景気対策法案の進捗状況が為替相場の材料

 先週12月4日に発表された11月の米国雇用統計は、非農業部門雇用者数が24.5万人と予想(+46万人)の半分強となり、前月(+61万人)から雇用者の伸びが大幅に鈍化。5カ月連続で減速し、5月以降で最小となりました。

 この発表後、ドル/円は103.85円近辺まで一瞬売られましたが、失業率や平均時給が改善したことに加え、雇用の伸び鈍化を受けて財政出動の期待が高まり、金利の上昇とともにドル/円も104円前半まで上昇しました。しかし、相場に勢いはありませんでした。

 新型コロナウイルス感染拡大によるロックダウンの影響で、米国の雇用者は3~4月で約2,210万人減少。その後ロックダウン解除による経済再活動によって5月から増加に転じ、11月までの合計で1,230万人増加しました。しかし、差し引き約980万人の雇用がコロナ前の水準からいまだ戻っていません。このような状況の中で雇用の伸びに勢いがなくなってくると、景気回復の失速が懸念されましたが、マーケットはすかさず、早い段階での景気対策の追加財政出動を期待し始めました。

 今週は、この景気対策法案の交渉進捗状況が為替相場の材料となりそうですが、規模(約9,000億ドル)がこれまでの半分程度であるため、交渉が合意に至っても一時的な反応にしかならないかもしれません。

金融追加緩和は決定されるか?

 景気回復の失速を回避するために、財政出動とともにFRB(米連邦準備制度理事会)による追加金融緩和への期待も同時に高まることが予想されます。

 今月は来週15~16日にFOMC(米連邦公開市場委員会)があります。それまでに景気対策法案が合意に達すれば、FRBは追加緩和を見送り、フォワードガイダンス(金融指針)の強化だけで終わるかもしれません。FOMCまでに法案が合意に達しなければ金融追加緩和の期待が高まります。追加緩和が決定されなくても、期待の高まりだけでドル安になることも起こりうるため注意が必要です。ドル/円にとってはジリジリと円高になる構図はまだ続いていきそうです。

ドル安の構図

 ここへ来て、ドル安・円高の見方が増えてきており、1ドル=100円が視野に入ってきたという予想が増えてきています。現在のドル安の構図を整理しますと、以下の2点が挙げられます。

1:拡大する「双子の赤字」

「双子の赤字」とは経常収支と財政収支の赤字です。

「双子の赤字」は米国の構造問題といわれていますが、特に有名なのが1980年代のレーガノミックスです。大型減税で内需が過熱し、貿易収支は大幅な赤字になって貿易摩擦が強まり、ドル高是正のため1985年の「プラザ合意」に至りました。日本は狙い撃ちされ、1ドル=240円が数年で半分の120円の円高となりました。

 現在は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響によって大規模な財政を出動した結果、米国の財政赤字は9月末までの1年間で3兆ドル超と3倍に増加。IMF(国際通貨基金)は2020年の財政赤字のGDP(国内総生産)比が18.7%と予測しています。ユーロ圏の10.1%や日本の14.2%と比べても悪化が目立ちます。

 また、1980年代半ばでさえ米国の財政赤字はGDP比5%前後ですので、現在の赤字状況は相当悪いということが分かります。また、貿易赤字は8月に過去最大に迫る赤字となっています。

 この拡大する「双子の赤字」によって、エール大学のスティーブン・ローチ氏はドルの実効レートがドル安に修正され、理論値では2021年末までに35%下がると予測しています。現在のドル/円に当てはめると、1ドル=105円(名目レート)とすると、35%のドル安によって1ドル=68円になることになります。

2:低金利長期化とドル供給の拡大

 現在のFRBの金融政策では2023年まで政策金利のゼロ金利継続の方針に加え、量的緩和の無制限の方針を打ち出しています。ドルをジャブジャブに供給し続け、ドルの金利を低く抑えていくことはドルが減価していくことを意味します。

 これらの要素によってドル安が長期間定着する地合いが続いています。ただ、これらの政策は、コロナ禍による経済への悪影響を抑えるために取られている政策であるため、新型コロナウイルスの感染拡大が抑制されていけば、政策が変更、あるいは停止されることが予想され、注意が必要です。

 米国でのワクチン接種は年内に始まり、来年2021年半ばには全国民に行き渡るだろうといわれています。従って、政策変更の時期として来年半ばが一つの目安になりそうですが、マーケットは常に先取りするため、コロナワクチンに副作用がなく、効果があると認知した時点、あるいは新型コロナウイルスの感染者増大にブレーキがかかった時点で反応してきます。

 そのタイミングは新春早々ではないと思いますが、来春前にはやってくるかもしれません。年明け、正月気分が終わったあたりから半身の構えで臨む必要がありそうです。

 相場シナリオとしては、その時に金利は上昇しドル高となり、株は一時的に急落、その後、経済活動の復活を好感し上昇していくようなシナリオが予想されます。

ドル安のもう一つの要因:日本の物価環境

 ドル安・円高のもう一つの要因があります。日米の物価上昇率の違いです。

 世界的に物価は低下傾向ですが、日米で比べると、米国は緩やかに低下していく中で、日本の物価は3カ月前からマイナスに転じました。

 日本の物価下落は実質金利を押し上げ、日米の比較では円高要因となります。つまり、日本の物価が米国以上に下がれば下がるほど、円高圧力が増すという構図です。

 そして、日本の物価下落スピードがここへきて速くなってきています。「Go Toトラベル」の影響で宿泊料が実質で大きく下がったことや、2019年10月の消費増税から1年経ち、物価上昇率を押し上げる効果が薄れたことが影響しています。

「Go Toトラベル」は来年2021年6月まで延長されるとのことであり、宿泊料の実質的な値下げは続きます。

 また、菅政権の肝入りで携帯電話の料金が来年2021年から下がりそうです。従って、2021年半ばにワクチン接種が行き渡り、新型コロナウイルスの感染が抑制されても、日本の物価環境は変わらない可能性がありそうです。

 ドル安構図の1と2は米国サイドの要因ですが、日米物価上昇率の違いは日本サイドからの影響が大きそうです。従って、来年に米国の政策が変更されドル安が反転しても、円安へ進むスピードが抑制されるというシナリオも十分に想定されます。

 以上のような、ドル安構図反転のシナリオは楽観的な見方かもしれませんが、一つのたたき台として活用してください。

 また、接種が始まったコロナワクチンの効用期間が短いとか、新型コロナウイルスが変異し(Covid-21)、猛威を振るうなど悲観シナリオを想定する際にも、たたき台として役に立ちます。