アドラー心理学と市場分析の接点

 ベストセラー「嫌われる勇気」(岸見一郎、古賀史健 著)を読まれたことはありますか? アルフレッド・アドラーの「アドラー心理学」を熟知した哲人と、反駁しながらも本音をうち明けながら哲人に教えを請う青年との対話形式で進行する、同心理学を解説する名著です。

 アドラー心理学は、自己受容、他者承認、他者貢献を3つの柱とし、原因論を否定・目的論を肯定します。また、人生は刹那という点の連続だとして、「いま、ここ」に強烈なスポットライトを当て続けることが重要だとしています。

 筆者がこの本を手にしたきっかけは、生涯学習を体現するため、とある大学の通信課程に入学するための課題(レポート)の題材に選んだことだったのですが、読み進めるうちに、アドラー心理学が、現在のさまざまな市場を分析する上で必要な考え方につながる、と感じるようになりました。

 特ににそう感じたのは、アドラー心理学が「いま、ここ」に強烈なスポットライトを当てる“現在凝視”を重視する点でした。筆者がこれまで考え、述べてきたことと非常に近い点が、「嫌われる勇気」で述べられていたのです。

 例えば、「目標2,000ドル!?「金投資版・三密回避」で利益最大化を目指そう!」 では、過去の常識や成功体験、集団心理と密にならないことが、花の山(投資家としての成功)にたどり着くカギだと、述べました。

 過去の常識や成功体験と密にならないことは、アドラー心理学の“過去から自分を切り離す”こと、集団心理に流されないことは、同“自己受容”や“他者承認”の考え方とつながります。

アドラー心理学の特徴

自己受容他者承認、他者貢献が3つの柱

・原因論を否定・目的論を肯定

・人生は刹那という点の連続

過去から自分を切り離す

「いま、ここ」に強烈なスポットライトを当て続ける

出所:岸見一郎、古賀史健 著「嫌われる勇気」よりに筆者作成

またも、過去の常識が覆された2021年2月の金相場

 現在43歳の筆者は、日本のバブル期をほとんど経験していません。日経平均株価が38,915円の史上最高値をつけた平成元年の1989年12月末はまだ小学生でした。両親が毎年社員旅行で海外に行って、さまざまな珍しいお土産を買ってきたのを覚えているくらいで、日本のバブルの熱狂ぶりを肌で感じたことはありません。

 その筆者が、金融業界に入り、市場分析に関わるレポートを書くなど、情報配信活動を本格的に開始した2007年頃から、社内外でさまざまな方と話をさせていただく機会が増えたことをきっかけに、ある考えが浮かぶようになりました。

 その考えは、近年、確信に変わりつつあります。“市場は、金融関係者の過去の常識と、過去の成功体験でできているのではないか?”という考えです。

 筆者は“価格が正義”というスタンスを取っています。日々、価格の動きをいかに理論建てて説明するか、その説明にどれだけ肉付けできるか、ということに腐心しているのですが、この時、非常に重要なのが、過去の常識や成功体験にとらわれないことです。

 正しい分析に必要なことは、アドラー心理学の「いま、ここ」に強烈なスポットライトをあてるという考え方のように、(過去ではなく)今と向き合うことなのだと、筆者は考えています。

 多くの金融関係者が持つバブル期などの過去の成功体験を持ち合わせていないことは幸か不幸か?と自問自答すれば、その答えは、51対49くらいの僅差で、おそらく“幸”なのだと思っています。

 重要なことは、過去にとらわれず、今をしっかり見ることです。また、誰かに承認されることを目的に、スタンスを崩すことはご法度です。

「嫌われる勇気」の巻末で、著者の岸見氏は、現在の日本では、フロイトやユングの考え方が一般的で、アドラーの考え方はそうでない、その理由は、アドラーの思想の新しさに、時代が追いついていないからだ、としています。

 この点は、市場を含めた社会が、まだ過去を見ながら動いていることを示唆していると、筆者は受け止めています。

 ただし、市場では、過去の常識だけでは説明できない値動きが散見されているのも、事実です。以下のとおり、先月(2021年2月)後半は、“株安・金安”でした。過去の常識で言えば、株が安い時は金(ゴールド)が高いはずです。

図:2021年2月のジャンル横断騰落率ランキング

出所:マーケットスピードⅡなどのデータをもとに筆者作成

今を見ろ!過去で自分を縛るな!“現在凝視”こそ、正しい純金積立の作法

 純金積立のように、時に数十年にもおよぶ長い期間を前提に行う投資の場合は特に、過去の常識から離れることが求められると筆者は考えています。長期間、金相場と対峙するわけですので、価格が思惑通りに動くことも、そうでないことも、当然のように起こり、そして当然のようにその損益が自分に降りかかってくるためです。

 過去の常識に縛られ、今を正しく解釈できなければ、価格が思惑通りに動いていないときは過度に不安になったり、思惑通りに動いているときは過度に自信満々になったりしてしまうかもしれません。

“感情の浮き沈み”という“敵”と戦い続けることが求められる純金積立のような長期投資こそ、「いま、ここ」を正しく解釈し続けることが重要です。そしてそれには、アドラー心理学で重要視されている、(常識や成功体験などの)過去から自分を切り離すことが必須スキルと言えます。

 以下のグラフの通り、近年の金相場を取り巻く環境は、激変中と言っても過言ではありません。特に2003年頃から、価格の水準が切り上がり始めましたが、単に一つの材料でこのようなことが起きているとは考えられません。

 それまでの古い材料と、その時代ならではの新しく材料が、交錯していると考えられます。このため現代の金相場では、先述のような“株安・金安”も、その逆の“株高・金高”も起こりえます。

図:NY金先物(期近 月足) 単位:ドル/バレル

出所:ブルームバーグより筆者作成

 金相場の動向を、単に株との関係やドルとの関係などという過去の常識だけで説明できる時代は、すでに終わっていると言っても過言ではありません。では、どうすれば金相場の「いま、ここ」を正しく解釈できるようになるのでしょうか。そのポイントは何なのでしょうか。

 次より、筆者が考える、金相場と向き合うために有用な、6つのテーマを紹介します。

純金積立で成功したければ、絶えず6つのテーマの現在を俯瞰せよ

図:金市場を取り巻く6つのテーマ(○は上昇要因、△は下落要因)

出所:筆者作成

 長期的な取り組みである純金積立を行うにあたり、長期的な価格動向に影響を及ぼす材料に注目することが不可欠です。以下の中長期に挙げた、(4)中国インドの宝飾需要、(5)中央銀行、(6)鉱山会社が、それにあたります。

 これまで、合計5つを金市場の動向を考える上で重要なテーマと考えてきましたが、鉱山会社の動向が、長期的視点で、今後の金価格に与える影響度が増すことを想定し、(6)を追加しました。

(4)は、ほぼいつの時代も存在するテーマです。この1世紀で何度もインフレを(中にはハイパーがつくインフレもあり)経験した中国では、自国の通貨よりも金(ゴールド)を選好する人が少なくないといいます。また、数千年の歴史の中で、宝飾品として重用されてきたこともあり、根強い金への信仰めいたものがあります。

 インドも同様で、婚礼の際、父親が娘に何かあった時のお守りとして、金の宝飾品を渡す文化があります。中国もインドも、民族的、文化的な背景に裏打ちされ、歴史的に、個人起因の実需が一定量存在します。

 これらの需要の増減のきっかけは、景気の良し悪しよりも、価格の動向と考えられます。個人が主体であることから、価格が安い時に買われやすい、傾向があります。

(5)は、このおよそ10年間、全体的に“買い手”という認識が定着しつつあるテーマです。中央銀行によっては、急場の用立てのため、あるいは自国の通貨の価値が不安定であるため、金を売却して当座の資金を調達する場合があります。このため、すべての中央銀行たちが金の保有高を積み上げているわけではありません。

 とはいえ、このおよそ10年間、各国の中央銀行による売却と購入の合計は、全体的には購入の方が多い状態が続いています(年ベース)。

 雇用や金利情勢の安定化は、銀行の銀行と呼ばれる中央銀行の重要な役割の一つです。世界は全体的に見れば、まだまだ、新型コロナの感染拡大で負ったダメージが癒えたとは言えません。収束までに、今後も膨大な時間とコストが掛かると言われているため、(特に新興国の)中央銀行たちの金の保有高の積み上げは、今後も長期的に続く可能性があります。

(6)については、価格動向次第で状況が異なりますが、事象の時間軸としては長期に当てはまります。生産コストが変わらないと仮定すれば、金(ゴールド)相場が安くなれば、生産量が減少し(生産意欲の減退)、相場が高くなれば増加する(生産意欲の増大)とみられます。

 このように考えれば、長期のテーマとしたもののうち、(4)と(6)は、金価格が下落した場合の長期的な価格の下支え要因になり得、(5)は価格というよりも当該国を取り巻く環境の悪化度合いに合わせて購入量が増減する、と言えそうです。

 また、短中期的なテーマである(1)から(3)は、数秒から数カ月(数年にわたる金融緩和や株高が起きた場合は数年のケースも)の期間で、断続的に“影響力を相殺しながら”金相場を動かしています。

 2月下旬に“株安・金安”が起きたのは、株安という“代替資産”の側面から発生した上昇圧力を相殺して余りある、金利上昇という“代替通貨”の側面から発生した下落圧力が発生したため、と解釈できます。複数の材料を俯瞰することで、単一の材料で説明することを試みる過去の常識で説明できない事象(株安・金安)を説明できるようになります。

 長期投資を前提とした純金積立においては、短中期の価格変動を短中期の3つのテーマで解釈して“感情の浮き沈み”という敵をあしらいながら、長期の3つのテーマで大局観を見定め続けることが、おおまかな戦略なのだと、筆者は考えています。

 金相場の値動きにおいて、株との関係だけ、ドルとの関係だけなどといった、材料を点でみる、過去の考え方だけでは説明がつかないケースが頻発する時代だからこそ、この戦略は重要と言えます。

 次回以降、「アドラー心理学に学ぶ、純金積立を成功させるための秘訣[2]」として、具体的な純金積立の投資戦略について書きます。

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