1.9兆ドルの新型コロナウイルス追加経済対策が実現すれば「来年に完全雇用に戻ると予想する」と期待感を示す

 1.9兆ドルの米国追加経済対策は、米上下院が5日に予算決議案を可決し、成立の可能性が高まってきました。それを受けて米国株は最高値を更新し、日経平均は30年半ぶりに2万9,000円台を回復しました。米長期金利も上昇しましたが、為替市場では、要因としてはかなり織り込んでいたため、先週金曜日に発表された米雇用統計も弱かったことから上値追いをせず、利食いのドル売りに押された動きとなっています。

 この要因が、利食いとポジション調整の一巡後、再びドル高要因として効いてくるかどうかは、経済対策の実施規模と時期、そしてワクチン接種のスピードと感染収束期待によると思われます。

 追加経済対策を取り仕切るイエレン財務長官は、2月7日、CNNテレビで、1.9兆ドルの新型コロナウイルス追加経済対策が実現すれば「来年に完全雇用に戻ると予想する」と期待感を示しました。対策が進まなければ景気回復が遅れ、「失業率が4%まで下がるのは2025年になる」と、早期成立を訴えるためにかなり強気姿勢で述べました。

 イエレン財務長官は、かねてより積極的な財政金融政策を発動して、需要を拡大することを提唱していました。需要が拡大すれば、企業は設備投資や研究開発投資を積極的に行い、供給力は高まり、労働参加率も上昇して経済が成長するとの考え方です。このように、需要が供給よりも十分にある経済を、イエレン氏は「高圧経済(high-pressure economy)」と呼んでいます。「高圧経済」とは、「需要>供給」が続くインフレ気味の経済のため、元財務長官のサマーズ氏は、「1.9兆ドルの経済対策は過大でインフレリスクが高まる」と指摘しましたが、イエレン財務長官はパンデミックの状況では雇用回復のためには大型対策が必要だと反論しています。

1月の米雇用統計と経済見通し

 先週2月5日に発表された1月の米雇用統計は、6.3%と前月の6.7%から改善しましたが、これは労働市場への参加者が減少したことによるところが大きいといわれています。コロナ前の昨年2月の失業率は3.5%と、イエレン財務長官が目指すところですが、3月以降コロナ禍による失業でいまだ900万人超が復職していない状況となっています。

 コロナ前の雇用者の増加数は15万人から25万人の間で増加していましたが、900万人復職のためには月15万人の増加で5年かかります(15万人×12カ月×5年=900万人)。月25万人の増加でも3年かかることになります(25万人×12カ月×3年=900万人)。

 900万人の復職には月25万人の増加では2023年の終りになるため、イエレン財務長官の「来年に完全雇用に戻る」という予想から1年遅くなります。「完全雇用」がどういう定義かわかりませんが、完全雇用の来年達成が900万人の復職につながるとすれば、毎月37.5万人の雇用増が必要となり、かなりの大幅増加が続くということになります。また、この状態が続けば、FRB(米連邦準備制度理事会)の量的緩和の縮小や利上げがかなり前倒しになることが予想されます。当然、マーケットはそれよりも早く引き締め期待を高めていくことになり、金利上昇、ドル高、株高が予想されます。

 CBO(米議会予算局)は2月1日に公表した新たな経済見通しで、2021年の実質GDP(国内総生産)が昨年の▲3.5%から+4.6%へと回復し、1999年以来、22年ぶりの高成長になると予測しました。新型コロナウイルスワクチンの普及などを前提にしており、実質GDPの実額は2021年半ばにコロナ禍前の水準を回復すると見込んでいます。

 雇用については、失業率は緩やかな回復にとどまり、 3%台後半に達するのは2026年になると見込んでいます。しかし、失業率はその後も高止まりが続き、感染拡大前の水準には戻らないと予想しています。また、物価はFRBの目標とする2%に到達するのは2024年と予想しています。

 今回の見通しは、1.9兆ドル規模の追加経済対策案は反映されていないとのことです。満額の実現は難しいとの見方もありますが、部分的にも実施されれば米景気は一段と押し上げられることになります。

比較的中立的な立場で予測するIMFによる経済見通し

 それでは、比較的中立的な立場で予測する国際機関の経済見通しはどうでしょうか。

 IMF(国際通貨基金)は1月26日、世界経済見通しを改定し公表しました(下表)。IMFは年4回経済見通しの改定を行っており(1月、4月、7月、10月)、マーケットが注目しています。

 2020年の世界全体の経済見通しは、巨額の財政出動によって2020年半ばから回復し、昨年10月時点の予測▲4.4%から0.9%上方修正し、▲3.5%としています。そして2021年の世界の成長率見通しを5.5%とし、前回予測(2020年10月)5.2%から0.3%上方修正しました。

 日本は、2021年の成長見通しは3.1%と前回よりも0.8%の上方修正、米国は5.1%と2.0%の大幅上方修正となっています。日米経済は財政出動の効果で2021年後半には2019年末の水準を取り戻すと予測しています。米国経済は米議会予算局の予測よりも強気の見方となっています。ただ、欧州は新型コロナの感染再拡大で経済活動が制限され、前回よりも1.0%下方修正され、4.2%と予測しています。今年の成長は地域によって回復力の差が出てくる予測となっています。

IMF 世界経済見通し(2021年1月時点、成長率%)

  2020年見通し 2021年見通し 2022年見通し
20/10 今回 20/10 今回 20/10 今回
時点 (21/1時点) 時点 (21/1時点) 時点 (21/1時点)
世界 ▲4.4 ▲3.5 (+0.9) 5.2 5.5 (+0.3) 4.2 4.2 (+0.0)
米国 ▲4.3 ▲3.4 (+0.9) 3.1 5.1 (+2.0) 2.9 2.5 (▲0.4)
ユーロ圏 ▲8.3 ▲7.2 (+1.1) 5.2 4.2 (▲1.0) 3.1 3.6 (+0.5)
日本 ▲5.3 ▲5.1 (+0.2) 2.3 3.1 (+0.8) 1.7 2.4 (+0.7)
中国 1.9 2.3 (+0.4) 8.2 8.1 (▲0.1) 5.8 5.6 (▲0.2)
※( )内は昨年10月時点からの修正幅

 IMFの予測は、主要国で2021年夏までにワクチンが広く普及する前提で試算しています。しかし、欧州ではワクチン供給が足元で遅れており、米国でもワクチン普及スピードは予定より遅れている状況です。日本は、まだ接種が始まっておらず、全体の計画も後倒し傾向にあります。日米欧とも三つの不足、すなわちワクチンの「供給不足」、「接種会場不足」、「接種人員不足」によって、IMFの予測通りには進まないかもしれません。次回4月の改定までに、米国経済対策の進捗状況、ワクチン普及度合い、コロナ感染収束度合いによって、景気回復が微妙にずれてくる可能性があります。回復時期や金融政策が前倒しになるのか後倒しになるのか、その過程で実体経済のリアル・チェックをしながら相場シナリオを想定していくことになりそうです。