※本記事は2019年10月21日に公開したものです。

企業の成長が鈍化したらどうする?

 前の第3章では、急成長している企業には高い株価評価が付与され、割高で取引されることを説明しました。

 普通、どんなに素晴らしい会社でも、事業規模が大きくなると成長率は鈍化するものです。これはその会社の規模が毎年大きくなると、その分だけ前年比較を計算する際の分母の数字が大きくなることが一因です。

 では、企業の成長が次第に鈍化する局面には、株価評価はどうなるのでしょうか?

 理屈から言えば、その場合の株価評価も、成長率の鈍化とともにだんだん下がってきます。これを株価の伸びから見れば、企業が成熟するに従って、昔のような倍々ゲームでのキャピタルゲインが望めなくなることを意味します。

 普通、若い伸び盛りの企業は、稼いだ利益を本業に再投資することが最も効率の良いおカネの使い方です。しかし、だんだん前と同じような投資リターンを期待できなくなれば、経営者は他の方法を考えなくてはならなくなります。

 そこで登場するのが、自社株の買い戻しや配当という形による株主への利益還元の方法です。

自社株買い戻しにはどんな意味がある?

 順番から言えば、企業が株主への還元を考える際、最初に検討するのが自社株の買い戻しです。

 なぜ配当を出すより先に、自社株の買い戻しを考えるのでしょうか?

 その第1の理由は、自社株の買い戻しが毎年必ず実行しなければならないものではないからです。儲(もう)かった年に自社株を買い戻す、次の年には余裕がなければ止める……そういうことが自社株買い戻しでは常識になっています。つまり自由が利くのです。

 ハイテク企業などの場合、社員への報酬を一部ストック・オプションで支払うケースもあります。つまり、現金によるボーナスではなく、自社株を従業員に与えることで報いるわけです。すると、自然に発行済み株式数が増えてしまい、それはEPS (1株当たり利益)を希釈化(=薄めてしまうこと)する原因になります。

 このため、ちょっとだけ自社株を買い戻して、発行済み株式数がむやみに増えないようにする企業は多いのです。

 自社株の買い戻しは、EPSを改善することに加えて、実際に市場へ買い注文を出すので、目先の相場の需給関係を良くするという効果もあります。

 ただ、企業が自分で自分の会社の株をトレードすると、それがちょうど決算発表前の微妙な時期に該当していたなどの不都合を生じる場合があります。このため、企業の自社株買い戻しは、証券会社のそれ専門にやっているデスクが、利益相反が生じないように注意を払いながら、計画的、規則的に実行します。

配当にはどんな意味がある?

 次に企業の成長率がもっと下がった場合、自社株買い戻しではなく、配当を払うという方法で株主に利益を還元することが行われます。

 配当の場合も「一度配当を支払い始めたら、それをやめてはならない」という法律はありません。だから、自社株買い戻し同様、ムリになればいつでもストップして良いのです。

 しかし……。

 一度配当を出し始めた企業が減配、ないしはそもそも配当自体をやめてしまうと(そのことを「無配転落」と言います)、とてもイメージが悪いのです。

 つまり配当の場合、(一度始めたら、継続してやるものだ)という暗黙の了解があるのです。すると企業は、しっかりと今後未来永ごうにわたって、配当を出し続けられるようなメドがちゃんと立ってから、配当を出す決断をします。こういった事情で配当を出し始めるのは、自社株買い戻しよりもずっと後になるのです。例えば、マイクロソフトが配当を出し始めたのは2003年、アップルは2012年です。

 意地悪な見方をすれば、配当を出し始める企業は、もはや急成長企業ではなく、安定成長株だというふうにも言えます。人間の一生に例えれば、壮年期というわけです。

 いま、フェイスブックとアップルを比べた場合、皆さんは両方とも有望な企業というふうにしか捉えていないかもしれません。でも、フェイスブックは無配で、アップルは配当を出しています。企業のライフサイクルから言えば、フェイスブックは高校生、そしてアップルは中年というくらいの差があるのです。

配当をきちんと払い続けている企業は、優等生企業

 いま自社株買い戻しを行い、配当をきちんと払い続けている企業は、優等生企業だと言っても良いでしょう。皆さんがそのような優等生企業を、投資対象に選ぶことには大賛成です。

 ただ、優等生には期待できないこともあります。

 それは、優等生企業の場合、もう何年も「勝ち組」であり続けているため、IPO(株式の新規公開)したばかりの企業の中でも、ごく一握りの企業が見せるような華々しい急成長は望み薄だということです。つまり、急成長ではなく、安定成長なのです。イメージで言えば、売上高は年率7%、EPSは年率10%で成長するという感じです。

 こういう銘柄はバタバタ売り買いしても、あまり儲かりません。つまり、時間を味方につけ、じっくりと長期で株価が上がるのを待つ方がベターなのです。

 そもそも、EPS成長などの面で投資家にあまり報いることができないから、利益を配当に回すわけですから、投資家としては「もらえるものは、しっかりもらっておこう」という主義を貫かなければ意味がないのです。

 米国の企業の場合、四半期ごとに配当が支払われます。だから、売ったり買ったり、せっかちなトレードを繰り返している間に、配当をもらい忘れたりすることがしょっちゅう起こります。そのため、安定成長している優良株をむやみにトレードするのは禁物です。

 反対に、IPOして間もない若い企業は、そもそも急成長する見込みがあるから投資するわけであって、それが問題に直面して成長しなくなったら、もう用はないのです。待ち続けても配当も払ってもらえないから、投資効率はすこぶる悪いです。つまりIPOしたての若い企業ほど、見る目はシビアにしてください。

 逆に何十年も成長を出し続け、利益を稼ぎ出し、配当を払い続けてきた企業は、よっぽどのことがない限り、経営がグチャグチャになることは稀(まれ)です。優良株に接する際は、じっくりと長期で株価が上がるのを待つ、辛抱のキモチが大切なのです。

IPO後、すぐに新株を公募する会社は見込みあり

 IPOして半年~1年後すぐに、また株を売り出す会社があります。このようなケースをどう評価すれば良いのでしょうか?

 私は昔、投資銀行に勤めていて、企業の増資を手伝う仕事をしていました。その関係で、どういう事情でIPOして間もない若い会社が公募をするのか? ということを垣間見る機会がありました。その経験から、こっそり皆さんにお教えすると、IPOして間もなく公募増資に踏み切る会社の株は「買い」です。

 そう言うと、(そんなはずはないだろう? だって株を売り出すということは供給が増えてしまうことを意味するのだから……)と皆さんは考えるかもしれません。実は、私も最初はそう考えていました。

 しかし、公募増資の実務をこなしていく過程で、(IPOして間もない会社が、また株を公募できるということは、ずいぶん難易度の高いことなのだな)ということを実感したのです。

 まず、上場直後の決算でズッコケる会社は投資家からソッポを向かれますから、もう公募はできません。そういう会社がどうしても資金が必要となった場合は、PIPEs(Private Investments in Public Equities=パイプス)と呼ばれる、私募増資に走ります。私募とは一握りの少数の適格投資家に、こっそり株を割り当てるやり方です。PIPEsは「下品な商売の作り方」だと思われているので、モルガンスタンレーやゴールドマンサックスのような、格調高い投資銀行は絶対に引き受けません。幕下クラスの、魑魅魍魎(ちみもうりょう)とした零細証券が、その汚れ仕事を買って出るのです。

忌み嫌われるPIPEs

 なぜPIPEsが忌み嫌われているか? というと、そもそもIPO後の大事な決算で、しつこいほど主幹事証券に「最初の決算は大事ですから、キッチリと良い数字を作ってきてください」と念を押されているにもかかわらず、だらしない数字を出してしまう……そんな会社に見込みはないことは、プロの投資家なら皆、承知しているからです。

 そのような株は、あっという間に二束三文で売り叩かれます。そして、資金繰りに窮(きゅう)してしまった場合、彼らは自分の会社の株価がペニー・ストックのように低い水準をウロウロしているにもかかわらず、PIPEsという私募で増資に踏み切ってしまうわけです。

 いま企業が調達できる金額は、(株数)×(株価)で決まります。すると同じ金額の資金を調達しようと思った場合、もし、その会社の株が二束三文まで小さくなっていたら、逆に発行する株数をドーンと増やすことで帳尻合わせをする以外にないのです。

 でも、既存株主の側からすれば、安値でそんなにジャブジャブ株を出されたら、たまったものじゃありません。なぜなら、発行済み株式数が増えてしまって、自分の持ち株比率が希釈化されてしまうからです。

 そこで、投票権を下げたくない投資家は、嫌々ながらPIPEsの売り出しに応じます。あるいは、(あの会社を乗っ取ってやろうか?)と考えるような、怖いアクティビスト投資家などが売り出しに応じる場合もあります。このようにPIPEsに手を出す企業は、もう万策尽きたような「死に体」の会社がほとんどです。PIPEsに手を出すような企業の株はすぐ処分してください。

 さて、同じ増資でも自分の会社の株価がものすごく高値を舞っているときに公募増資を発表する企業は、状況が異なります。

 この場合は、株主として「イラッ」とくるキモチを抑えて、よーく考えてみてください。

 なるほど、せっかく株価が高値で皆ルンルン気分だったのに、増資で新しい株の供給が増え、その結果、需給関係が悪化して株価が下がるというのは、面白くない展開です。

 しかし……。

 株価が高いということは、先ほどの(株数)×(株価)の式から考えれば、最小限の株数を出すだけで、必要な資金が調達できてしまうわけですから、希釈化は最小限です。それは難しい表現をすれば、企業にとって資金調達コストが安いことを意味します。

 次に、株はお金が必要なときに出すものではなく、発行体にとって有利な条件のときに出すものです。将来、設備投資などで資金ニーズが予想されるのなら、株価が割高気味くらいに高く取引されているときを狙い澄まして、すかさず増資を発表するのは、むしろ堅実な経営なのです。

 下図はEV(電気自動車)のメーカーであるテスラ(TSLA)の株価チャートです。同社は2010年から2014年上半期までで3回も増資をしています。なるほど、増資後は需給関係が悪化して株価が下押す場面も見られますが、ずっとテスラ株を抱いていれば、結局、公募で買った人は全員、儲かっていることが分かります。

図:テスラの公募

出所:コンテクスチュアル・インベストメンツ

 テスラの場合、ネバダ州にギガファクトリーと呼ばれる、巨大なバッテリー工場を建設することが予定されていました。従って資金はどれだけあっても足りないのです。

 これは、育ち盛りの子供がどんどん栄養をつける必要があるのと同じで、むしろ株を出して資金を調達し、それを本業に突っ込むことが、会社にとっても、株主にとっても、最も理にかなっていて、それ故に安全な資本政策である好例です。

 IPOして間もない会社が、ぶっちぎりの好決算を出し、それに抱き合せるように公募増資をする……こういうことは、星の数ほどもあるIPO企業のうち、ほんの一握りの元気の良い会社だけに許された特権です。

 だから、公募増資の値決めが済み、その後、市場で取引されている株価が公募価格を割り込まないことを確認できたら、再び強気で買い向かってOKです。

投資資金から考える銘柄選択

 通常、株式投資を始めたばかりの投資家は、投資資金が限られています。数十万円から、せいぜい百万円くらいの資金のケースが多いと思います。

 その場合は、あまりたくさんの銘柄に投資することはできないと思います。

 一つか二つ程度の銘柄だけに投資する際は、IPOしたばかりの若い会社に全財産を投入するのではなく、大型株の、優良企業に投資するようにしてください。銘柄のイメージで言えば、下記の表のようなものです。

銘柄 コード 業種
AT&T T 通信
ベライゾン VZ 通信
ノバルティス NVS 薬品
マクドナルド MCD レストラン
プロクター&ギャンブル PG 日用品
ゼネラル・ミルズ GIS 食品
ジョンソン&ジョンソン JNJ 医薬品、医療機器
エクソン・モービル XOM 石油
ケロッグ K 食品
コカコーラ KO 飲料
バクスター・インターナショナル BAX 医療関連
ベクトン・ディッキンソン BDX 医療関連
チャーチ&ドワイト CHD 日用品

 これらの銘柄は四半期ごとの業績の変化がおとなしく、アナリストにとって数字が読みやすい企業で、配当も出しています。

 もちろん、業績が安定していて配当も出しているからと言って、これらの株を買うと必ず儲かるというわけではありません。

 でも、慣れないうちは株価の動きがマイルドな、これらの銘柄で練習するのが一番です。もし読者の皆さんの中で、「NISA(ニーサ:少額投資非課税制度)を活用し、個別株に投資したい」という人も、上に挙げたような銘柄が適していると思います。

 もちろん、投資資金が限られているうちは個別銘柄ではなく、ETF(上場投資信託)を買うという方法も有効です。ETFに関しては連載・海外ETFデビュー講座で詳しく解説しています。

 上の一覧表に掲げたような銘柄は、どれも長年好業績を出し、安定成長期に入った優良株です。逆に言えば、華々しい急成長は望めないということです。

 そこで、ある程度経験を積んだ投資家は、IPOしたての若い企業に挑戦してみたいと考えるかもしれません。この場合、覚えておいてほしいことは、IPOしたばかりの企業が、本当に良い会社かどうかを判断するのは、プロにも大変難しく、究極的にそれを決定付けるのは、四半期決算を発表するたびに予想を上回る良い決算を毎回出せるかどうかにかかっているということです。

 もっと言えば、落伍者がどんどん出るということです。もし、あなたが投資した会社がたまたまそんな落伍者に当たってしまい、株価が下がったとします。その場合は未練ったらしくその株をいつまでも抱えず、悪い決算を出した時点ですぐに切ってください。

 つまり、IPOして間もない若い企業への投資は「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」式の、試行錯誤の繰り返しにならざるを得ないのです。

 すると、この手の若い企業は、1回きりの非課税の特典を享受できるNISAのような口座での保有には向かないことが、お分かりいただけると思います。

第5章「短期トレード、それとも長期保有?」はこちら