米国の大統領選まで1カ月弱、トランプ落選も現実的に

 米大統領選が行われる11月3日まで、1カ月弱となりました。支持率などのデータを見る限り、民主党候補のバイデン氏が勝利し、トランプ大統領が落選する可能性が高くなってきたと言えます。

 不利な状況に追い打ちとなったのは、選挙直前の重要な今、トランプ大統領がコロナ陽性となったことです。民主党はこれまで、「トランプ大統領がコロナの影響をあまり重視せず、安全対策が後手に回ったことが、米国の感染拡大を深刻にした」と批判してきました。この批判に対し、トランプ大統領は強気を継続、自身もほとんどマスクをせず、いつもマスクをしているバイデン候補を笑い飛ばしてきました。

 ところが、選挙直前の一番大事な時期にトランプ大統領自身が感染するというのは、いかにも間が悪過ぎます。コロナ感染に対し、「自身の安全管理も国の安全管理もできていなかった」と批判されても仕方ない状況です。

 トランプ大統領が、すぐに回復し、選挙直前のTV討論に出られるようになれば問題ありませんが、そうでないと、選挙でますます不利となります。

選挙は水物。トランプ再選の可能性も。副大統領候補のTV討論は重要

 とは言え、選挙は水物です。直前の支持率統計や、コンセンサスはよく外れます。4年前の大統領選挙の際、トランプ米大統領は、支持率で対抗候補の民主党クリントン氏を下回っていました。ところが、選挙結果は、トランプ大統領の勝利でした。支持率などのアンケートに表れない「隠れトランプ支持者」がいるため、と言われました。また、州ごとの「議席総取り方式」が、トランプ大統領に有利に働いた影響もありました。

 今回の大統領選も、バイデン氏優位とはいえ、僅差の争いと考えられています。コロナの影響で郵便投票が多くなる影響がどう出るかにも、注意が必要です。

 今回の選挙で、急きょ重要性が高まっているのが、10月7日に予定されている、副大統領候補によるTV討論です。共和党のペンス副大統領と、民主党の副大統領候補ハリス上院議員が、TV討論を行います。従来ならば、副大統領候補による討論はあまり重要視されませんが、今回はきわめて重要です。

 トランプ大統領の病状が悪化し、共和党候補から降りる場合は、ペンス副大統領が繰り上がって大統領候補となります。その意味で、ペンス氏の発言に注目が集まります。ペンス氏は対中国強硬路線でトランプ大統領と一枚岩だが、それ以外の政策では大統領ほど強硬論者ではなく、バランスの取れた考えを持っているとの見方もあります。バランス感覚が優れていると見られるか、頼りないと見られるか、TV討論での発言が注目されます。

 民主党の副大統領候補、ハリス氏にも注目が集まっています。女性、非白人ということに加え、バイデン氏以上に弁がたち、民主党の支持を強めるのに貢献しているとの見方があります。バイデン氏が高齢なこともあり、仮にバイデン氏が当選しても、4年後の選挙に出ない可能性もあります。そうなると、ハリス氏が4年後に、女性初の大統領候補を目指すシナリオも出てきます。その意味で、ハリス氏のTV討論での発言にも、注目が集まっています。

 民主党のバイデン候補は、巨大ハイテク企業(GAFAM:グーグル、アマゾンなど)の規制導入に意欲を示しています。このため、バイデン氏優位の見方が広がると、GAFAMなどを中心とした米ナスダック指数が、利益確定に押されました。ただし、ハリス副大統領候補は、巨大ハイテクとつながりがあり、規制には慎重との見方があります。ハリス氏の発言しだいでは、巨大ハイテク規制への不安が少しやわらぐ可能性もあります。10月7日のTV討論から、目が離せません。

「バイデン勝利なら法人増税で株安」は本当か?

 法人減税をめぐる政策の違いから、株式市場では「トランプ再選なら株高、バイデン当選なら株安」と考える人が増えています。

 トランプ大統領は、大型の法人減税を実施し、大企業に有利な政策を推進しました。これに対し、バイデン候補は、「法人税を引き上げる」と明言しています。選挙戦で、増税を強調するのはタブーですが、バイデン氏は気にせず、トランプ大統領が下げた法人税を引き上げると明言しています。

 トランプ大統領が再選すれば、さらなる法人減税が行われる可能性があります。法人減税は、大企業のキャッシュフローを恒常的に改善し、株価にプラス影響を及ぼします。法人税についてだけいえば、トランプ株高、バイデン株安と見られるのは仕方ありません。

 ただし、それは、法人税に対する政策の違いだけに注目した、単純な判断です。現実には、両者の間には、もっとたくさんの相違があります。

 バイデン氏が法人増税を主張するのは、公共投資や社会福祉にもっとお金を使うためです。インフラ整備の公共投資に積極的な面が注目されれば、バイデン氏の当選でも、株価は下がらないかもしれません。

 他にも、バイデン氏の方が、株式市場にフレンドリーと考えられる政策の違いもあります。自由貿易か保護貿易かという視点で見ると、トランプ大統領は保護貿易主義で、TPP(環太平洋経済連携協定)から離脱、対中国で強硬策を前面に出しています。バイデン氏は、自由貿易を重視する姿勢を維持しています。自由貿易を重視する政策の方が、株式市場にとってプラスです。

 トランプ大統領が再選したら、対中国の強硬策を一段と強める可能性があります。中国通信大手ファーウェイなどへの制裁を強めるとともに、TikTokやウィーチャットなど中国アプリの使用禁止を強行する可能性があります。また、米中通商交渉で締結した「第一段階の合意」も、中国が約束を守らないことを理由に、反故にする可能性もあります。

 バイデン氏が当選しても、米中対立が深まる方向性は変わらないと思いますが、それでも、やり方は異なると思います。あくまでもイメージですが、対中国、対イランで、バイデン氏の方は、やや融和的な政策をとると考えられます。中国もそれがわかっているだけに、バイデン氏当選ならば、少し歩み寄りの姿勢を見せる可能性もあります。

 トランプ大統領とバイデン候補の政策の違いは、他にもいろいろあります。トランプ大統領は、環境規制に否定的で、化石燃料にフレンドリーで、パリ協定から離脱しました。バイデン氏は、環境規制に前向きで、自然エネルギー推進に積極的です。バイデン氏勝利ならば、米国のパリ協定復帰が視野に入ります。環境規制については、どちらが株式市場にプラスか、一概には言えませんが、どちらが当選するかによって、米国経済のエネルギー政策のかじ取りに、大きな影響を及ぼします。

大統領選後の豹変はあるか?

 選挙結果以上に、注目されるのは、選挙後に、大統領が実際にどういう政策を行うかです。大統領選挙キャンペーン中に言っていたことと、当選後に実際にやることが、まったく一致しない大統領も、います。何が選挙戦のためのリップサービスで、何が本当の政策か、選挙後に、慎重にみきわめる必要があります。

 トランプ大統領は、前回の大統領選の最中、言っていたことと、実際にやったことがかなり大きく異なっています。前回の大統領選中には、やや社会主義的、左寄りの発言が目立っていました。「見捨てられた人々が、これ以上見捨てられない社会にする」と言っていました。大企業にネガティブ、低所得層にポジティブな政策を取ると思われていました。そのため、選挙期間中、「トランプ氏が当選したら米国株は暴落する」と言われていました。伝統的な共和党の政策は、資本主義重視なので、共和党内の異端と言われていました。

 ところが、当選が決まったとたんに、発言内容が変わりました。トランプ大統領の「豹変」を好感し、米国株は、トランプ氏当選直後から急騰し、「トランプ・ラリー」と言われました。
トランプ大統領が実際にやった政策は、株式市場重視、大企業重視の、典型的な共和党の政策でした。オバマケアを廃止し、低所得層への給付もさまざまな形で縮小しました。一方、大企業・富裕層に有利な大型減税を、推進しました。減税は納税額が大きい企業・個人ほどメリットが大きく、大企業・株式市場を喜ばせる政策です。一連の、資本主義政策を好感し、米国株は大幅に上昇しました。選挙前後で言動が一致しているのは、米国第一主義で、対外強硬策を取ることだけでした。

 トランプ大統領、バイデン候補が、今やると言っていることで、本当にやることと、実際にはやらないことが、見えてくるのは、来年一般教書演説をする辺りです。その頃のどんでん返しにも注意が必要となります。

 当選した大統領が、思い通りに政策を実行できるかは、議会の協力があるかないかによっても、変わります。現在、下院は民主党、上院は共和党がマジョリティを得ています。大統領選と同時に行われる、議会選挙の結果も重要です。特に、下院のマジョリティをどちらが取るかが重要です。

【参考】大統領選後の「豹変」

 トランプ大統領の「豹変」を振り返ります。

【1】2016年11月:トランプ大統領による、大統領選の勝利宣言

 大統領選挙期間中に、トランプ氏は、過激発言「イスラム教徒の米国への入国禁止」、「メキシコとの国境に壁を建設」、「中国からの輸入品に45%の関税をかける」などを繰り返していました。そのため、株式市場では、トランプ氏が当選すると、株が暴落するというコンセンサスができあがっていました。
 ところが、トランプ氏の勝利宣言は、美しい言葉で飾られており、株式市場にフレンドリーな内容でした。

 2016年11月のトランプ氏「勝利宣言」抜粋
●すべての共和党、民主党の党員に対して、米国の国民として団結することを訴えたい。
●すべての国と共通のグラウンドを持ち、良好な関係を築いていきたい。
●高速道路・橋・トンネル・空港・学校・病院といった社会インフラを再建する。インフラ再建で何百万人の雇用を生み出したい。

トランプ氏の豹変を受けて、2016年11~12月には、トランプ・ラリーと呼ばれた株高・ドル高が進みました。

【2】トランプ大統領の経済政策

 大統領選期間の発言では、トランプ大統領は、低所得者層の味方で、大企業や富裕層に厳しいイメージでした。ところが、実際にやったことは、その逆でした。大規模減税では、大企業・富裕層に大いなるメリットを与えました。その財源として、低所得者向けの給付カットを行いました。

 これまでの共和党大統領と異なる異端児と見られていましたが、実際は、きわめて資本主義色の強い、伝統的な共和党の政策を実行してきたと言えます。米国株式市場は、トランプ大統領の「豹変」を好感して、大きく上昇しました。