共産党結党百周年という「政治の季節」へと向かう中国

 中国は現在「政治の季節」に入っています。7月1日、中国共産党結党百周年記念式典が開催される予定で、国内はこの一大政治イベントに向けて盛り上がりを見せているところです。

 6月12日21時から翌日未明にかけて、式典が開催される北京市天安門で「第1回総合リハーサル」が行われました。

 新華社通信の発表によれば、約1.4万人がリハーサルに参加。入退場、イベント本番準備、演出、応急処置など多岐にわたり、現場には、軍の合唱団、国旗保衛隊、ボランティアといった人員、また当日、消防や音響などを担当する専門部隊も参加したといいます。

 当局は、特に当日、式典に参加する習近平(シー・ジンピン)総書記をはじめとする国家指導者の警護を重視するのでしょうが、着々と準備は進んでいるようです。

 特筆すべきは、中国において、政治は政治のまま終わらないということです。「政治の季節」は、経済活動、景気動向、そしてそれらを支える国民の考え方や行動パターンにも切実な影響を与えるのです。

 日本や欧米においても、政治が人々の価値観や生活に影響するのは当たり前といえば当たり前ですが、中国では特にその傾向が強いというのが、私の認識です。

 言論活動を通じて中国と付き合ってきた私にとって、結党百周年は、中国共産党の動向を分析するという意味では大事にしたい季節である一方、この時期には、政治的な引き締め、とりわけ言論や出版活動への抑圧が強化されるので、不快に感じる場面も多々あります。

 人によって、政治がもたらす影響、政治に左右される具合はさまざまであり、人や業界によっては、百周年という政治の季節をポジティブに捉え、利用するでしょう。

 今回のレポートで主題として扱う「レッドツーリズム」(中国語で「紅色旅遊」)は、そんな中国の特徴、中国人の考えや行動を知る上で、うってつけのケーススタディーになると考えます。不透明感を漂わせながらも成長を続ける中国経済の動向を理解する、中国企業に投資をする上でも、重要な、示唆に富む作業になるに違いありません。

レッドツーリズムとは何か?経済効果は?

 レッドツーリズムとは何か? 私は次のように定義づけています。

 中国共産党の歴史や政策に関係する名所を観光地化し、人民の「愛国心」に火をつけ、そこに便乗する形で景気を活性化し、同時に党の政治的求心力を高めるための観光戦略。

 中国のグーグルとされる検索エンジン「百度」によれば、「紅色旅遊とは、中国共産党の指導者や人民が革命や戦争の時期に建設し、その功績として遺してきた記念となる場所、象徴的な建物を触媒とし、それらが持つ革命の歴史、軌跡、精神を中身とし、観光客がそれらを追想、学習し、楽しむというテーマを持った旅行活動」だといいます。中国共産党用語で分かりにくいですが、言わんとしていることは理解できるでしょう。

 日本人からすれば心境は複雑ですが、典型的な名所の一つとして挙げられるのが、全国各地に建てられた「愛国主義教育基地」の一つである「抗日戦争記念館」。北京では盧溝橋にあります。その他、上海にある中国共産党第1次全国代表大会記念館、湖南省にある毛沢東(マオ・ツォードン)故居、地域的には、中国共産党が革命の根拠地にしていた陝西省の延安、江西省の井岡山などが象徴的だといえます。

 レッドツーリズムには、無数ともいえるほど、多種多様な「路線」があります。

 共産党当局がオフィシャルサイトなどを通じて紹介、規定するものもあれば、すでに定番と化しているもの、国民が自らの時間や懐具合に基づいて自発的に選択するものもあります。

 当局の統制、検閲下にあるメディアは、昨今の情勢下において、百周年を盛り上げるべく、「紅色旅遊」にまつわる名所や路線に関して、大々的なプロパガンダ(宣伝工作)を展開しています。

 私自身が約10年間生活した北京に関して、1日のツアーについて想像力を働かせてみます。

 早朝、建国の父・毛沢東が図書館事務員として働いたことのある北京大学、同大に隣接し、習総書記や前任の胡錦涛(フー・ジンタオ)総書記が学生時代を過ごした清華大学を見学。その足で、市街地北西部に位置する香山公園まで行き、ぶらぶらする。

 それから車を飛ばして郊外にある盧溝橋へ向かい、中国共産党が独自の政治的立場やイデオロギーから日本との戦争をどう定義しているのかを「学習」。

 夕方までに天安門広場に戻ってきて、隣接する毛沢東祈念堂や人民大会堂、そして天安門城を眺める。

 日が落ちる前に、故宮の北側に位置し、小高い丘になっている景山公園の頂上まで登り、夕陽に落ちる北京の街を見届ける…。

「紅色旅遊」の経済効果も注目に値します。

 中国外交部の汪文斌(ワン・ウェンビン)報道官は、6月11日の定例記者会見にて、2019年、中国レッドツーリズムへの参加人数はのべ14億を超え、収益は約4,000億元(約6兆円)に達し、新型コロナウイルスに見舞われた2020年も、レッドツーリズムが観光市場の復興を促したと説明しています。

 6月22日、中国大手旅行サイト「去哪儿」(Qunar)が発表した『2021年紅色旅遊発展報告』によれば、コロナ禍に見舞われた2020年、同サイトを通じて紅色旅遊に参加した人の平均消費は1,287元(約2万円)、紅色旅遊自体のマーケット規模は1,000億元(約1兆6,000億円)に達したとのこと。

 また、国内観光業の収入が1元(約16円)増えるたびに、第3次産業に対する10.7元の消費が見込めるとのことです。

 中国がますます重視する内需拡大のテコとして、これまで以上に観光業を国策として促す可能性を指摘しています。

 経済がコロナ禍から回復し、共産党百周年を目前に控える中で迎えた端午節の3連休(6月12~14日)。文化旅行部データセンターの試算によれば、この3連休、全国の旅行者数はのべ8,914万人、観光収入は294.3億元で前年同期比140%増となり、コロナ禍前の75%まで回復。全旅行者のうち88%が道中において、紅色旅遊を体験したとのことです。

14億の中国人民がレッドツーリズムに“熱狂”する3つの理由

『報告』は特筆すべき現状として、世代別にみて、レッドツーリズム参加者に占める25歳以下の割合が3年連続で増加、全体の2割を占めるに至っていると指摘しています。

 ここからは、中国の人々、特に若い世代が、なぜレッドツーリズムに興味を示し、実際に参加し、お金を落としていこうとしているのかを考えていきたいと思います。

 14億以上の巨大マーケットが、どのような思考回路と行動原理を持つ消費者たちから成っているのかを理解し、中国市場に投資をしていく上で、参考・判断材料になればと思います。

 以下、3つの背景・理由を挙げたいと思います。

1:「紅色」観光名所が国中にある

 一つ目に、中国が中国共産党一党支配の、社会主義というイデオロギーを掲げる「市場経済」ということもあり、どんな業界にも政治の影響が浸透している、故に、観光名所における「紅色市場」が顕著であり、国民が意識的、あるいは無意識のうちにレッドツーリズムに参加する確率が高くなっているという国情が挙げられます。

 ここに、中国政府が設定する「全国紅色旅遊経典景区名録」、すなわちレッドツーリズムにおいて古典的な名所リストを挙げますが、北京市15、遼寧省12、上海市7、山東省13、湖南省14、広東省13と、特に重点として挙げられている場所だけでもこれだけあるわけですから、旅行の道中で立ち寄らない可能性のほうが低いと言っても過言ではありません。

 言い換えれば、中国経済、特に内需拡大という意味で、ますます重要視されているツーリズムにとって、「紅色」という色素はそもそも広く、深く浸透しているということです。消費者、ユーザーにしてみれば、はじめから、関わらないことの方が難しい設定になっているのです。

2:「紅色」意識、党に忖度するビジネスが前提

 二つ目に、1点目に関連して、ツーリズムの供給側も、中国共産党という「お上」に忖度(そんたく)するという観点から、「紅色」を強く意識した商品づくりをする傾向にあるという国情が挙げられます。

 例えば、中国の大手コングロマリットで、特に商業不動産大手として著名な万達集団(03699、香港)は、前述の延安に「延安紅街」という、紅色を基調にした文化観光地を造っています。総建築面積は270万平方メートル、総投資額は120億元(約1,920億円)。端午節の初日、「延安紅街」にはのべ26万人が訪れ、紅色関連の施設や催し物を楽しんだといいます。

 この手の企業は、中国共産党を敵に回しては、ビジネスをやってはいけません。施設を造るための土地すら手に入れられません。故に、国民に大人気のエンターテインメント施設を造る際にも、随所に「紅色」の色素を入れ込む、あるいは自社のビジネスモデルの中に、適度に「紅色プロジェクト」を組み込ませることで、当局と良好な関係を構築しようとしている。恩を売り、保身につなげるという論理です。

3:「愛国心」の高揚と中国人の処世術

 三つ目に、官民一体で供給されるレッドツーリズムに対して、国民も積極的に応えているという国情が挙げられます。

 動機としては、中国が経済的、軍事的に強国を目指し、欧米諸国とも激しい攻防を繰り広げている中、国民の間で愛国心やナショナリズムが高まっている、換言すれば「人民の紅色化」が進んでいるという現状がまず挙げられると思います。この点において、若者も例外ではなく、むしろインターネット世代である若年層から進んで、共産党の体制や政策を擁護する向きすら見いだせるほどです。

 また、中国人の複雑な人間関係や処世術も関係しています。

 学園内、家族親戚、友人、職場といった人間関係の中で、「あなたは愛国的だ」と認識されることは、自らの人生を生きやすくすることにつながるのです。

 逆に、日ごろから米紙「ニューヨーク・タイムズ」を読んでいる、VPN(仮想私設網)を使って海外の映像ばかり見ているといったうわさが広まると、「非国民」「売国奴」といったレッテルを貼られるリスクに見舞われます。

 北朝鮮ほどではないにしても、中国は依然として相互監視社会であり(習近平政権でこの傾向は強まっている)、自らの手柄や出世のためには、党に対して身内を内部告発することすら辞さない、厳しい世の中なのです。

 大学を卒業したばかりの若い人が数名で、毛沢東像を見にいったり、抗日記念館を参観したりしながら、中国の強さ、共産党の偉大さを相互に、力強く語り合ったりする光景には、まさに中国人の生きざまが切実に露呈されているといえるでしょう。