習近平国家主席がダボス事前会合に登場

 例年1月に開催されていたダボス会議(年次総会)が5月に延期になり、その先行イベントとしてWEF(世界経済フォーラム)主催のオンライン形式の会合「ダボス・アジェンダ」が1月25~29日に開催されています。コロナ禍という事情もあり、主にモニター画面を通じての演説や議論になっているようですが、それでも、世界経済や国際政治の行方を左右するほどに影響力や発言権を持った政治家、政策立案者、国際組織幹部、企業家、知識人らが集結する舞台ですから、大いに分析の価値ありです。

 ダボス事前会合であるものの、今回、私が注目したのは、何といっても習近平(シー・ジンピン)中国国家主席(以下敬称略)の、4年ぶり2度目の登場です。前回、習近平がダボス会議に出席した2017年1月は、米国でトランプ政権が発足した直後というタイミングでした。

 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)撤退を含め、米国が内向きな「アメリカ・ファースト(米国第一)主義」を掲げる中、習近平は経済のグローバリゼーションや多国間主義、保護貿易主義への反対などを提唱しました。そこには、中国が米国に代わって世界経済の発展をリードしていく、責任ある大国としての役割を果たしていくというメッセージが込められていました。

 そして今回、またしても米国で新政権が発足した直後という「隙間」を狙って、習近平が世界経済フォーラムの会合という舞台で、中国の国家としての意思を発信すべく、現れました。

 特筆すべきは、習近平がトップバッターとして登壇した事実。中国政府は、習近平に他のどの首脳よりも早くメッセージを放ってもらうべく、念入りな準備と交渉を世界経済フォーラムの事務局と行っていたのです。中国はこの手の交渉を、単なるスケジュール調整ではなく、生きるか死ぬかの闘争、という角度から認識し、処理するのです。

 結果、ドイツのメルケル首相、フランスのマクロン大統領、韓国の文大統領、インドのモディ首相、シンガポールのリー・シェンロン首相、そして日本の菅義偉首相などに先んじて、国際世論、市場にメッセージを発信することに成功しました。

習近平が発信した5つのメッセージから見る米国への注文と警告

 ここからは、習近平がどのようなメッセージを発したのか、私たちはそこから何を読み取るべきかを検証していきたいと思います。

 全体的には、「人類が依然として新型コロナウイルスに見舞われ、世界経済が打撃を受ける中、各国が結束し、マクロ経済政策を協調させ、経済のグローバリゼーションと多国間主義、国連や国際法を重んじながら、昨今の困難を乗り越えるべきだ。中国としてそのために尽力する。WHO(世界保健機関)や気候変動に関する『パリ協定』といった舞台で各国と共働し、グローバルな課題に立ち向かう用意がある。改革開放という国策を堅持する。持続可能な発展を推進する。科学技術やイノベーションを盛り上げる」といった当たり障りのない、異論を唱えようがない枠組み、内容で演説は展開されました。

 世界第2の経済大国として、コロナ禍で唯一プラス成長を達成する見込みの主要国として、これまで以上にリーダーシップを発揮し、あわよくば「世界の警察官」としての地位を狙うということでしょう。

 一方、「貿易戦争、科学技術、香港問題、台湾問題、新疆(しんきょう)ウイグル自治区問題、新型コロナへの対策などをめぐって混迷したトランプ政権時の米中は、バイデン米政権になって、互いにどのように付き合っていくのか、米中関係はどう変わるのか」、このような角度から習近平の演説を検証してみると、留意に値するポイントがいくつか見えてくるのです。

 習近平は演説を通して、「米国」(中国語で「美国」)という言葉を一度も使いませんでした。ただ、全体的に、バイデン政権に向けた注文、警告、けん制という論調であふれかえっていました。あえて名指しをしないところに、中国の外交スタイルがにじみ出ており、重い圧力を強かにかけているとも言えます。

 例えば、習近平は次のような主張をしています。少し長くなりますが、私から見て、中国が米国に何を求めるか、世界経済へどうコミットしていくかを理解する上で重要だと判断する、以下5つの段落を見ていきましょう。

「開放性と包容性を堅持すべきだ。封鎖的、排他的になるべきではない。多国間主義の本道とは、国際問題はみんなで話し合って取り組む、世界の前途や命運は各国が共同で掌握(しょうあく)すべきだというものだ。国際的に自らの“勢力圏”を作ったり、“新冷戦”をやったり、他者を排斥、威嚇、恫喝(どうかつ)したり、何かあればすぐにディカップリングだ、供給中断、制裁だと言い、人為的に相互の隔絶を引き起こすやり方は、世界を分裂と対抗に追いやるだけである」

「開放型の世界経済を構築すべきである。断固として多国間貿易体制を守るべきである。差別的、排他的な基準、規則、システム、および貿易、投資、技術の交流を妨害する高い障壁を作るべきではない」

「協商と協力を堅持し、衝突、対抗すべきではない。各国の歴史や文化、社会制度に違いが存在することは、対立対抗の理由にはならない。それは協力の原動力になる。差異を尊重、包容し、他国の内政へ干渉しないこと、対話で摩擦を解決するのだ。歴史や現実は我々に今一度伝えている。昨今の世界において、対立や対抗の道へと進み、冷戦、熱戦、貿易戦争、科学技術戦争などを行うことは、最終的に各国の利益を損害し、国民の福祉を犠牲にする」

「冷戦的思考、ゼロサムの旧理念を捨てるべきだ。相互に尊重、理解し合い、戦略的意思疎通を通じて、政治的相互信任を増進すべきである。公平、公正な競争を提唱すべきである。追求すべきは、追いつけ追い越せの精神の下、共に向上する陸上の試合であり、相互に殴り合う、生きるか死ぬかの格闘技の試合ではない」

「経済グローバリゼーションとは、社会生産力が発展していくための客観的要求と科学技術進歩の必然的な結果である。新型コロナを利用した脱グローバリゼーションやディカップリングは、どの国家、市場の利益にもならない。中国は終始経済グローバリゼーションを支持する。対外開放という基本的な国策を断固として実施していく」

 言っていることはもっともですし、まさに国際秩序はそうあるべきで、中国にもそのような行動を取ってもらいたいと思うしかないでしょう。

 一方で、習近平という中国の最高指導者がこのような発言をする中で、「ツッコミどころ」は少なくないと私も思います。

 例えば、公平な競争と言いながら、中国政府は市場の秩序を歪(ゆが)めるような補助金を国有企業に与えているではないか。

 対外開放と言いながら、言論の自由を弾圧し、インターネットへのアクセスを厳格に規制しているではないか。

 結束や協力と言いながら、尖閣諸島を含めた東シナ海や南シナ海で挑発的、拡張的な行動を取っているではないか。

 開放性と包容性と言いながら、国内では中国共産党が主張するイデオロギーや信条とは異なる価値観、意見、信仰を認めないどころか、容赦なく攻撃しているではないか――。

 国際社会としては、引き続き中国に対して「言ったからには取り組んでください」という点をしつこく要求していく必要があるでしょう。中国が大国として責任ある行動を取ってくれることが、地域の秩序にも、マーケットの成長にも、国際関係の安定にもつながっていくのは言うまでもありません。

バイデン政権で米中関係はどうなるか?

 それでは、米国との関係でどうかという視点から、習近平演説、特に上記5つの段落を分析してみると、二つのシグナルがくみ取れるように思われます。

 一つは、中国として、経済、貿易、科学技術、ビジネスといった分野では、米国と「戦争」を繰り広げたくない。イデオロギーや政治体制、発展モデルの差異を理由に、これらの分野の発展や協力をせき止めるのはナンセンスだと考えているという点です。

 二つ目に、一方で、仮に米国が中国の内政に干渉し、核心的利益を脅かすような行為に及ぶ場合には、そこには断固として反対するという点です。香港問題、台湾問題、新疆ウイグル問題などがこれに相当します。

 この2点を押さえた上で、今後の米中関係を占う中で私が核心的に重要だと考えるポイントを指摘します。

 上記の二つ目に関しては、状況は全く楽観視できません。

 人権に関わるテーマには、香港、新疆ウイグル問題を含め、バイデン大統領は、前政権以上に、原則と価値観を前面に出しながら、中国共産党の言動を監視し、要求していくでしょう。

 尖閣諸島を含めた東シナ海、南シナ海、台湾海峡を含めた安全保障の分野でも、バイデン大統領は、前政権以上に、原則や規範を前面に出しながら、日本やオーストラリアなど、考え方、価値観、戦略的利益を共有する国家、特に同盟国と連携し、中国の現状変更をもくろむ拡張的行動を抑止していくでしょう。そして、その都度米国と中国当局の間でののしり合い、言い争い、場合によっては制裁措置も出てくるでしょう。

 その例を挙げます。前国務長官のポンペオ氏は退任間際の1月19日(米東部時間)、中国共産党の弾圧がウイグル族への「ジェノサイド」だと認定すると発表しました。これに対して、バイデン大統領が次期国務長官に指名したアントニー・ブリンケン元国務副長官も、「それは私の判断でもある」と、上院外交委員会での指名承認公聴会で明確に同意し、トランプ政権下で行われた対中政策の多くを踏襲していく立場を表明しています。ブリンケン氏は、「中国はすべての国の中で、米国の国家安全保障にとっての最大の挑戦」と位置付けた上で、米国は中国との競争に打ち勝つことができるとも主張しています。

 また、国防長官に指名されたロイド・オースティン元中央軍司令官も、同公聴会の席で、「すでに地域覇権国」である中国を「最優先事項」に位置付け、米国が中国に対して軍事的優位性を維持するために働いていく意思を示しました。

 政権発足後の1月23日には、米国務省が政府としての公式声明を発表し、中国が台湾に対して威嚇的行動を取ってきた経緯に懸念を示し、台湾に対する軍事的、外交的、経済的圧力をやめるよう迫り、民主主義を共有する台湾との関係を深化する立場も明らかにしています。

 このように、人権と安全保障に関わる分野では、米中間で早くも攻防が展開されており、この状況は今後4年間断続的に発生していくでしょう。マーケットを随時翻ろうする地政学リスク、米中リスクという意味で、軽視できません。

「米中貿易戦争」が“再発”する可能性はどれくらいあるか?

 問題は、これらの分野が、米中間の通商、ビジネス関係にどう影響するかです。

 トランプ政権時における一つのポイントは、米国側が、中国との貿易から巨大な赤字が生まれ、米国の雇用が失われている背景には、中国が知的財産を尊重しない、技術移転を強制する、市場開放が不十分、産業スパイをやってきたからだと指摘し、このような問題が発生している根源的な原因を中国共産党一党支配体制そのものに見出したことにありました。これに中国側が「内政干渉」や「主権侵害」の観点から反発したのです。経済を政治的に扱うなと。

 この点、バイデン政権はどのようなアプローチを取るでしょうか。グッドニュースとバッドニュース、それぞれあると現時点で見ています。

 まずバッドニュースですが、バイデン政権として「米国の商品を買え(バイ・アメリカン)」を掲げ、米国の産業や雇用者の利益を守るという、トランプ氏の「アメリカ・ファースト」を彷彿(ほうふつ)とさせるような、保守的な産業政策を取ろうとしています。米国との公平な競争、市場の秩序をゆがめるような中国政府、企業への行為には強硬的に対処していくでしょう。

 次に、1月23日(米東部時間)、バイデン政権で大統領報道官を担当するジェン・サキ氏が、記者会見にて、記者からの中国に関する質問に答える形で、次のように指摘しています。

「我々は中国との深刻な競争関係にある。21世紀における中国との戦略的競争は確定的な特徴である。中国は米国の労働者の利益を損ない、米国の科学技術における優位性を鈍らせ、我々の同盟国や国際組織における影響力に脅威を与えている」

「過去数年、中国は国内ではより権威主義的になり、海外ではより拡張的な動きをしている。北京はいま我々の安全、繁栄、価値観に重大な形で挑戦しようとしており、それは米国に新たなアプローチを要求している」

 これらの発言からも容易に見て取れるように、バイデン政権は経済、貿易を含めた、中国側の行動を厳しくチェックしていこうとしています。そのたびに、それなりの摩擦や衝突は生じるでしょう。

 一方で、グッドニュースもあります。

 それは、サキ報道官が「戦略的忍耐」を持って中国側と付き合っていくと発言したことです。トランプ政権が上場廃止を命じた中国の国有通信会社をどう扱うか、ファーウェイ社を含め、米国政府のエンティティ・リスト(米国にとって貿易を行うには好ましくない相手と判断された、米国外の個人・団体などが登録されたリスト)に入っている企業をどう評価するかといった問題に関しては、同盟国やパートナー国、民主党と共和党、各政府機関を含め、内部で垣根を超えて慎重に査定をし、その上で判断すると言っています。

 この意味で、仮に米中間で通商摩擦が再度勃発するにしても、そのプロセスはより透明性と予見性を確保したものであり、かつ大統領やホワイトハウス、担当機関だけではなく、野党や他国の意見や要望も聞き、意思疎通、政策協調をした上で施される措置になる可能性が高いといえるでしょう。この意味で、貿易戦争リスクは、習・バイデン体制では、前体制と比べて、軽減されるものとみています。

 そして最後に1点、習近平政権が、バイデン政権の対中政策にどこまで反発するか、どう反発するか。これを測る上で、極めて重要な基準があります。それは、中国との通商関係をマネージする上で、中国側の問題点やその発生源を中国共産党一党支配体制に見出し、そこの改善を米国側が求めるかどうかであるというのが、私の基本的な見方です。

 仮にバイデン陣営がこれをやってしまうと、習近平陣営としては、国家主権と民族の尊厳が脅かされたとし、後に引けなくなり、再び「戦狼外交」を展開せざるを得なくなるでしょう。

 現段階で、私はこのシナリオが現実化する確率を50:50と見ています。展開次第では、マーケットが米中リスクに大きく揺さぶられる局面が生まれるでしょう。

 私自身、引き続き情勢を観察、分析し、適宜このレポートで報告していきたいと思います。