※本記事は2015年6月12日に公開したものです。

新人ファンドマネジャーに先ず言う事

 筆者が投信会社や信託銀行などでファンドマネジャーの仕事をしていた頃、ファンドマネジャーとして配属されてきた若手の後輩によく言って聞かせた話がある。それは、「市場で値が付いて取引されている株は、大まかにいってどれを買っても売っても、有利・不利は同じだから、まあ気を楽にして仕事をして下さい」というものだった。

 どれを買っても売っても、もっと厳密に言うとどの銘柄をどんなウェイトで持つかで、完全に「有利・不利は同じ」というわけではなく、「少しの違い」を探して利用しようとするのがファンドマネジャーの仕事なので、仕事に慣れてからも「どの銘柄を買っても売っても同じ」と割り切られては困るのだが、それでも、「自分は違いがあると思っていても、どれを買っても同じ、もっと言うなら、違いは誰にも正確には分からないということだ」という感覚は持っておく方がいいと思う。

 ファンドマネジャーは能書きと自慢話の好きな生き物なので、先輩ファンドマネジャーは自分の過去の成功例を、さも自分の高度な能力と努力の賜であるかのように話すし、十分な訓練と周到な注意をもって応用すれば、同様の成功が再現可能であるかのような話をしがちだ。こうした話を吹き込まれると、新人ファンドマネジャーは、つい萎縮しがちになり、それはそれで可愛いものなのだが、萎縮したままだと仕事の覚えが悪い。

 昔、「美人は美人なりに、そうで無い人はそれなりに写る…」と言うフィルム会社のコマーシャルがあったように記憶するが、株式市場では、いい会社には高い株価が付くし、そうでない会社にはそれなりの安い株価が形成されている。これは、競馬で強い馬が勝つことに賭ける馬券(勝ち馬投票券)の倍率が低く、勝率が低そうな馬の馬券は高倍率なのと似た現象だ。ここに参加する限り、自分が深い事情を知らなくても、大きな差はつかないはずだ。大方の賛同を得られる良さそうな銘柄や馬を買ってもダメな場合はダメだし、不人気な銘柄や馬を買っても当たった場合には大きなリターンがあるので、結局、何が幸いするかが簡単には分からない。

 ことに株式市場にあっては、ある銘柄の株価は、プロも含めて自分の大切なお金を賭けて参加している市場参加者達が、一方は「買ってもいい」と思い、他方は「売ってもいい」と思った人が(正確には金額がだが)拮抗したことで形成された株価に参加するのだから、どの銘柄を買っても・売っても大差はないはずだし、はっきり分かる大差があるようではその株価で売買が成立しない。

 また、ファンドマネジャーの場合、何十、何百という銘柄に対して分散投資することが可能だから、どの銘柄を選んだかに起因する運・不運が均される事もある。

 アマチュア投資家で初心者の場合、新人ファンドマネジャーのようにどうしても投資しなければならないということもない一方で、数十銘柄レベルの分散投資は難しいだろうが、最小3銘柄(業種の異なる銘柄で)以上から投資して欲しいと思うが、失敗してもひどく痛手を被らない程度の金額で、是非株式を買って、しばらく持ってみて欲しい。市場で形成されている値段に有利・不利が無いことについては割合信用してもいい。

「中抜き」の透明性と小ささ

 上場株式への株式投資の長所として、取引価格が明確であるため、自分が支払う、あるいは受け取る(売りの場合)金額が、フェアな市場価格から幾ら離れた物であるか、即ち「中抜き」が幾らであるかが、透明であることが指摘出来る。即ち、委託売買手数料、税金共に、幾ら掛かるのかが明確だ。

 この点、店頭取引が中心の社債などの債券は、外国債券を含めて、末端の投資家は市場価格が分からず、従って証券会社にどれだけ価格差を抜かれているのかが分からない。まして、「仕組み債券」のような複雑な商品は、「幾ら抜いているかが分かりにくいように」仕組みを複雑にして実質的な手数料を条件に潜り込ませている。「損得を正確に計算して判断せよ」と言うよりは「客側に損なように作られているに決まっているのだから近づかない方がいい」とアドバイスすることの方がより現実的だろう。同様に、実質的「中抜き」が分からない(しかも大きい!)商品として近づかない方がいいものに個人年金保険を含む生命保険がある。

 この点、上場株式に投資する行為の透明性は高い。これは、個別株式への投資にあってもっと強調されてもいい長所だと思う。

 また、ネット証券の社員である筆者としては手前味噌で気が引けるが、日本に於ける株式委託売買手数料の自由化、ネット証券の登場、激しい手数料引き下げ競争によって、今や手数料がごく安い水準になったことも強調しておきたい。

 ETF(上場投資信託)と競うとなると大変だが、普通の投資信託との比較を考えると、十数銘柄以上の分散投資ができるなら、ポートフォリオの作り方さえ分かっていれば、個別株投資はリターン・リスク・コストの点で十分競争力があると思う。もちろん、銘柄選択やウェイトの調整を高級なゲームとして楽しむことの出来る向きには、是非お勧めしたい。

「分からない」と「危ない」の違い

 最近、株価が好調なせいか、雑誌などの媒体のインタビューを受けることが度々あるが、この際に、多くのインタビューアーが「素人が、個別株に投資するなんて、危なくてとてもお勧め出来ないですよね」と言って、これを前提に筆者に質問しようとする。

 しかし、筆者は、「いやいや、それほど危なくないですよ。数銘柄以上に分散投資するなら、手数料の高い投資信託を買ったり、まして保険を買ったりするよりも、遙かに安心ですし、不利になりにくい投資も可能です」と答えるので、多くの場合、質問者が驚く。

 個別銘柄のことはよく分からないし、素人には調べるのが大変だと思い、だから「危ない!」と感じているらしい。

 しかし、前述のように、市場で形成される株価には、はっきりした有利・不利はないし、取引の手数料も小さくて透明なので、個別株への投資は案外恐くないのだ。「市場の公平性」に守られているからだ。

 他方、複雑な投資信託、各種の保険、内外の不動産や事業等への投資話、のような人間が丁寧にセールスに来るような商品・案件への投資は、間に入っている人間に少なくとも手間に見合う以上の実質的な手数料を稼ごうとする意図があるはずだし、それを実現する過程で、提供する情報を歪めたり、顧客の側の無理解や勘違いに期待したりしている可能性が小さくない。人間は意図を持って他人に接する。特にビジネスにあっては、意図が無いことはあり得ない。

 金融の世界では、オープンに価格が形成される「市場のリスク」よりも、意図を持って近づいてくる「人間のリスク」の方が遙かに恐くてたちが悪いというのが、筆者の偽らざる感想だ。

「市場の効率性」とのちがい

「市場で取引されている株価に参加することには、概ね有利も不利もない」という事実を、「市場の公平性」と名付けてみたい。

 市場が公平であるということは、公平な市場でポートフォリオを運用した場合に、特定の参加者が有利な立場に立ち続けることが難しいことを意味する。つまり、「市場の公平性」は、アクティブ運用が上手く行かないことの原因であると同時に、素人でも或いは情報の乏しい参加者でも案外安心して不利無く株式市場に参加出来ることの拠り所でもある。

 これとよく似た概念に「市場の効率性」があり、有名なのはこちらの方だが、こちらは、市場では情報が瞬時に伝わり正しく解釈されるため、現在利用可能な情報は速やかに株価に正しく反映されるので、特定の参加者が有利になることが出来ない状況を指す。

 アクティブ運用の可否から見て、どちらの状況でも上手く行かないのは同じだ。

「市場の公平性」の状況下では、株価が正しいことは保証されていないし、株価が正しくないことは頻繁にあるが、市場参加者の間で相対的な有利・不利を安定的に作ることが難しいことによって、アクティブ運用が上手く行かない状況が発生する。

 他方、「市場の効率性」の状況では、情報は全て瞬時に株価に正しく反映しているので、市場参加者の情報や解釈力のレベルに差があっても、そもそもアクティブ運用が安定的に勝つことの出来るチャンスがない。

 チャンスを利用出来ないのと、チャンスそのものがないのとでは、現実は大きく違うが、筆者の見解として現実に近いのは、前者、即ち「市場の公平性」の状況だと思う。

 市場が効率的ではないと思う理由は、平均株価レベルでも頻繁に「バブル」が起こること、さらに個別株のレベルでは市場参加者の誰もが個別株の適正株価を正しく判断出来る能力がないと思えることだ。

 この判断に対しては、(1)アクティブ運用の平均が市場平均に負けること、(2)よいアクティブ運用を事前に特定することができないこと、の2つの現実が補強的に強力な証拠だ。

 この(1)、(2)は「市場の効率性」の下でも起こるが、実際には、プロの運用者も、大筋では市場の公平性に頼って、少しだけ自分のアレンジをポートフォリオに付け加えているのが現実だ。彼らもまた、「市場の公平性」に邪魔されているというよりは、守られているように見える。運用成績が能力と努力によってはっきり差がつくのでは、あまりに大変ではないか(現実はちがう)。

高速取引(HFT)と公平性

 さて、本稿では、ことに上場株式について、株価は公平で安心だという趣旨を述べてきたが、最近、これを脅かす要因が現れてきた。高速取引(HFT)の登場と台頭である。

 HFTでは、まさに瞬きする間もない位の時間に売買が執行されるが、市場を認識し取引するスピードが一般の他の参加者と異なるために、一般投資家が見ている価格と板(個別株式の指し値注文状況)の状況が、現実の状況と異なって、正しく知られずに遅れているという格差が生じている。

 一般投資家から見る板は、現実には存在していない板である可能性があり、注文を出すスピードも異なることから、市場参加者間で、価格情報と取引の条件が事実上「公平」では無くなっている。

 この種の取引は、見かけ上の流動性(と取引所の口銭)を増やしているが、市場価格の情報伝達機能を改善しているわけではない。

 彼らの影響は長期に投資する投資家にとって大きなものではないが、HFT業者が存続し収益を得られる機会が安定的にあるとすれば、それは市場が不公平になったということだ。今後、取引所がこの問題をどのように考えていくかに注目したい。

【コメント】

 5年前の記事だが意見に変化はない。我ながら長い文章なので要点を述べると、(1)取引されている銘柄はいずれも「それなりの株価」が付いているので原則として有利不利はなく、(2)上場銘柄に対する投資は取引価格が分かって手数料の中抜きが明快な点が良く、(3)ネット証券のおかげで(手前味噌!)その手数料も極めて安い。そして、(4)生命保険のような中抜きが大きな商品とそれを売る人間には気をつけろ(いつもの話だ。付け加えるなら対面営業の外債販売にも要注意)。さらに、(5)HFTに少し注意せよ。
 過去の記事を読んで、5年前からHFTを怪しいと思っていたことが分かった。個人の長期投資家は原則として取引所の「寄り付き」で取引するのがサッパリしていていいと筆者は思っている。(2020年10月9日 山崎元)