原則は「五分と五分」
「グロース(成長)」か、「バリュー(割安)」か。運用の「スタイル」として、或いは銘柄の特徴として、投資の世界ではよく使われる言葉だ。最近では、特に米国で、グロース銘柄のパフォーマンスがバリュー銘柄に対して圧倒的であることが話題になっている。
歴史的には、運用会社、運用者の投資スタイルを表す言葉としての使われ方が先行していた。英米の運用会社やファンドが自らの運用哲学を自称する時に、「グロース」、「バリュー」或いは、その折衷案としての「グロース・アット・リーズナブル・プライス(略称・GARP)」(成長性を重視するが株価評価も重視するといった意味合い)などといった言葉を顧客向けの説明に使っていた。
日本の運用業界は10年遅れくらいで英米を真似るので、日本の運用会社も年金基金などの顧客向けにこうした言葉を使うようになった。もっとも、日本の運用会社は、親会社が大手金融機関で天下り社長が多く、運用が組織を中心に行われて個性の突出を嫌うことが多かったため、「GARP」的なスタイルを旗印にする、退屈な説明をする会社が多かった。
1990年代には、運用スタイルを巡る議論が年金運用業界を中心に盛り上がった。グロース運用、バリュー運用、それぞれの「スタイル・ベンチマーク」として、グロース指数、バリュー指数などのスタイル・インデックスが話題になった。インデックスを定義する際の「スタイル」の基準としては、PBR(株価純資産倍率)が使われる場合が多く、市場の平均よりもPBRが高い銘柄を「グロース(銘柄)」、低い銘柄を「バリュー(銘柄)」とすることが多い。
2000年代の中頃くらいまでには、「長期的にはバリュー銘柄のパフォーマンスがいいのだ」と言われることが多く、バリュー銘柄に投資していると市場平均に勝てるはずだと言う人が学者なども含めて多かったのだが、昨今のグロース銘柄の圧倒的な優勢の陰で口をつぐんでいるようだ。
グロース銘柄、バリュー銘柄に関して、原則論的に有利不利はない。
架空の例を設定する。共にEPS(一株当たりの利益)が100円で、BPS(一株純資産)が1,250円のA社とB社の株式を考えよう。ROE(自己資本利益率)は共に現在8%だ。ここで、A社の成長率が永続的に+2%で、B社の成長率が−2%で、共に割引率が6%と評価された場合の理論株価を計算してみると、A社が2,500円(100/(0.06-0.02)=2,500)、B社が1,250円になる(100/{0.06-(−0.02)}=1,250)。PBRはA社が2倍で、B社が1倍だ。PERはA社が25倍、B社が12.5倍だ。
A社の利益が予定通りに伸び、B社の利益が予定通りに縮むなら、両社の株式の投資家にとってのリターンは同じはずだ。
利益の面を考えると、例えばA社は、投資家が「かつて思っていた成長率」よりも、より高い成長率が予想されるようになれば、予想の上方修正を反映してリターンが上振れすることになる。成長株投資で典型的に起こる成功例はこうした要因によるものだと考えられる。
しかし、B社の利益がかつて考えられていたほど悪くない、という事態が将来に起こった場合も、リターンの上振れは起こる理屈だ。
どちらが起こりやすいかは、一概には何とも言えない。
割引率も影響する。割引率はリスクフリー金利とリスク・プレミアムの合計だが、例えば、バリュー株であるB社の方がA社の6%よりも投資家の要求するリスク・プレミアムが大きいとした場合、B社の現在の理論株価は1,250円よりも更に下がる。そして、この下落した株価でB社に投資する場合の期待リターンは、A社に2,500円で投資する場合の期待リターンよりも高い。こうした現象が継続的に起こるとすると、「バリュー株に投資する方が、グロース株に投資するよりも有利だ」という状況が継続し得る。
問題は、バリュー株のリスク・プレミアムの方が大きくなる理由があるかどうかだが、かつて長期的にはバリュー株が有利なのだと考えられていた頃のファイナンスの論文では、「PBRが低い銘柄には倒産リスクがあり、投資家がこれを嫌うためリスク・プレミアムが大きくなる(のではないか?)」といったやや苦しく聞こえる説明が時々あった。
もちろん、こうした状況にある銘柄に有利な投資のチャンスが隠れている可能性もあり、バリュー投資の大きなヒントになるので、覚えておいて損はない。
ただ、大きな原則を言うなら、グロース銘柄、バリュー銘柄、何れに投資するのが有利なのかは「どちらとも言えない」。有利・不利は「五分と五分」が原則だ。利益予想に有利な変化があるか、リスク・プレミアムに有利な変化があるか、リスク・プレミアムの水準自体が大きいか、何れかの場合に、その銘柄は市場平均をアウトパフォームするパフォーマンスを上げる可能性が大きい。
重要なのは、「意外な変化」と「リスク・プレミアム」だ。
下げ相場ではバリュー有利が経験則
「絶対にこうなる」という法則ではなく、経験則を言うなら、バブル崩壊的な下げ相場ではバリュー株が相対的に有利であり、産業構造の変化を伴う上げ相場ではグロース株が有利である場合が多い。
典型的には、1990年代末から2000年初頭にかけて形成されたネット銘柄のバブル期や、GAFAなどの台頭が目立つ2018年以降現在に至る局面ではグロース株が強いし、1990年代半ばの日本の株価低迷期、ネットバブル崩壊後からリーマンショックに至る時期では、バリュー銘柄が概ね優勢だった。
経験則的には、2020年の年末に継続中であるコロナ・バブル的な相場(※1)が終了した後も、バリュー銘柄が優勢な時期が訪れるのが自然であるように「感じられる」。
※1:コロナ対策としての先進国の金融緩和状態に加えて、これを財政面のコロナ対策が後押しすることによって、広義のマネーが成長しこれが株式市場に向かっていると筆者は考えている。
もっとも、バブル崩壊局面でのバリュー株優勢は、成長期待が剥落したグロース株ほどバリュー株が大きく下げないという下げ相場の中での相対的な有利であって、年金運用などに関わるプロのファンドマネージャーには嬉しいとしても、個人投資家にとってバリュー投資が成功しているという実感は乏しいかも知れない。
尚、現在のグロース相場を大きく後押しする要因として、グロース相場を牽引する情報処理産業の構造上、企業が大きくなるほど有利な「収穫逓増」の経済法則が働きやすくなっていることが挙げられる。製造業中心の産業では、企業が巨大になると高い成長率を維持しにくくなる「収穫逓減」が一般的な経済法則だったが、物理的な要因が制約になりにくく、情報を多く集めるほど情報の価値が高くなりやすい情報産業では、成長が更に成長を呼ぶ仕組みが働きやすい。
もっとも、先ほどの理論株価の考え方を援用すると、収穫逓増が働くことが「意外」であった分GAFA的な銘柄の株価がかつての予想以上に高くなったのであろう。但し、利益成長が十分株価に織り込まれているなら、今後もこうした銘柄への投資が有利だとは言い切れない。大事なのは「意外な変化」なのだ。
尚、本稿は相場について判断することを主旨としていないが、現在の「コロナ・バブル」的な相場は、主に米国の企業が社債などで資金調達を行って自社株買いを行うことによってより大きく膨らみ、その後の崩壊局面での問題を大きくする可能性があるが、限界にはまだ達していないように思われる。筆者は、「今、バリュー銘柄に切り替えた方がいい」と言いたいわけではない。
個人の運用スタイルはどうしたらいい?
「グロース」と「バリュー」が二大運用スタイルだとして、個人はどちらを選んだらいいのだろうか。或いは、思い切りの悪い機関投資家を真似して「GARP」を標榜するのがいいのか。
大まかに言って、儲かっているときに楽しくて、より大きな全能感を得られるのは「グロース」の運用スタイルだろう。企業を分析して、ビジネス評論を楽しみたい向きにも良さそうだ。
「グロース」の運用方法としての弱点は、見通しが外れた場合の株価下落が概して大きいことと、ポートフォリオの回転率が高くなりやすいことだ。
逆に、「バリュー」は、じっくり運用したい向きには手掛けやすいし、保有銘柄の株価が下落したときにはバリュー度合いがより高まることが多いので、そのまま持ち続けられる場合が多い点で手間が掛からない長所がある。
敢えて、どちらかを勧めよというのであれば、実行しやすい点で「バリュー」の側をお勧めするが、前述のように原則論としては、どちらが有利だという訳ではない。
もう一歩進めて「結論」を出すなら、「どちらが有利か分からないなら、両方に賭けを分散するのが良い」という投資の原則に従って、「グロース」も「バリュー」も両方持って分散投資しておくのがいいと言える。
運用が仕事でも趣味でもないなら、投資スタイルを無理に決める必要はない。
「趣味なのです!」という読者には、また別の機会に投資スタイルの楽しみ方をお伝えしたいと思っている。
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