期待リターンを意識せよ

 読者は、株式を買うときにその銘柄の期待リターンを具体的に意識するだろうか。推測するに、具体的な数字を意識せずに、「きっと儲かるのではないか」、「他の銘柄よりもいいだろう」というくらいの“感覚”を頼りに投資する人が多いのではないか。

 プロの運用者でも、感覚頼りの「どアクティブ」のファンドマネージャーは似たようなものだろう。「テンバガー(10倍になる株)に投資する」と言っていても、本人が職業的且つ希望的な気合いを入れているだけなので、実質的に素人と変わらない。

 プロでもある程度以上のスキルがあると、個々の銘柄の期待リターン(正確にはアクティブ・リターン)を意識する。

 一般の個人投資家は深く理解しなくてもいいが、理論的には「当該銘柄を限界的に増やした場合に、ポートフォリオ全体に与えるアクティブ・リスク増加の影響に比例して大きなアクティブ・リターンがあるべきだ」ということになる。銘柄の投資ウェイトを増やすと、ポートフォリオ全体に与えるリスクの影響が拡大する。リスクの影響とアクティブ・リターンの大きさがバランスするようにポートフォリオを作るのが基本的な考え方だ。

 上記のような計算とポートフォリオ管理のためには、ポートフォリオのリスクを詳細に分析するツール(年間数百万円レベルの費用が掛かる)が必要だ。個人の株式運用の場合は、もっと大雑把でいいが、「この銘柄の期待リターンはどのような状態なのだろうか?」と考えることは有益ではないかと考える。

「R=A+M+E」の枠組み

 個々の銘柄の将来のリターンを、トータルのリターン(R)、アクティブ・リターン(A)、マーケット(市場平均)リターン(M)、予測できない価格のブレ(E)に分けて考えてみることを提案したい。

 4つの変数の関係は、R=A+M+E、だ。それぞれの数字の単位は年率リターンとしておこう(必ずしも「年率」でなくてもいいが、年率が分かりやすい)。

 たとえば、ある銘柄の将来のリターン(R)を、

A:市場平均を上回る(下回る)アクティブ・リターン、
M:市場平均のリターン、
E:市場で生じる株価のブレや予想できない事象により発生するリターン、

 に分けて考えてみる。

 Aは、気分としてはギリシャ文字の「α」をあてたいところなのだが、この文字は、もう少しフォーマルな金融理論でしばしば「α=アルファ:個別銘柄の市場に連動しない超過リターン」として使われるので、今回はアクティブ・リターンの頭文字のAで我慢する。Mが「市場平均」(時価総額加重の平均)のリターンだと仮定するので、上場銘柄のAの時価総額加重合計はゼロだ。原則として「A」の平均はゼロなのだ、ということは頭の中に叩き込んでおいて、しばしば思い出すべき重要事項だ。

 運用としては、もちろんAがプラスな銘柄を買いたいのが普通だが、「Aのプラス値が大きな他の銘柄のリスクを相殺するために、Aがマイナスの銘柄でも持つべき意味がある場合がある」ことは頭の片隅に覚えておいて欲しい。

 Mは市場平均のリターンで、機関投資家の運用計画を参考にすると、リスクフリー金利に年率5〜6%くらいのリスク・プレミアムが乗っていると(一応は)考えられるが、リターンの年率標準偏差で見て20%程度のリスクがあると考えられる。

 CAPM(資本資産市場モデル)と呼ばれる理論では、個々の銘柄は市場平均に対する連動性(β値)に比例したリスク・プレミアムを持つことになっていて、Aの部分が「α(年率%)」になり、理論の期待するところはα=0だ。

 しかし、β値は過去のデータ自体が不安定だし、理論的に必要なのは「これからのβの予測値」なので、「個別の銘柄の期待リターンは市場平均と連動するリターン(M)と個別の銘柄が持っているアクティブ・リターン(A)の合計値だ」と考えておく方が、大まかな資産運用では実際的ではないかと筆者は思っている。

 Eは、市場での銘柄固有のリターン変動であり、現在時点では予測できない将来事象によって発生するリターン変動を表す項だ。ファイナンス理論ではギリシャ文字の「ε(イプシロン)」を使うことが多いが、今回は、「A」、「M」に合わせて「E」を使うことにした。「エラー(誤差)のE」と思うといい。「α、β、ε」よりは「A、M、E」の方が、一般投資家には親しみやすいのではないかと期待した。

 そして、こうした区分を、一般投資家も具体的に考えてみるべきではないか、というのが本稿の主なメッセージである。

 Eの期待値はゼロ%だが、リスクはかなりの大きさで存在する。東証一部の上場銘柄なら、銘柄によってバラツキがあるが、20〜30%くらいではなかろうか。この部分は、Mとは独立に存在すると考えるので、Mのリスクが20%でEのリスクが20%(典型的には大人しめの値動きの大型銘柄)なら、銘柄全体のリスクは約28.3%、Eが30%のリスクなら約36.1%といった計算になる。銘柄によってはもっと大きいかも知れない。

 但し、リスクの分解上は、マーケットの(市場平均の)リスクとそれ以外のリスク(金融用語では残差リスク)の合計が1銘柄のリスクとなるが、今回の分解ではマーケットリスクをどの銘柄も共通(つまりβ=1)と考えているので、実際には個々の銘柄のトータル・リスクをまとめて把握しておいて、その中にはマーケットのリスクが含まれているのだと考えておくといいかも知れない。

「A+M+E思考」の意味

 投資家は、自分が持っている、或いは買おうとしている銘柄の「A」、「M」、「E」について具体的な見当が付いているのでなければならない。厳し過ぎるかも知れないが、本当の話だ。

 具体的に答えられない銘柄を持っているのだとすると、「リターンもリスクも分からない銘柄を、ただ儲かることを祈って持っているにすぎない」。チャートを見ている場合ではないし(チャート分析は役に立たない「占い」だと筆者は思うし、年金運用などの世界の常識でもある)、まして経営者の批評をしている場合でもない(投資家が経営者の評価を出来ると思うのは、何と傲慢な勘違いだろう)。

 リターン、リスクを考えずに投資するのはまずい、と先ずは思うことが重要だ。

 では、どのように考えるか。

 先ず、分かりやすい(正確には「割り切りやすい」)のは「M」だ。「自分が持っている株式は、市場全体の上げ下げの影響を大きく受けるだろうし、市場のリターンの変動は大きく予想は難しいが、平均的なリターンは機関投資家の運用計画の期待リターンから考えて、〇%くらいだろうし、この要因から発生するリスクは××%くらいだろう」と考えたらいい。例えば、期待リターンが5%で、リスクが20%だ。

 次に分かりやすいのは「E」だろう。値動きの激しさや、業態による収益変動の大きさなどから、「地味で安定的=20%」、「(値動きが)いくらか賑やか=30%」、「かなり派手=40%」などと考えるといい。

 計算が億劫でない人は、大まかに株価の変化率をリターンとして、トータル・リスクを分散で計算してみて、そこから同期間の市場平均のリターン変動の分散を差し引き、その結果の平方根を計算すると個別銘柄の標準偏差を概算できる。

 慣れてくると、これくらいの値動きだから、「E」にはこの程度のリスクがあるはずだ、と大まかに分かるようになるだろう。

「A」を“リアルに”考える

 さて、難しいのは「A」だ。ある銘柄を持つ、或いは買おうとするということは、多くの場合、その銘柄が市場平均よりも高いリターン(アクティブ・リターン)を生んでくれると期待するからだろう。では、どの程度の大きさの「A」なのか。

 例えば、適正と思われる株価よりも「2割安い」と思う株価のある銘柄に投資しようとしている場合に、投資家は「A」をどう考えたらいいのだろうか。

 仮に、現在、株価が2,000円の株を割安だと判断するアナリストのレポートに完全に賛同し、そのレポートの「目標株価」が2,500円だとしよう。「確かに2,500円くらいが妥当だ!」と読者は思ったとしよう。

「割安は1年で修正される」ことが確実ならA=+25%ということになるが、市場が割安に気づいてこれを修正するには時間が掛かるだろう。例えば、平均5年で割安状態が解消すると思うなら、A=+5%となる。これでも、かなり大きく魅力的な数字だ。修正に要する期間が10年でも、それが「確実」ならA=+2.5%であり、それでもかなり良い数字だ。

 しかし、率直に言って、(誰のであっても、自分のであっても……)投資家の判断が正しいとは限らない。見落としている情報があるかも知れないし、判断の方法が間違っているのかも知れない。長年株式投資に関わっている方ならご存知だろうが、相対的な割安株の多くは、かなり昔から割安株だったし、残念ながらその後も大きな確率で割安株であり続ける(但し、それでも総合的に魅力的な場合は多々あるが)。

 現実的な投資家は、「A」に関する自分の判断が正しい確率がaで、事態がむしろその逆である確率が(1−a)ならどうなのか、と自問してみる必要がある。仮に、自分の判断が正しい場合と間違っている場合が「6勝4敗」ならどうか。

 確実ベースでの「A」の期待値は、(6−4)÷10=0.2で修正されなければならない。「5年で割安が修正される」前提の年率+5%は年率+1%にダウングレードされるし、「10年で修正」の2.5%は年率+0.5%と評価しなければならない。特に後者の場合は、保有期間が短いと取引の手数料コストに負けてしまうかも知れない。

 そして、さらに追い打ちを掛けて恐縮だが、「6勝4敗」という自己評価は「相当に(たぶん非現実的に)楽観的で強気な数字」だ。市場で取引されている銘柄の平均的なAはゼロだし、市場に参加している投資家が得るAの平均もゼロなのだ。

「プラスのA」を獲得することは甘くない。プロのファンドマネージャーも、平均的には「マイナスのA」なのだ。

「A+M+E思考」の使い方

 AとMとEを具体的に考えることで、何を改善できるか。

 先ず、Eはリスクの拡大そのものなので、大まかにはEが持つリスク(標準偏差)を二乗した分散に反比例したウェイトで個々の銘柄をポートフォリオに組み込むといいことが言える。「値動きが激しい銘柄への投資ウェイトは小さい方がいい」という当たり前の話だが、「そのためには、分散投資の規模を拡げよう」と方針が決まるだろう。

 もちろん、銘柄間の相関関係も重要なのだが、先ずは個々の銘柄がどれくらいリスキーなのかを把握しておきたい。

 そして、最も有用なのは、Aの根拠を自問し、点検する考えを持つことだ。「なぜ、この銘柄を持つのか?」、「この銘柄は相対的にどの程度有望なのか(Aのプラス値は幾らか)?」と問うことはいいことだ。

 そして、もちろん、自分の判断したAと現実のAを対照して、自分の判断について振り返ることが参考になる。

 また、Aの現実的な大きさを思うときに、取引コストを下げようとの反省も生まれる余地があるだろう。プロの運用でもアクティブ・ファンドがインデックス・ファンドに勝てない大きな理由の1つは、前者がファンド内で払う取引コストが大きいからだ。直接的な手数料以外に、マーケット・インパクト(自分の売買で株価を不利な方向に動かすことで生じるコスト)の影響が大きい。

 また、個々の銘柄だけでなく、自分のポートフォリオ全体のA・M・Eがどうなっているのかも概算してみたい。

 具体的な数字を問い、実績と照らしてみると、「結局Mのメリットを長期的に取るのがいい」と気づく冷静な投資家もいるだろうし、現実的な制約の中で「Aの獲得にチャレンジしたい」と思う良い趣味の持ち主もいるだろう。

 筆者は両方の投資家を応援する。