登場は10年以上前

「ほったらかし投資術」という些か投げやりな名前のお金の運用法がある。正式な専門用語ではないし、オリジナリティーを主張したいわけではないのだが、筆者と投信ブロガーの水瀬ケンイチさんの共著である「ほったらかし投資術」(朝日新書、2010年刊)が、たぶんこの言葉を使った最初だろうと思う。

 出版当時、朝日新聞出版社の友澤和子さんという編集者が考えてくれた書名なのだが、正直なところ、筆者はあまり気乗りがしなかった。しかし、その後書名を褒めて貰う事がたびたびあり、近年は、主に内外のインデックスファンドを使った個人の資産運用法について、時には、あたかも普通名詞のように使われる事があるのは喜ばしい。

 書籍としての「ほったらかし投資術」は、2015年に正本とも言うべき朝日新書で「全面改定 ほったらかし投資術」が出ている。また、水瀬さんは同趣旨の投資についてご自身の経験を運用資産額の推移まで含めて詳しく綴った「お金は寝かせて増やしなさい」(フォレスト出版、2017年)を上梓されているし、筆者も「山崎元のほったらかし投資術」(宝島社、2018年)、など、基本的には同じ内容を時期に応じてアップデートした改訂版的な本を出している。

 筆者は、つい先頃、「山崎元のほったらかし投資 資産運用の大正解」(宝島社、2021年)というタイトルの本を作ったばかりなので、2021年の現時点での「ほったらかし投資術」についてお知らせしたい。水瀬さんも同意見だろうと思うが、方法について、誰にでも惜しみなく教えて広く普及させようとすることも含めて「ほったらかし投資術」なのだと筆者は理解している。

ほったらかし投資術の「要点」

「ほったらかし投資術」を実践するための要点は以下の通りで、これで十分だ。

【「ほったらかし投資」の実践法】

  1. 当面の生活費に充てる「生活防衛資金」を別途用意し普通預金に置く。
  2. 「リスクを取ってもいいと思う金額」をインデックスファンド投資に振り向ける。
  3. インデックスファンドは「外国株式」と「国内株式」を半々に投資し、それぞれ運用管理費用の安いものを選ぶ。
  4. 給与所得者などは毎月積立投資でインデックスファンド投資を増やしてもいい。
  5. NISA(一般、つみたて、何れか)、iDeCoなど税制が有利な投資口座を有効利用する。

 以上の実践法を読んで、一つ一つを十分納得出来て、投資ができる人は、著者としては少し残念だが、わざわざ書籍を買って頂くには及ばない。お金と時間(特に後者!)を節約して、自分自身の人生にエネルギーを振り向けることこそが「ほったらかし投資術」の中心思想なので、「本なんて、買わなくてもいいよ」と見栄を張りたい。

 以下、投資法のディテールや、2021年現在での考え方などを知りたい読者に向けて、幾つかの論点について補足的な説明をお届けする。

(1)投資配分は「内外株式、50%対50%」でいいのか

 コストの安いインデックスファンドに投資するとして、どのようなインデックスファンドに、どのような資金配分で投資するかは、毎回迷うテーマだ。

 筆者は、過去10数年に亘って、「外国株式50%+国内株式50%」と提示することもあれば、「外国株式60%+国内株式40%」と提示することもあった。どちらも、国内の大型年金基金などの運用計画の期待リターンとリスクの数字を参考に決めた。

 大まかに言うと、「外国株式」と「国内株式」の期待リターンは、概ねリスクフリー金利+5〜6%くらいで、外国株式がやや高い事が多く、リスクは20%程度だが外国株の方がやや大きい事が多い。日本の年金基金も日本の個人投資家も、主に将来支出するのは日本円の現金相当の資産であることが多く、リスクは「日本円の現金」から測るのが妥当なので、世界の株式時価総額に占める日本株の比率よりも国内株式の比率が高くなるのが、リスク・リターンの計算上からは妥当だ。

 但し、特に近年、外国株式と国内株式のリターンの連動性が高まっていて、分散投資の効果が小さくなっている。

 例えば、以下の3つの選択肢は、大きな差がないし、どれがいいとも決めがたい。

(A)外国株式50%+国内株式50%
(B)外国株式60%+国内株式40%
(C)先進国株式40%+新興国株式10%+国内株式50%
(D)全世界株式(含む日本)100%

 筆者が最近作ったムック本では(A)を採用した。今回は、公的年金の基本ポートフォリオの株式部分を真似て(内外株式半々)、債券部分(外債+国内債)を個人向け国債(変動10年)に「改良」した(低金利なので固定利付債は要らないし、外債には余計な為替リスクがある)。

 いっそのこと(D)がシンプルでいいと思わなくもないのだが、「将来の支出は円建て」ということを考えると、今のところそこまで踏み切っていない。

 尚、巷間、米国株100%(例えばS&P500のインデックスファンド100%)でも、米国の多国籍企業は世界でビジネスを展開しているので、いいのではないか、という意見があるが、これには賛成しない。過去長い期間米国の株式と経済が好調なのは確かだが、これが将来も続くと確信できるほどの材料はないし、原則論として、分散投資の機会は広い方がいい。また、米国の年金基金などの機関投資家が、過去の「米国株+米国債」ほぼ100%から、国際分散投資を拡大してきた歴史がある。

(2)リスク資産(=インデックスファンド投資)の大きさの決め方

 投資家にとっては、幾らの大きさでインデックスファンドに投資するのかが最も重要な決定だろう。この点に関しては、最初期の「ほったらかし投資術」と基本的に大きな違いはない。「1年後に、最悪の場合3分の1くらい損をする一方で、同じくらいの確率で4割くらい儲かる事があり得て、平均的には年率5%くらいのリターンがある資産を幾ら持ちたい?」。時期により、本によって、書き方に差はあるが、基本的にはこのように自問して決めようという方法論は変わっていない。

 補足的には、例えば想定される損失額を評価する際に「360」(老後を30年とした場合の総月数である)で割って「老後の1カ月当たりの生活費に換算してみる」(=例えば、360万円損すると、毎月1万円生活費が減る)というリスク評価の考え方を追加したり、「人的資本」(本人の将来の稼ぎを現在価値で評価したもの)を考えると、リスクは吸収できる場合が多いと読者を勇気づけたり、といった工夫を毎回考えている。

(3)「生活防衛資金」の額

 投資に回さず、生活する上で借金に頼らないで済むように取り置く資金を「生活防衛資金」と呼ぼう(この呼び名の由来については、トウシルの動画で説明したので、興味のある方はご視聴下さい)。

 これをどの程度確保して投資に臨むべきかについては、オリジナル本の共著者である水瀬ケンイチさんと、筆者の間で少々意見に隔たりがある。

 水瀬さんは、生活防衛資金を潤沢に確保することの精神安定効果を重視されて生活費の「2年分」程度を持つ事がいいと勧められることが多い。

 一方、私は、2年分の資金を貯めるにはそこそこの時間(数年?)が掛かるので、生活防衛資金は「3〜6カ月分」持てばよく、それで足りない場合は、インデックスファンドを必要な額だけ部分解約するといいと考えている。

 インデックスファンドは数日で現金化できるし、必要額を部分的に解約できるので、生活資金のニーズに応えるに十分な流動性がある。但し、例えば、自分の買値よりもファンドが値下がりしている時でも平然と解約できる「損得にこだわらない心」が必要だ。

 どちらがいいかは、本人の好み次第だ。難しい問題ではないので、読者が決めたらいい。

(4) 投資対象商品の選択

 過去10年あまりの「ほったらかし投資術」の変遷にあって、インデックスファンドの新商品の登場や既存商品の条件(運用管理費用など)の変化は重要な要素だった。そして、幸いにしてこの間、変化は投資家にとって好都合なものであった。

 2021年の筆者の近刊書籍では、外国株式は「eMAXIS-Slim全世界株式(日本除く)」、国内株式は「eMAXIS-Slim国内株式(TOPIX)」を選んだ。共に三菱UFJ国際投信の商品だが、対象とするインデックスと運用の仕組み、そしてコスト(手数料)で選んだ。率直に言って、他社の同類商品と大きな差はもはやないと筆者は考えている。

(5)積立投資に対する考え

 最初に「ほったらかし投資術」(朝日新書)を出した際には、積立投資に関して、いわゆる「ドルコスト平均法」についてリスク縮小やコスト低減などの投資上のメリットがあるとする誤り(金融論的には「誤り」なのだ)を糺すことに対して筆者は熱心だった。

 その後に金融論的な結論が変化したわけではないが、サラリーマンの積立投資のようなものは、「毎月最適な投資額が変化している(積立額だけ増えている)」と思うといいという理解と説明でいいのではないかと考えるようになった。理屈の上でも、現実的にも、これでいいと思う。ドルコスト平均法に、投資した金額のリスクを減少させるような「魔法」がないことに変わりはない。

 書籍としては、いくらか寛容で読者に優しくなったかも知れないが、少々意地悪な面白みが消えたかも知れない。どちらがいいかは、微妙だ。

(6)コロナなど投資環境変化の影響

「ほったらかし投資術」では、市場が「効率的」で完璧に情報を反映しているとは考えていない。市場はしばしば間違えているはずだ。しかし、一方で、著者たちや専門家も含めて投資家が株価の正否や正しい投資タイミングを判断できるとは思っていない。

 一方、投資タイミングは判断できないとしても、「市場参加者は、リスクプレミアムを織り込む形で株価を形成しようとしているだろう」と考えており、市場の価格形成機能には期待を寄せている。

 新型コロナ・ウイルスの流行など、様々なイベントがあるが、都度都度の株価に「それなりに」反映しているのだろうから、投資家に出来る事は「自分にとって適切なサイズの投資リスクを保有しつづけること」以外にない。

 悩んでも改善につながらない問題について悩まないのが「ほったらかし投資術」の流儀だ。

(7)NISAやiDeCoなどの投資優遇税制口座

 2015年に「全面改定 ほったらかし投資術」(朝日新書)を出した理由は、投資商品の変化もあったが、主にNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)の創設だ。

 また、その後に個人型確定拠出年金は対象者を拡大し、「iDeCo(イデコ)」という愛称が出来て、普及が進んだ。そして、2019年のつみたてNISAのスタートは、インデックスファンドの運用手数料の引き下げ競争を生んだので、「ほったらかし投資術」の実践者にとって大きなメリットをもたらした(改善幅は小さくとも「確実な改善」なので効果が大きい)。

 因みに、個人型確定拠出年金に関しては、iDeCoが登場する以前からオリジナル版「ほったらかし投資術」で利用を強く勧めていた。かつて、あまり利用されていない制度だったが、実は以前から有利な仕組みが存在していたのだ。

「ほったらかし投資術」は、iDeCoや各種のNISAをできるだけ大きく利用することを一貫して勧めていて、同時に、それぞれの制度での投資商品の選択方法についても説明している。

 基本的な考え方は、大規模な年金基金などで用いるマネージャー・ストラクチャーの管理方法の応用でほぼ一通りに決める事が出来るが、2021年時点での結論を手っ取り早く申し上げると、それぞれの税制優遇口座にインデックスファンドの運用を集中して、「ほったらかし投資術」の方式で手数料コストが安い内外株式のインデックスファンドに投資したらいい。厳密に比較すると差が出る可能性はあるが、インデックスファンドの手数料水準が下がったので、運用口座毎に商品選択を変えて使い分ける必要は、今やほとんどない。

 こうした制度に関しては、2024年から通称「新NISA」が導入されるという変化がある。新NISAは、いくらか複雑な制度でもあるので、そろそろ「公式本」(?)であるところの朝日新書版の「ほったらかし投資術」の三訂版が必要かと思っている。

「水瀬さん、そろそろ、いかがだろうか?」。

 もっとも、10年前の「ほったらかし投資術」の知識のままで運用していたとして、厳密には改善の余地があるとしても、ほとんどそのままで何の問題もなく運用の成果を得られていたはずだし、現在でも応用が利くことを強調しておきたい。オリジナル版の基本的な方法と考え方は全く古くはなっていない。「インフレ+高金利」といった世の中にでもならない限り今の方法が将来も「そこそこ以上に」有効であり続けるだろう(日本の長期金利が2%を超えたら、次の方法を考え始めようと思っている)。

 正しいポイントを一旦押さえてしまえば、資産運用に迷いは要らない。読者には、運用の問題を最小の努力で解決した上で、「運用以外の人生」を充実させる事にエネルギーを傾けて欲しい。