ESG投資における機関投資家と個人投資家のちがい

 今回は、ESG投資を取り上げる。近年、「ESG」を謳ったテーマファンドなどもあり、投資家から「ESG投資は儲かるのでしょうか?」という質問を受けることもあるので、考えてみたい。

 ところで、個人のESG投資について考える前に、年金基金のような機関投資家と個人投資家のESG投資に関するちがいを確認しておきたい。

 ESGが指す「環境」も「社会性」も「ガバナンス(企業統治)」も何れも企業活動の重要な要素であり、資金の効率的な運用を考える上では評価の視点として織り込まれるはずだ。その上で、「効率的運用」と「ESGを反映した運用」に何らかの具体的な差があるとすれば、「ESGを反映した運用」は、「最も効率的な運用」ではない可能性が大きいことになる。

 年金基金は、年金加入者の資金を専門家のスキルを持って最善に効率的に運用する義務があるので、「効率的運用」を離れて、何らかの特別な運用としての「ESG運用」を採用することは、受託者の義務に反することになる。先般改正された米国の年金の運用ルールを定めた法律(通称「エリサ法」)では、年金基金の運用は効率性のみを優先するべきであることが規定された。トランプ政権下の改正であったために、ESG的な投資への反対が反映されたのではないかという評価もあったようだが、理屈は通っている。筆者は優れた見識として肯定的に評価している。

 年金運用は、ベストの効率を追求する義務を負う「他人のお金」の運用だ。例えば、企業年金などが「ESG運用」を採用する場合は、「最高の運用効率の追求から逸脱する可能性があるが、社会的に意義があるので、(或いは加入者にとって気分がいいので、)ESG運用を〇〇%採用する」等の合意を、運用委員会レベルではなく、代議員大会レベルで議決する必要があるだろう。運用委員会は運用の専門家なのでESG運用を採用できないはずだ。

 現実問題としては、運用委員の立場なら「ESGは今や重要な視点として、既に企業評価に反映している。最高の運用効率の追求とESG評価への注力は両立するので、何らかの特別な運用を採用する必要はない」とでも言って、受け流しておくといいだろう。「投資にあって、ESGの観点は重視されているか?」という加入者や世間の声(場合によっては官庁の声も)を無視することは出来にくいが、さりとて、ESGでポートフォリオを変えたり、ましてESGを謳う運用やサービスに追加的な費用を支払ったりすることは正しくない。

 さて、前置きが長くなったが、個人投資家の場合、自分のお金を投資するのだから、投資アイデアとしての「ESG投資」に賭けてもいいし、ESG重視に共感してファンドを選んでもいい。

「ESG投資のパラドックス」

 さて、ESGに着目した投資は儲かるのか?

 この問題を考える際に、データに頼るのはあまり賢くない。ベンチマークからずれたポートフォリオを持って一定期間運用すると、「勝ち・負け」は必ずある。だが、今後の運用を評価するためには、ある期間とサンプルを採ったデータが「勝ち」に偏っているだけでなく、今後もそうした傾向が続くことがもっともらしいと思える理由が必要だ。

 例えば、「環境」対策への投資に相対的に熱心だと評価された企業の株式を持って、市場平均よりも高いパフォーマンスを得るためには、例えば、(1)現時点での環境への投資がその企業の将来の収益(又はコストの節約)に大いに有効であり、(2)その有効性が一般的な投資家から現在過小評価されていて、(3)将来その過小評価が正される公算が大きいと考えられる、といったストーリーに信憑性が必要だ。

 ESG投資が同時に良いアクティブ運用であるための条件はなかなか複雑だ。

 また、次のような「ESG投資のパラドックス」とでも名付けたくなる議論が成立する。

(1)ESGが企業価値評価の点で重要な要素だとしよう。

(2)では、現在、ESGの評価が高い会社と、ESGの評価が低い会社を比較した場合に、将来の投資リターンが高いのは「評価が低い会社」の評価が改善する時だろう。

(3)従って、ESGが評価の視点として重要なら、むしろESG評価の低い会社にこそ儲かる投資のチャンスがある。

「屁理屈」のように感じるかも知れないが、投資の考え方としては案外強力だ。ESGの状況が悪い会社が、それをそのまま放置し続けると信じる理由は無い。

 また、社会としてESGが大切なら、現状ではESGの評価が高くない会社の改善にこそ効果があると考えることにも一理あるだろう。

「ESG劣等生」的な会社の株式を買って、株主として経営者との対話を通じて、ESGの改善を促すことに成功すると、企業の業績も良くなり、社会的にも望ましい変化が起こり、投資した株主も儲かることが期待できる。

ESG投資=アクティブ運用=テーマファンド

 もちろん、「ESG優等生」的な企業が、今後ESGを更に改善しないと決めつけるのもおかしい。「伸び代がなさそうだから、ESG優等生企業は買わない」というのも極端だろう。

 結局、投資としては、「ESG優等生」も「ESG劣等生」も両方買っておくといいことになる(「分からないときは両方買え」が分散投資のセオリーだ)。敢えて、どちらかを買うとすると、株価がフェアバリューよりも低く評価されていると強く思える場合ということになる。

 このように考えてみると分かるのは、結局、ESG投資と名付けてみても、これはアクティブ運用の一種なのだということだ。

 アクティブ運用の一種なのだとすると、「市場平均をじっと持つ運用」に対しては分が悪いことが想像できる。インデックス運用が「市場平均」そのものではない場合もあるが、概ね市場平均的なポートフォリオを持ち、ファンド内の売買回転率が低く、商品としてのファンドの運用管理費用の設定が安いのだとすると、顧客にとっては、インデックスファンドをじっと持つ方が勝率は高そうに思える。

 実は、本稿の冒頭で、機関投資家の「効率的運用」という単語を使ったが、効率的な運用が市場平均をじっと持つインデックス運用だとすると、ESGファンドがビジネスとして何を目指しているのかが見えてくる。

 顧客に手数料率が低いインデックスファンドをじっと持たれていては商売になりにくい運用業界が、「ESG投資」という名前を付けて一種のアクティブ運用を売ろうとしているのが、ESGファンドのビジネス的な正体なのだ。

 しかも、個人向けのESG投資の商品は、いわゆる「テーマファンド」の範疇になる。改めて言うまでもなく、分散投資が最大の長所である投資信託という金融商品で、特定の固定的な偏りを持つポートフォリオを提供することは、せっかくの長所を捨てる愚行だ。また、経験的に言って、いわゆる「テーマファンド」は、過去に投資家を幸せにしてきたとは言いがたい。

 以上のような理由で、筆者は、ESGファンドへの投資を他人に勧めようとは思わない。