好材料・悪材料と株価
近年、「株は悪材料こそが買い!」なのではないかとの思いを強くしている。語感が今一つだが、株式投資の新格言にしてもいいのではないか。
直接的には、悪い材料があって株価が下がっているときこそが買い場だという程度の意味で、極端な意外性がある訳ではないのだが、心理的には実行しにくい。
投資の世界では、「合理的だが心理的に抵抗がある行動」にはチャンスが伴うことが多いので、この概念は考えを深めてみる価値がありそうだ。
一般論として株価は、好材料・悪材料のいずれをも将来の企業価値の予測に取り込み、さらにリスクを考慮した上で「リスク・プレミアム」も反映して形成されると考えられる。
従って、好材料も悪材料も、それが正しく予測に反映されている場合、共にリスク・プレミアムが実現すると期待できるから、リスク・プレミアムが一定であれば、両者に期待されるリターンに差はないはずだ。その後のリターンの差は、もっぱら「新たに現れた情報」が「それまでの好材料/悪材料を含んだ情報」をどう更新するかによる。
好ましいケースとしては、好材料の後にさらにプラスの変化がある場合もあれば、悪材料の後に「考えていたよりもましだ」と思える情報が生じる場合もある。
原則として好材料後の株を買うのも、悪材料後の株を買うのも、有利不利は同じのはずだ。ある意味で、株は何でも気楽に買っていい。
しかし、行動経済学のプロスペクト理論に現れるように、人間はプラスの材料とマイナスの材料に対して非対称的に反応する。悪材料に対する反応には、一つには予想が極端になりがちで後から修正される確率が高く、もう一つには悪材料を嫌う心理からリスク・プレミアムの拡大が予想できる。こうした想定が当てはまるケースが多いのであれば、「株は悪材料こそが買い!」が有効なセオリーになり得る。
一方、悪材料と言ってもいくつかのパターンがある。以下、3つのタイプに場合分けして、悪材料下の投資について検討してみる。
その1.マクロの悪材料
一つには、経済や金融などの環境が全般的に悪化した場合だ。典型的にはリーマンショック後のような状況や、直近では2020年3月を底とするコロナショックのような状況での投資が該当する。
こうした「ショック」と呼ばれるような環境の悪化では市場にあって以下のような行動が想像できる。
- 投資分析に基づくのではない売りが発生する(「アンインフォメーショナル[非情報的]な売り」という表現が使われることがある)。例えば、ファンドの解約請求があると、ファンドマネージャーは「今の株価なら買いたい」と思っても、価格に関係なく株式を売らなければならない。
- リーマンショックでも、コロナショックでも、経済システム(特に金融システム)が破壊された時のコストがあまりに大きいので、金融・財政などの政策が投入されることが多い。しかし、悪材料発生時では政策が見通せない場合が多く、事後的に見ると、市場参加者が政策の効果を過小評価している場合が多い。
- 市場参加者の心理が「恐怖」に傾いたときに、リスク・プレミアムが拡大して予測の悪化以上に株価が下がる。
コロナショックでは、上記全てのメカニズムが働き、大方の予想以上に速くかつ深く株価は下落したし、その後、政策の効果とリスク・プレミアムの縮小によって株価の戻りは再び予想以上に速かった、ということではなかったか。
その2.個別の悪いイベント
個別銘柄単位での悪材料もしばしば投資のチャンスを提供する。
悪材料とは、製品の不良、工場等の災害被害、粉飾決算の発覚などの不祥事といった、いずれもニュースで報じられるようなマイナス情報だ。
具体的な名前を挙げると生々しいので、架空のケースを考えよう。
「例えば、材料発覚前に時価総額5千億円で評価されていた企業Xに、最大1千億円相当の会計不正が発覚したとしよう。このニュースを受けて、企業Xは大いに批判を浴び、その株価は大幅に下落することになる。
例えば、株価が半値に下がると、時価総額で2千5百億円となるが、企業Xのビジネスが堅調であれば、企業Xの時価総額は4千億円程度が妥当なので、徐々に株価は時価総額4千億円レベルに近いところに戻ってくる。」
株価が妥当な価格よりも大きく下がりがちな理由には、(1)企業イメージの悪化が過大評価されがち、(2)不祥事を起こした企業に対して投資家の処罰感情が働きがち、といったものが考えられる。しかし、「人の噂も75日」という諺がある如く、こうした要因の効果は時間とともに減衰することが多い。
こうした悪材料で投資する場合のいい点は、悪材料は好材料よりもそのインパクトを正確に評価しやすいことだ。不適切会計も実態が明らかになればマイナス・インパクトの大きさを見積もることができるし、災害による工場などの被害もしばしば「〇〇〇億円」といった金額で評価できる。逆に、「有望な新製品」のような好材料は、それが業績上どの程度のインパクトを持つのかを予想しにくい場合が多い。
もちろん、悪材料の評価の際には安全性を見積もって、やや大きめの数字を想定するような心掛けが必要だが、「悪材料こそ分析のし甲斐がある!」と思うことがしばしばある。
その3.非効率的経営
例えば、(A)資産を有効に活用していない企業、(B)株主からみて配当や自社株買いが適当なのに多額の現金性資産を抱えている企業、(C)コーポレート・ガバナンス(企業統治)が劣る企業、(D)IRが下手な企業、(E)事業分野が多岐にわたって「コングロマリット・ディスカウント」的評価を受けている企業、(F)経営者の資質が劣る企業、などは、投資家から嫌われて、株価が低く評価される場合が多い。「残念な企業」である。
しかし、こうした企業には、ビジネス自体が伸びなくても「経営を少し変えるだけで」株価の評価を上げる余地がある。
残念な企業がなぜその状態にとどまっているかに関しては、各社の事情があるだろうが、例えば、時期が来て、「ひどくダメな社長」が「普通の社長」に交代するだけで、その企業の株価は上昇する可能性が大きい。
こうした意味では、「株主から見た経営的な非効率性」は後に株式のより高いリターンを実現する「潜在力」として評価することができる。
例えば、米国企業が既に株主向けの経営に最適化されていて、日本企業が株主本位の経営が十分できていないと仮定すると、投資する上でより魅力があるのは日本企業の方だろう。
現実に、多くの日本企業にはこうした意味での投資魅力があるのではないかと、筆者は近年考えている。
例えば、日本の総合商社は、配当利回りが高く、PBR(株価純資産倍率)が低く、「割安銘柄」として名前が挙がることが多いが、資源ビジネスのリスクといった要因以外に、上記の(A)、(B)、(E)が該当する可能性がある。
最近明らかになった米国の著名投資家ウォーレン・バフェット氏の大手総合商社5社への投資には、商社の「経営的非効率性改善の可能性」を評価した面があるのではないだろうか。そうなのだとすれば、5大商社の経営者たちにとってはあまり格好の良い話ではないが、今後の経営については大いにやり甲斐があるというものだろう。
繰り返すが、日本株全般に関して、「経営的非効率性改善の可能性」が買い材料として評価できるのではないだろうか。
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