日本の人口動態は願ってもない状況にある。実際、先進国の中で日本は政治家の最終的な目標を達成できる唯一の国として浮上してくると筆者はみている。すなわち、向こう3~5年で日本には新たな中産階級が台頭してくるだろう。

 なぜそう言えるのだろうか。一般的には「人口の構成や増減は変えようがない」と考えられている。この通りであれば、日本経済の未来像は暗いとしか言いようがない。最新の公式な人口予測によると、日本では1時間に約50人のペースで人口が減少している。今後数十年間はベビーブーマーが急速に姿を消していくため、公式予測によると300年もすれば日本の人口は300人を割り込むことになりそうだ。では、なぜ日本の将来に対して強気な見方ができるのか。

 簡単に言えば、人口統計は単なる数字に近いもので経済の動きを示すわけではない。経済成長を決定づけるのは人口そのものではなく、経営者とその企業が生み出す雇用機会である。中国の人口は常に日本を上回っているが、中国経済の成長と繁栄が始まったのは共産党がその独裁体制をやや緩め、国民がより良い機会を追求することを認めたからである。国民所得全般、特に内需は雇用者数に左右されるが、数以上に重要なのはどのような仕事に就いているか、あるいは実際に人々が働きたいと願う仕事の内容である。この点において、人口力学が雇用の数のみならず質も押し上げている日本は先進国の中で抜きんでた存在と言えよう。

 数字がそれを物語っている。たしかに、労働力人口(15歳~65歳)はここ数年間で0.5%減っているが、実際の雇用者数は1%~1.5%のペースで伸びている。したがって、総人口の減少は労働と経済活動に従事する人口の増加で十二分に相殺されている。失業状態から抜け出し、再び労働市場に参加する人が増えているからである。統計を見ると、日本の労働参加率は過去2年間で2ポイント強上昇している。

 日本には人的資源を有効に活用する余地がまだ十分にある。現在、日本の労働参加率は77%に達しているが、それでもスイスの83%をまだ5ポイント以上、下回っている。すなわち、スイスに並ぶためにはさらに約300万人が労働市場に新規参入あるいは再参入する必要がある。

 この問題は恐らく解決できるだろう。日本の場合、雇用を動かすのは純粋に労働力の需給関係だからである。絶対的な労働力不足を背景に企業はより良い雇用条件を提示し、賃金を引き上げており、働く側の反応は速い。以前の条件であれば働くことを躊躇っていた人々も新たな条件の下での再就職には意欲的である。これは単に賃金が高いからではない。雇用の保障、キャリア開発、仕事と生活のバランスなどを含む包括的な雇用条件が家にいるより働くことを促している。

 前向きな変化はすでに始まっており、フルタイム労働者の数は純増している。1995年から2015年までの20年間、企業はフルタイム雇用をほとんど創出せず、パートタイム雇用だけを増やした結果、総就業者数に占めるパートタイム労働者の比率は20%から40%近くまで上昇した。ここに来て状況は反転している。約2年前にこうした変化が始まり、今年に入ってからは新規雇用の半数以上はフルタイム労働者が占めている。主要企業の多くはパートタイム労働者にフルタイムの条件を提示して再雇用に踏み切っている。 注目すべきなのは、日本の人口動態の将来像から見てこうした構造的変化は今後も続くとみられる点である。激化する人材の獲得競争を背景に雇用条件はますます良くなり、賃金は上昇、雇用の安定性も高まるだろう。このようにして約300万人の潜在労働力に再び経済活動に参加する意欲を起こさせることが可能であるため、日本の人口動態は極めて望ましい状況にあると言えるのである。

 パートタイムからフルタイムへのシフトという雇用創出の質の変化は、いくら強調しても十分ではない。雇用の質向上はいかなる経済の好循環においても核となる。第一に、フルタイム労働者になれば年収が約50%増えるが、これは諸手当が厚くなるだけでなく、パートタイム労働者には受ける資格がない年2回の賞与が給付されることが主に関係している。第二に、パートタイム労働者は基本的に借入れが難しいが、フルタイムになれば金融機関は融資の扉を開く。この点について、消費者金融と住宅ローンのデータを用いて筆者の考えが正しいか誤っているか検証してみた。もし筆者の見方が正しく、フルタイム労働者が大幅に増えているとすれば、融資基準をクリアし、資金を借り入れて住宅を購入する人が増加しているはずである。結果を見ると、今のところ住宅ローンは順調な拡大基調にあり、伸び率は昨年の2%から3%前後に加速している。

 無論、これ以外にも労働市場の好循環がより好ましく安定した社会を推進するポジティブな乗数効果はある。たとえば、世帯形成率と婚姻率は再び上昇基調にあるが、雇用形態の多様化、就業機会の拡大、生涯所得の安定性向上などがこの背景にあることはまず間違いない。しかし、潜在的な労働力不足から恩恵を受けているのは労働側だけではなく企業も同様である。日本企業は人的資本の活用、従業員や管理職の動機付け、あらゆる年齢層の従業員の訓練と意欲喚起の面で抜本的な見直しを迫られている。人口動態に照らし、企業が諸外国に先んじて働き方の未来像を描く必要があることは確かである。個人的には、日本の企業と社会は人材を大切にし、開放的で、米国や中国のエコノミストならびに未来学者が支持する「歪んだ」、あるいは「勝者独り占め」の雇用モデルとは一線を画す優れた解決策を生み出すと考えている。今の若い世代は親の世代よりも豊かな生活を享受できるようになると思われる。

 以上の点からみて、日本の人口ダイナミクスは経済的にマイナスではなくプラスの力を秘めており、購買力の拡大や新規借入れサイクルの開始、さらには全般的な生産性向上において持続的な上昇基調をもたらすと予想される。人的資源を今以上に活用すれば、新たな中産階級が台頭してくるだろう。

2017年10月02日 記

 

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