今の株価は、バブルか?

 本稿の執筆時点で、最新の株価は、先週末の金曜日である2月5日の日経平均で2万8779.19円、NYダウは3万1148.24ドルだ。ここのところ、現在の株式市場は「バブル」の状態であるか否かという議論や取材が増えてきた。

 バブルに関しては、かつてアラン・グリーンスパンFRB(米連邦準備制度理事会)元議長が「バブルは崩壊した後にならないと分からないものだ」と述べた言葉が有名だ。これは、当時の彼の立場を考えると、些か無責任な意見だ。

 筆者の意見は、「株価がバブルであるか否かはある程度分かる。但し、いつまで続いて、幾らまで到達するのかを当てることは難しい」というものだ。「いつ」と「幾ら」が分からなければ具体的な行動の役に立たないではないか、と怒る投資家がいるかも知れないが、ある程度でも分かると多少は役に立つと思っている。

 今回は、市場が「バブル」の状態にあるか否かを判断する上で役に立つかも知れない「バブルの定性評価項目」を3つご紹介しようと思う。

 3つは、それぞれ、(1)金融緩和、(2)リスクを過小評価させる仕掛け、(3)儲ける小悪党の存在、である。

 それぞれの項目を検討する前に、筆者が考える、バブルの定義と原因を述べておこう。バブルとは「中期的に維持できないほどの資産価格の広範な高騰」のことで、それは「信用(借金)の拡大が投資に向かうことで発生」し、「発生のメカニズムが停止ないし逆転することか、高すぎる資産価格に対する気づきが拡がることで崩壊」する。大凡、こう考えておくと、以下の検討の見通しが良くなると思う。

 余談を1つ付け加えておきたい。

 株価がバブルであることの症状として、「無知な個人」が株式投資に参加することを挙げる人が少なくないのだが、筆者は、この“偉そうな”見解が嫌いだ。

 おそらく、アメリカの1929年の大暴落の前に某大金持ちが靴磨きの少年が株の話をするのを聞いて市場の過熱を感じて持ち株を売ったというエピソードが有名なせいで、こう言う人がいるのだろう。しかし、例えば、日本のバブル崩壊で、大損した素人投資家が多数いたのは事実だが、プロの機関投資家も大損した。プロの投資家の場合、損した人物は概して黙っているし、言い訳も上手いが、大半が損失を回避できなかった(運用ルールのせいもあるが、ピークの時期と株価は当てられなかった)。大きな違いがあるとすると、プロのファンドマネージャーは、損をしても他人(顧客)のお金なので、生活に困るわけではない、という点だった(因みに、筆者は当時信託銀行で企業年金の資金を運用するファンドマネージャーだった)。

1.金融緩和

「金融が緩和状態にあること」はバブルが形成されるための「必要条件」だ。バブルは、借金が投資に回ることで発生するのだから、少なくとも大規模なバブルは、借金がしやすい環境、即ち金融緩和状態でなければ発生しない。

 一方、借金による投資は(短期的には信用取引を、長期の借金は不動産投資を想起されたい)投資対象が値下がりすると返済が苦しくなる、リスク・ポジションとして保有し続けることが難しくなりやすい、相場的には「弱いポジション」である。資産価格が値下がりに転じると、資産の所有者は資産を換金したがるし、資産保有者にファイナンスを付けている主体も返済を迫る。これが、バブルの崩壊過程で資産価格が急激に値下がりしやすい理由だ。

 1980年代後半に形成された日本のバブルは、バブルの持つ諸性質をフルセットで備えた典型的かつ大型のバブルだったが、日銀による数次に亘る公定歩合の引き下げの下で育った。公定歩合は1988年2月に2.5%まで下がって、1989年の5月に3.25%に引き上げられるまで、当時としては非常識なレベルの低金利が保たれる超金融緩和状態だった。

 尚、金融政策が引き締め方向に転換しても、「直ぐに」バブルが崩壊する訳ではない。そもそも、金融引き締めの初期は金融が緩和状態にあるし、金利が上昇に転じると「借り急ぎ」の心理が働いて信用が拡大する場合もある。日本の株価は1989年末まで上昇したし、2007年のサブプライム問題から2008年のリーマンショックを経て世界的金融危機に至るアメリカの大バブルでもサブプライム問題の手前ではFRBによる段階的な政策金利引き上げがあった。

 現在、日米を含む先進各国の中央銀行の政策は超緩和的だが、政策金利がゼロまで低下すると、中央銀行の政策だけでは、信用が拡大してマネーサプライが増えて景気の刺激とインフレへの誘導が達成されるメカニズムが働かない。しかし、新型コロナへの対策として大規模な財政政策が発動されていることで資金需要が発生して、金融政策が後押しされる効果が発生している。

 気の進まない話だが、「現在、コロナのおかげで株価が上がっている」と言える面が大いにある。残念ながら筆者には、「いつ」と「幾ら」が分からないが、直近の株価上昇の構造は「コロナ・バブル」と名付けてもいいかも知れない。但し、株価上昇の背景は「バブル的」だが、現在の株価が中期的に維持できないくらい高い「バブル水準」であるのかどうかについては、別の検討を要する。

 中央銀行に加えて政府が財政政策で後押しして信用拡大に積極的な今、バブル形成の「必要条件」は満たされている。

2.リスクを過小評価させる仕掛け

 バブルが形成され拡大するためには、投資の主体が「リスクの割に儲かるだろう」、或いはそれ以上に「損はしないだろう」と思って、投資にのめり込むことを正当化するような、「リスクを過小評価させる仕掛け」があるといい。

 米国のサブプライム問題の場合、リスクのある住宅ローンでも地域も含めて分散投資するとリスクは小さくなるはずだと説明され、格付け会社もAAA、AAなどの高格付けを与えた証券化商品が住宅ローンへのリスクを過小評価させる仕組みとしてバブルの形成に寄与した。実際には、住宅ローンの物件や地域を分散しても、米国の不動産価格が全般的に下落するリスクは解消できなかった。

 また、証券化商品の高格付けは、次の商品の格付け依頼を貰って手数料を稼ぎたい格付け会社による利益相反でゆがんだ不適切な情報だった(注:格付け会社は格付け対象の発行体から格付け手数料を貰う。これは、大きな欠陥を持った仕組みだ)。

 日本のバブルの背景にも、日本の地価は下がらないのだという「土地神話」、企業が行った資金運用を受注する際に信託銀行や証券会社が行った利回り保証(俗に「握り」。当時も違法だったが広範に行われた)、などが地価と株価の両方をバブルに導く効果を持った。

 現状では、かつての「握り」のようなひどい仕組みがある訳ではないが、政策当局が株価下落を好まないことが「暗黙のプットオプション」のように、投資家にとってのリスクテイク支援材料になっている面がある。

 日本の投資家は、「株価が大きく急落したら、日銀がETF(上場投資信託)を買って支えてくれるだろう」と幾らか思っているし、世界の投資家にあっても、日銀のように中央銀行が直接株式を買わないまでも、経済や市場の調子が悪くなれば金融緩和と財政支出を合わせた政策的支援材料が発動されると期待している面がありそうだ。

「リスクを過小評価させる仕組み」については、現状で、かつてのバブルほど露骨な誤認へ誘導する仕組みがあるわけではないが、市場参加者が認識する「政策プット」がリスクの過小評価を生んでいる面があるかも知れない。

 尚、バブル期にしばしば登場する特徴的な現象として、高い資産価格を正当化しようとする珍説の登場が挙げられる。

 日本のバブルの最中(1988年)には、ある東大教授が「Qレシオ」(時価評価した純資産によるPBR[株価純資産倍率]のようなもの)なる指標を使って、日本の株価は高すぎないと論じた。企業が保有する不動産価値を考えると株式の時価総額は過大でないとの議論だったが、両方がバブル状態にある地価と株価を比較しても、株価がバブルでないことの根拠にならなかった。また、土地よりも株式の方が頻繁に取引されて価格形成が行われているのだから、土地の価格形成が株価よりも情報を先読みするかのような解釈は不自然だった。その後、先に下がり始めたのは株価で、地価の下落は後に続いた。

 2000年にかけての、米国のネットバブルでも、ネット企業の成長が無限に可能であるかのような「ネット企業神話」があったし、高すぎるPER(株価収益率)を正当化する「PEG」(PERを成長率の「%」で割る)といった、理論的根拠が薄弱な株価指標が登場するような現象があった。

3.儲ける小悪党の存在

「儲ける小悪党」とはこなれない言い方だが、バブルが育つためには、「信用を拡大し、投資を促進する」ことをサポートする会社や人間が必要だ。

 例えば、サブプライム・ローンの拡大には、サブプライム・ローンをセールスしてボーナスが増える金融マン、証券化商品の組成とトレードで儲かる金融マンなど、違法ではないとしても、「他人にリスクを負わせることで自分が儲ける」ことで稼ぐ人々が関わっていた。合法だとしても経済倫理的に些か問題を感じるような人々だ。バブルの過程にあっては、よく見るとバブルに関わって異様に儲けている「少し悪い人」がいるものだ。彼らの存在は、人間社会のある種の面白みでもあるのだが、「小悪党」と呼ぶことにする。

 日本のバブルの場合も、不動産融資を拡大するために無理をした銀行員もいたし、不動産開発案件を成立させるために暗躍した「地上げ屋」などもいた。日本の銀行員は、米国の金融マンほど手柄とボーナスが直結していないが、長期的な終身雇用を前提とする彼らには行内の出世が十分強力なモチベーションだった。

 彼らのビジネス行動の多くは合法だったが、ビジネス倫理的に疑問を感じる場合が少なくなかった。中には受託資産運用の「握り」のような違法行為に関わった金融マンも少なくない。皆、大なり小なり悪いとは思いつつも、「会社のため」という名分を笠に着て実は「自分のため」でもある行動に精を出した。

 現状は、どうか。

 株式市場が活況を呈することは金融マンにとって悪いことではないが、今、バブルに関わる形で金融マンが特別な行動によって儲けているようには思えない(筆者が気づいていないだけかも知れないが)。

 但し、金融マンではないが、米国企業のCEOたちは、株価に強く連動した報酬を取りながら、社債を発行して自社株買いを行うような自己利益の追求を行っているように見える。今のところ、株主にとって自社株買いのような企業行動は望ましいので、株主からの文句は出にくいが、「会社のワーカー集団」と「株主及び利害的に株主に買収された経営者」の経済格差が大きく開くことになる。長期的には、ワーカー集団が格差にどう反応するかの問題が心配だ。

 日本企業の資本政策やCEOの報酬は米国ほど極端に多額ではなく、米国的な観点で株主や投資家が求める企業統治的については感覚的に2周以上の周回遅れだが、経営層の報酬は近年上昇傾向にある。

 現状はどうか。

 今のところ、自分の利益のために信用拡大とセットの投資を拡販して儲けるようなバブル生成マシーン的な主体で特別なものは見当たらないが、後から振り返ると、当面マクロ的には適切な財政支出が、ミクロ的には偏った利益誘導によって歪められていたことが分かるのかも知れない。今は中止されているが、「Go To」と名の付いた一連のキャンペーンには小悪党的な業者と政治家の存在を感じなくもない。

バブルだとして、崩壊のきっかけは何?

 現状を定性的に見て、株価の形成は明らかに「バブル的」だ。信用拡大のリスクを負う主体が政府・中央銀行であること、リスクを過小評価させる仕掛けが「政策プット」への期待であること、バブルで儲けている小悪党が広い範囲に及んでいて、まだ極端な偏りを持っていないことなどから見て、今回の「コロナ・バブル」のスケールはまだまだ大きいのかも知れない。

「バブル崩壊」は、将来の金融引き締めへの転換でほぼ間違いなく起こるだろうが、これは、かなり先になるのではないか。一番早く問題になるかも知れないのはアメリカのインフレ率だが、「失業率が4%台で、インフレ率が2%を大きく超える」というような金融引き締めへの転換を警戒すべき状況まではまだ距離がある。

 もちろんその他に、コロナの状況の想定以上の悪化、新興国の国際収支・財政などの破綻の可能性など、株価の急落につながりかねない各種の火種は常にある。また、株価の水準によっては、それが高すぎる事に気づいた投資家の売りによって、「株価が高すぎること自体が悪材料だ」(1990年代の日本の市場はその状況だった)という売りの連鎖が起こらないとも限らない。何れにしても、株式市場には必ずリスクがあるし、そうでなければ困る仕組みでもある。

 将来の崩壊のショックがどの程度のものになるかは株価水準次第だが、その評価のためには、何らかの定量評価的な判断基準を持つ必要がある。定量評価面については、別の機会に検討したい。