※本記事は2009年6月19日に公開したものです。

 今回は、退職後のお金の運用に関して、主な注意をまとめてみたい。読者ご自身が退職者あるいは退職予定者である場合にお役に立つものにすることはもちろん、読者の親・兄妹・親戚・友人などにプリントアウトして配りたくなるような「退職後のお金の運用の覚え書き」となるような内容を目指す。

 まず、はじめに原則を列挙しよう。原則は10原則プラス番外1個にまとめたが、今回は前半の5個の原則をご紹介する。次回に、後半の5原則と、「番外」の心得を説明する。

退職後の個人のお金の運用の要点(下)を読む

 前半は「考え方」的なものが多く、後半に直裁で具体的な原則が多い。

 それぞれの項目についてご説明しよう。

(1)基本は普通の運用と同じ。退職後だからといって特別な方法はない

 退職後のお金の運用だからといって、普通のお金の運用と異なることをしなければならないということはない。適切な大きさのリスクで効率的にリターンを目指すべきだし、金融機関による「中抜き」的なコストをできるだけ避けた方がいいといった基本は同じだ。

 むしろ「退職後のお金の運用が特別なものだ」という先入観を持たないことに注意すべきだ。これを金融機関に利用されて、不適切だったり、効率が悪かったりする運用商品を購入するケースが少なくない。特にサラリーマンの場合、退職金の形で、日頃扱い慣れていないまとまった金額のお金が手元に入ってくることが多いため、これを何とかしなければならないと焦って、金融機関の窓口を訪ねて相談しようとするような行動が最悪だ。

 また会社によっては、退職予定者を対象に、退職後の生活を考えるセミナーなどを開くケースもあるが、こうしたセミナーの講師や内容が金融機関の商品セールスに影響を受けていることがある。セミナーなどの背景がどのようなものであるかは注意が必要だ。

 そのお金の(使用)目的が何なのかでお金の運用のやり方が違うかのようなことが言われることがよくあるが、これは嘘だ。適切なリスクの大きさや、リスクの取り方を意識する必要はあるが、お金の運用の目的はお金を増やすことに決まっている。お金の使途を強調するのは、金融商品を売るためのきっかけ作りであることが多い。

 たとえば、20年間時間がある運用と、5年しか時間のない運用では、運用内容が変わると思われるかも知れないが、特に近年の取引コストが下がった運用環境では、やるべきことはほぼ何も変わらない。もちろん20年先の不確実性の方が大きいが、5年先も大いに不確実であり見通すことなど出来ない。実際には、その時その時に最適だと思える運用を選ぶしかないが、適切な運用内容は時間の経過によってそれほど大きく変わらない場合が多い(もちろん変化がある場合もあるが)。つまり、短期で最適な運用を積み重ねた結果、それほど大きく運用内容を変えずに、長い期間が経過することが多く、これが長期投資の正体なのだ。10年も20年も先の成長産業・企業が分かって運用ができるわけではないし、「長期投資」という念仏を唱えていれば損をしないというものでもない。

 なお、純然たる運用の話ではないが、借金をしないことと、もしも借金がある場合はこの返済をリスクを取った運用よりも優先させるべきことは、退職後でも変わらない。リスクとリターンの効率から見て、借金の返済に勝る金融資産の運用手段はまずない。株式投資や投資信託などで儲けて借金を返そう、などと考えないことが大事だ。

(2)追加的な稼ぎに制約があることが唯一の特徴

 退職後のお金の運用で唯一特徴的なのは、お金が足りなくなった場合に本人が稼いでこれに対応することができにくいことだ。言い換えると、退職者は相対的に「人的資本」が小さい。

 とはいえ、個人差はあるが、高齢者も概して元気だし、働くことができる。ある程度(できればマイペースで)働いて稼ぐことを組み込んだリタイアメント・プランも十分考慮に値する。

 ごく大雑把な数式だが、たとえば生きる年齢の上限を100歳に設定して、毎月使えるお金で表した生活水準を以下のように考えることができる。

 以下の式の通りにお金を使っていると、100歳まで不足することなく、なだらかにお金を使うことができる。

(式1)老後の生活水準

(式1)老後の生活水準

 細かな点まで考えると、遺産をいくらくらい残したいかということなども考慮する必要があるが(遺産を多く残したい人は「100」をもっと大きな数字にすると簡単だ)、あまり細かく考えても仕方がないだろう。

 たとえば、70歳で3,600万円持っていて、年金が月額20万円貰える人は、100歳まで、全く働かずに毎月30万円使うことができる。これで不足なら、働いて稼ぐことを考えるのが第一の選択肢だろう。もちろん金融資産の運用が上手く行って、金融資産の額が増えたら生活水準を上げてもいいし、逆に金融資産が減った時にこれが生活水準に与える影響も分かる。

 仮に、3,600万円が3割減ると、先ほどの計算式での生活水準は月額27万円になる。「これでは大変だ!」と思う人は、金融資産が3割減るかも知れないような運用はできないし、「何とかなるではないか」と思う人はリスクを取ってもいい。ちなみに、後半の原則で述べるような形で内外のインデックス・ファンドに3,600万円を全額投資していると、マイナス2標準偏差のイベントが起こった場合にこのくらいの損になる計算だ。

(3)退職金が振り込まれた銀行では資産運用しない!

 10個の原則のうちで、最も強調する必要性を感じるのはこの項目だ。

 退職金が振り込まれたら、取引している銀行に相談したくなるかも知れないが、銀行は資産運用の相談相手には不適当だ。

 理由は二つある。

 まず、銀行は取引相手のこと、特に懐事情をあまりにも詳しく知りすぎている。収入も、借金の有無も、その気になればクレジット・カードの利用状況も分かるし、定期預金の満期も含めて、どのような形で幾らお金を持っているのかが把握できている。はっきり言って、これだけ情報を持たれている相手に本気でセールスされると、素人は自分のペースでものを考えることができないだろう。

 証券会社が相手なら、全てのお金を預けているケースは少ないだろうから、「あいにく今は、お金がない」といった理由でセールスを断ることができるが、顧客の懐具合をよく知っている銀行の場合には、そうはいかない。

 もう一つの理由は、端的にいって、銀行で扱っている運用商品(投資信託や個人年金保険など)には運用に適した商品がない。

 投資信託などは、それそのものとしては運用に適したものがあるだろうが、銀行で扱っている投資信託は購入手数料も信託報酬も相対的に高いものがほとんどで、同様の商品を別の金融機関で購入するとほぼ必ず銀行窓口よりも安く買えるものがあるから、銀行の扱う運用商品はほとんど全て「運用に適していない」と言いたくなる。

 市況の見通しが外れて損をするのは仕方がないが、商品選択の際に手数料が高い商品を選んでしまうような投資家が愚かであったために被る損は是非避けたいものだ。

(4)インカム・ゲインにこだわらない

 退職後の資産運用というと、利息や配当、分配金などのインカム・ゲインを受け取ることを中心として組み立てるべきだというような先入観があるようだ。

 高齢者相手には、古くは、たとえばかつての電力株のような相対的に配当利回りの高い株式を勧めたり、最近では、毎月分配型をはじめとする多分配型の投資信託などをセールスしたりすることが多いようだ。

 しかし、配当や分配金しか見ずにいて、元本が大きく減っていた、というような事態は避けるべきだ。お金の運用に際しては、あくまでもインカム・ゲインとキャピタル・ゲインを合わせて損得を判断するべきであり、この原則は退職後のお金の運用でも変わらない。

(5)長期国債よりも1%以上利回りの高いものは理由を考える

 退職金は「持ち慣れない大きなお金」であることが多いので、ただでさえ「狙われやすい」お金だし、詐欺に近いものも含めて、投資として効率的ではない、いわゆる「投資話」は高齢者をターゲットとすることが多い。

 高利回りの債券もあれば、エビの養殖や和牛や森林への投資といった投資話もあるし、条件にデリバティブを組み込んだ仕組み債・仕組み預金のようなものもある。

 この種の怪しい商品は数パーセントから十数パーセント程度の高利回りを提示してお金を集めることが多い。年率2割とか3割とかとなるとさすがに怪しいと思っても、たとえば4%だの6%だのといった、高齢者が昔の金利として見たことがあるような程良い利回りだと、信じてしまいたくなる場合もあるようだ。

 しかし、国債の利回りよりも高い利回りを提示している商品にはほとんどの場合、考慮すべき何らかのリスクが存在するとみていい。

 発行体や銀行のクレジット・リスクであることもあるし、為替リスクなど相場のリスクである場合もあるし、デリバティブが絡むリスクの場合もあるし、実質的に詐欺の場合もある。

 どんなリスクを取るかは、退職者であろうとなかろうと本人の勝手なので、あまりお節介は言いたくないが、一般論として、どんなリスクを取っているのかを理解せずに運用するのは拙いといえるだろう。

 長期国債の利回りは新聞にも毎日出ているので、大まかな水準を常に知っておきたい。各種の金融商品や投資話に出てくる(期待)利回りが長期金利よりも1%以上高い場合は、「いったい何のリスクを取っているのだろうか?」と考える習慣をつけておきたい。

 最近でいうと、気になる商品は、個人に向けて販売されている社債だ。たとえば、そこそこに有名な企業が発行していて利回りが5%といったものがある。

 しかし、その企業が銀行からお金を借りようとする場合に5%ではとても借りられないだろう。一件一件が小口で手間もかかる個人を対象に債券を売ろうとする理由は、個人からでなければお金を集めることができないか、個人がお金を出してくれる条件がプロよりも大いに甘いかのいずれかだ。そもそも、社債が個人向けに売られている時点で、リスクを考えた場合の条件が悪いものが多いはずだ。

 また、そもそも、債券のクレジット・リスクの判断は個人には難しいし、格付け会社による格付けは、目下、信用できない。加えて、債券は取引される単位が大きいので、資金が小さい個人には不利だ。途中の換金の条件も悪いし、個人の資金では十分な分散投資を行うことが難しい。

 運用資産額が数十億円以上あれば多少話が変わるかも知れないが、総合的に考えて、社債は個人のお金の運用には不適当だと言い切っていいと思う。

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