張する根拠である「ベース効果」は、5月にピークを迎えたのではないかとの見方も出てきています。今週の米雇用統計や6月以降(7月発表)のインフレ指標はこのような観点からも注目となります。

(※)PCE(個人消費支出、Personal Consumption Expenditures)は米商務省が公表する、
米国の家計が消費した財やサービスを集計した経済指標です。PCEデフレーターは個人消費の物価動向を示す指標です。その中で変動の大きい食品とエネルギーを除いたコアPCEデフレーターは、FRBが長期的なインフレ目標として重視しているため特に注目されています。CPI(消費者物価指数)よりも調査対象が広いため、実際の物価動向を反映しているとされています。マーケットでは、デフレーターを省き、“コアPCE”との表現で使われることが多いようです。

 米雇用統計はこの2カ月、サプライズが続いているため注意する必要があります。追加給付の打ち止めによる雇用増が反映されるのは、おそらく8月(7月分)以降であるため、今回はあまり期待はできないと思われますが、NFP(非農業部門雇用者数)の予想は70万~80万人と直近3カ月平均の54万人よりも、かなり多い予想となっています。

 パウエル議長は22日の議会証言では、雇用について「(雇用のミスマッチは)今後数カ月で軽減していく」との見通しを示し、「今年秋には力強い雇用創出があるだろう」と秋口以降の雇用改善を述べています。

 ただ、もし、雇用統計の結果が強い数字であれば、再びインフレ懸念が強まり、FRBの早期の政策転換への期待が高まります。その場合、利上げ時期がさらに前倒しになるというよりも、先日のFOMCでは議論されなかった、量的緩和縮小の具体的な内容や開始時期への期待が高まることが予想されます。

 特にテーパリング(量的緩和縮小)については、現在毎月購入している国債800億ドル、MBS(住宅ローン担保証券)400億ドルのうち、住宅価格高騰を背景にMBSの購入縮小を先行するのではないかとの見方が浮上してきていることには留意する必要がありそうです。

 29日に発表された、米国内での住宅価格動向を見る上で注目されている4月のS&Pケース・シラー住宅価格指数(主要20都市)は前年比14.9%上昇し、2005年12月以来15年超ぶりの大幅な伸びとなりました。主要20都市の全てで上昇し、シカゴ以外は2桁の伸びとのことです。

 ドル/円は111円台に乗せましたが、維持できず、111円台でダブルトップの形となっています。しかし、クロス円の反発の値幅と比べるとドル/円の方が、戻りがしっかりしていることから、再び111円台を狙う可能性は残っているかもしれません。

 今週の米雇用統計によっては、テーパリング開始の期待が一気に高まる可能性があるため、ドル/円の上昇を後押しするかどうか注目です。同時に、ドル高はユーロやポンド、豪ドルの売りにつながり、それらクロス円の下落も起こることには留意する必要があります。

 クロス円下落の背景は、ドル実質金利の上昇を先取りしているのではないかとの見方があります。FRBは、インフレは一時的との姿勢を堅持していますが、利上げ時期前倒し路線に変更したため、現下のインフレ期待は後退、もしくは足踏みしています。

 この結果、実質金利が上昇してくるのではないか、そしてドル高を後押ししてくるのではないかとの見方が出てきています。

 現時点では米長期金利は投資需要によって上昇を抑えられていますが、この先、米雇用が改善し、雇用の伴う景気回復となった場合に長期金利は再び上昇を始める可能性があります。

 そして実質金利が上昇し、ドル高をもたらした場合、それまでは、ここ最近みられるようなドル/円の円安とクロス円の円高による綱引き相場が続くかもしれません。 

 今後、もし、米長期金利が上昇し、クロス円の下落(円高)が大きくなってきた時は、以上のような構図を思い出してください。ドル/円の円安が先行しても、その後クロス円の円高によってドル/円の頭が抑えられてくるという構図です。