新型コロナ禍で懸念される日本デジタル化の遅れ、一方の中国は?

 コロナ禍で、日本でも急務となった「デジタル化」。リモートワーク、オンライン授業、行政の電子化など、デジタル化の需要は一気に加速したと言えるでしょう。菅政権は「デジタル庁」の設立を目玉政策の一つに挙げていますが、コロナ禍で浮き彫りとなった日本デジタル化の遅れをどう取り戻すか、が現状の焦点のようにも見受けられます。

 お隣の中国では、デジタル化はどのように語られているのでしょうか。体制や国情が異なるため、単純比較はできません。しかし、デジタル化と経済成長、産業構造、コロナ対策、生活様式、行政の在り方、人類の未来図といった関係性からすれば、各国の事情はそれぞれ単独で存在するわけではなく、相互に依存、補完し合いながら進化を目指すべきでしょう。

 本レポートでは、昨年国内総生産(GDP)が100兆元を突破し、コロナ禍でもプラス成長(2.3%)を遂げた中国において、デジタル化がどのように語られているか、政府は何を主張し、民間はどう認識しているかといった基本的な部分を整理します。日本が官民を超えてデジタル化、デジタル経済の未来に向き合う上で、少なからず参考になると思っています。

習近平は「デジタル経済」をどう捉えているのか?

 社会主義市場経済体制下にある中国では、絶対的権力を持つ共産党、特に党の指導部が何をどう考えているかという点が、マーケットや世論の動向を含め、非常に大きな動力をもたらします。その意味で、まずは習近平総書記(以下敬称略)の最近の発言を引用してみましょう。

 昨年11月、APEC(アジア太平洋経済協力会議)で基調講演を発表した習近平は、「デジタル経済」にピンポイントで言及しました。

「デジタル経済とは、世界にとって将来的な発展の方向性である。イノベーションは、アジア太平洋地域の経済成長にとっての翼になる。APECが掲げるインターネット、デジタル経済のロードマップを実践し、新技術の伝播と運用を促進し、デジタルインフラ建設を強化し、各国間に存在するデジタルギャップを解消すべきである。中国は、各国がデジタル技術によるコロナ抑制と経済再生の経験を共有し、デジタルビジネス環境を最適化し、デジタル経済の潜在力を放出し、アジア太平洋経済の復興に新たな動力を注入すべきだと提唱する」

 中国の党、政府、軍、中央、地方、官、民を問わず、最高指導者である習近平の「鶴の一声」によって、ありとあらゆる手法を通じてデジタル化・経済を推し進めていくのが必至の状況。政府官僚や各自治体は、デジタル化の進行具合が評価につながるという意味でプレッシャーを感じているはずです。逆に民間やマーケットのプレーヤーは、この分野に全力で取り組み、収益を上げるための「お上からのお墨付き」を得たと理解し、勢いづくでしょう。

 中国がまずは国内でデジタル経済をどう実践し、そのうえで、国境を越えてどのようなパフォーマンスをしていくか、「デジタル化」という課題において、中国と他国の間でルールやスタンダードといった点で問題や齟齬(そご)が生じるのか否かといったあたりが焦点になるのでしょう。

 ここで指摘しておきたいのが、習近平率いる共産党指導部は、デジタルを、自らが優位性や潜在力を発揮できる分野だと戦略的に捉えているという点です。

 伝統的な製造業や金融業、企業のブランドや商品の品質といった意味で言えば、中国は後進国、あるいは新興国であり、あくまでも欧米や日本、韓国や台湾などをキャッチアップ(追いかける)する立場にあります。中国の政府や企業もそれを自覚しています。

 一方、5G(第5世代移動通信システム)、ビッグデータ、AI(人工知能)、EV(電気自動車)、EC(電子商取引)などは新しい分野であり、欧米先進国も中国も、スタートラインは一緒という認識があります。それならば、先進国とも同等に戦える、マーケットをリードできる、場合によっては、ルールやスタンダードの構築で主導権を握れると、官民一体でもくろんでいるのです。

 中国がデジタル化、デジタル経済を「挙国一致」で重視する動機と背景がここにあるのです。

 中国共産党の国家統治という意味で、極めて重要な役割を果たすのが宣伝機関ですが、2018年11月8日、党の立場や政策を代弁・宣伝する立場にある新華社通信が、「ビル・ゲイツ氏が、中国のデジタル化は世界の発展をリードすると表明」と題した記事を配信し、各メディアも大々的に転載しています。同記事によれば、ゲイツ氏は「どこの経済のデジタル化発展が最も進んでいるかと言えば、それは間違いなく中国だろう」と発言したそうです。

 このように、共産党は、国際社会で影響力のある機関(例えば世界銀行や国際通貨基金)、企業(例えばゴールドマンサックスやマッキンゼー)、人物(例えばビル・ゲイツやウォーレン・バフェット)の発言を引用、利用しながら、中国の政府・企業努力を海外にアピールしつつ、国内では各方面のプレーヤーにメッセージ(圧力や奨励)を植え付けていくわけです。

上海市と大手国有企業のデジタル化への取り組み

 習近平からの「鶴の一声」を受け、各自治体や国有企業を中心に、党・政府のデジタル化を全面的に支持する声明や動向が、特にここ1~2年で顕著になってきています。

 例として、「都市のデジタル化」を全国に先駆けて提唱してきた上海市の状況を見てみましょう。上海では、「一網統辯」、「一網統管」という言葉に代表されるように、行政サービスや都市の運営をすべてインターネット上で統一的に推進、管理するという目標を掲げ、実践してきています。

 今年1月、上海市政府は『上海市のデジタル化の全面的推進に関する意見』というガイドラインを発表しました。そこには、

(1)経済(製造業、科学技術、研究開発、金融サービス、物流、農業、ネット消費など)
(2)生活様式(公共衛生、健康、教育、養老、就業、社会保険、生活コミュニティーなど)
(3)政府のガバナンス(公共安全、危機管理、都市計画、交通管理、市場監督、生態環境など)

 という3つの分野において、デジタル化を全面的に推し進めていくことが掲げられています。

 例えば、(3)に関して、2020年4月以来、上海では新たに登記した(上海市では1日平均、約2,000社が登記されている)企業に電子営業許可証と電子判子が発行されています。

 コロナ禍でも、デジタル化というマクロ政策は大いに力を発揮した模様です。ビッグデータを用いて、上海という大都市において「三密」を回避する方法が取られていました。オンライン授業や食料・食物のECやデリバリーサービスといった分野を含め、デジタル化がコロナ抑制と経済再生にプラスに作用したと上海市政府は振り返っています。

 上海市に負けまいと、北京市政府も、第十四次五カ年計画(2021~2025年)が始まる今年から、デジタル経済を推し進めるためのインフラを整備すべく、毎年平均100億元(約1,600億円)を投資していく政策を打ち出しました。

 5Gなどはその主要なターゲットであるようです。ちなみに、第十三次五カ年計画(2016~2020年)期間において、中国の4Gユーザーは7.6%から81%まで増え、5G対応基地局は72万箇所(世界の約7割)作られているとのことです。

 2021年に入り、電力、石油、航空、軍事、電信といった分野における国有企業が、第十四次五カ年計画期間において、自らの企業運営、ビジネスモデルに、デジタル化を大々的に導入する旨を発表しています。

「鶴の一声」がここでも威力を発揮していると言えます。大御所で言うと、中広核(China General Nuclear Power Corporation)、中国鉄物(China Railway Materials Group Corporation)、中国石化(Sinopec)、中国石油(Petro China)、中国聯通(China Unicom)、中国南方航空(China Southern Airlines)などがすでに具体策を発表しています。

 石油最大手の一つであるペトロチャイナは、これからの5年間で「デジタル中国石油」の初期段階を完成させるべく、デジタル技術を石油・天然ガスの産業チェーンに導入した商品、サービス、ロジスティクスを開発していくこと、AIやビッグデータ解析を活用した新商品の開発に尽力し、研究開発の成功率を向上させると説明しています。

デジタルは中国経済をどう変えるか?

 ここに興味深い報告書があります。1989年、国務院の批准を経て、経済特区・深セン市に設立された中国(深セン)総合開発研究院(China Development Institute)が、昨年11月に発表した『中国デジタル化への道』です。

 この報告書は、デジタル経済は、党・政府が大々的に推し進める供給側構造改革や国内大循環、国内外双循環にとっても重要な要素になると主張しています。また、中国が1994年にインターネットを導入して以来、中国のIT企業は世界経済の中でも頭角を現し、デジタル経済の推進にも大きく貢献してきたと指摘しています。

 政府と市場の関係性などをめぐり国際的に物議を醸してきた、アリババ、ファーウェイという二社の名前を指名したうえで、これらの企業が、「新たな時代において、より重要な役割を担っていく。循環経済を促し、デジタル化によって中国の構造的に深い問題の解決を探索し、中国と世界の対話を模索する新たな力になっていく」と述べているのです。

 私が報告書のなかで最も注目したのが、デジタル経済をめぐるデータ予測です。報告書によれば、2020~2025年の期間、中国のデジタル経済は年平均で15%前後の成長を保持する見込みであり、2025年には、中国デジタル経済の規模は80兆元(2030年には100兆元)を突破し、デジタル経済によって創出される雇用者数は3.8億人に達する見込みとのこと。

 年平均15%成長ということは、経済全体の約3倍のスピード感です。80兆元というのは、2019年における日本、ドイツ、英国のGDPの総和に相当し、2025年の時点で、デジタル経済が中国経済全体の約55%を占めることになります。

 一方、デジタル経済が創出する雇用者数は全人口の約4分の1ですから、そのときの労働人口にもよりますが、デジタル経済のほうが生産性の向上により強く寄与する可能性が高いと言えます。

中国人民はデジタル化を受け入れるか?

 答えは疑いなくイエスでしょう。

 私の個人的な観察や体験からしても、中国の人々のデジタル化への適応度は非常に高いです。適応しているというよりは、率先して、アナログよりもデジタルを歓迎、活用しているという印象を受けます。

 仕事のやり方として、リモートはコロナ前から普遍的でしたし、オンライン教育もビジネス、産業としてすでに成立していました。官民問わず、日常業務のなかで、私の周りで書類を印刷している人間は皆無に近いです(党や政府の公式文書は別)。

 交通渋滞や環境汚染といった事情もあり、スマートフォンを駆使して購買・郵送する、レストランに注文し、配達してもらうといった生活様式、キャッシュレス消費も当たり前。金融や医療といったサービスの「現場」も急速にデジタル化していっています。

 人々は、そうしなければやっていけない、生きていけない、時代の波についていけないから適応するのではなく、それが便利だから、そのほうが効率的で、時間節約や収益拡大に役立つからやっているのです。現在、政府が試験的、段階的に推し進めているデジタル人民元も、少なくとも人々の生活という意味では、何の抵抗にも遭わないでしょう。

 現在、中国はまだ春節の期間にありますが、中原地帯にある内陸省・河南省で農業を営む知人(男性、53歳)と最近話をしました。彼の年収は8万元(約130万円)くらい。野菜全般を作っているようです。

 彼に「農業デジタル化」について何か思うところはあるか聞くと、「農業の未来は、AI、5G、バイオテクノロジーが決める」と断言し、約1時間、延々と自らが考えているところをマシンガントークで語ってきました。

 中学しか卒業していない彼ですら、習近平からのメッセージをくみ取り、デジタル化が政治的に安全で、ビジネスとしてもうかるものと認識し、試行錯誤を重ねているのです。彼のような人間は中国ではまったく氷山の一角であり、ゴマンといるでしょう。

 今後、中国デジタル経済と世界との対話、グローバルマーケットとの関係・連動という観点からすると、やはり肝になるのは、権力を持った党・政府が、デジタルという分野をどう使うかにほかなりません。

 共産党はこれまでも、これからも、AIやビッグデータを駆使して、コロナを抑制し、ガバナンス力を高め、社会を安定させようとするでしょう。問題は、その過程で、特に民間企業の商品とサービスとの関わりのなかで、どこまで透明性を担保し、説明責任を果たすかにかかっていると言えます。

 仮に、この点において、共産党が、海外のマーケット参入者を納得させられるような回答や方式を可視化できるのであれば、ゲイツ氏が言うように、中国のデジタル化は、世界経済をリードしていくほどの潜在力を持ち合わせていると私は思います。