案外売れていない個人向け国債

財務省は、2011年12月募集分から個人向け国債を「個人向け復興国債」と名付けて、その購入代金を東日本大震災の復旧・復興のために役立てることとし、購入者の中から希望者全員に、財務大臣名の感謝状を贈ることとした。「変動10年」「固定5年」「固定3年」といった、債券としての商品性はこれまでのものと同じだ。

簡単に復習しておくと、「変動10年」は、10年物国債の流通利回りの66%で決定されるクーポンが半年毎に支払われる満期10年の変動金利の債券だ。最低利回りは、年率0.05%とされている。

「固定5年」は5年物の利付き国債の実勢利回りマイナス0.05%で利回りが決まる満期5年の固定利付債券であり、「固定3年」は同じく3年物国債の実勢利回りマイナス0.03%で利回りが決まる3年満期の固定利付債券だ。

次回の7月17日に発行されるそれぞれのタイプの利率(年率)は、「変動10年」が0.57%、「固定5年」が0.19%、「固定3年」が0.07%だ(何れも税引き前の利回りであり、20%の税金が掛かる)。

金利決定方式に加えて、3タイプ何れも1年経過後から過去2回分(1年分)の利息をペナルティとして支払うと投資元本での換金が出来るオプションが付いていることが大きな特長だ。

個人向け国債が発売された当初は、2回分の「税引き前の」利息をペナルティとして支払う必要があったので、「実質的に元本割れする場合がある」と言われていたが、販売が不振であることもあって、解約の際のペナルティは「税引き後の利息」2回分でいいことになったので、「1年間持てば元本割れしない」商品だと言えるようになった。こうしてみると、財務省も案外柔軟だ。

読者は、これらの個人向け復興国債について魅力的だと思われるだろうか?

ご意見は人によって異なるだろうが、筆者は「まあまあの商品」だと思っている(理由は後述)。しかし、個人向け復興国債の販売実績は財務省の目標を(大幅ではないが)下回っている。このためか、財務省は、横綱白鵬、女子サッカーの沢穂希選手、AKB48などの有名人をキャンペーンに起用することを決めたと報じられている。なかなかの豪華ラインナップだ。

無難な運用対象

筆者個人的な評価を言うと、個人向け国債、特に「変動10年」のタイプのものは「割合、気に入っている」。また、今回改めて考えると、金利に対する判断によっては5年固定の個人向け国債も「悪くない」と思う。

実際、無難な運用対象として、高齢の両親や、慎重な性格の友人などに勧めたこともある。

個人向け国債の魅力は主に2点ある。

先ず、信用リスク面の評価で、銀行預金を上回ることだ。財務省としても、日本の銀行預金のリスクを正面から取り上げて国債のセールスをするのは憚られるようで、この側面が大いに宣伝されたケースは見たことがないが、周知のように、銀行預金の元利金が預金保険で保護されるのは「一人、一行、(合計)一千万円まで」なので、1,000万円を超える銀行預金を持っている人は、本来、個々の銀行の信用リスクについて考える必要がある。

個人向け国債は、この点を心配しなくてもいいので、ともかく安全に運用したいと願う大きな金額のお金を持っている人には、好都合な商品だ。いわゆる「ペイオフ対策」の商品として分かりやすい。銀行の窓口でも取り扱っているので、どうしても銀行と取引をしたいと考える人も購入することが出来る無難な運用商品だ。

銀行にお勤めの方には申し訳ないが、特に対面営業の銀行支店で取り扱っている投資信託や保険商品には、「購入していい」と言えるものが殆ど無いのが現実だ※1

  • ※1たとえば、全く同じ、ないし、ほぼ同じリスクを取る金融商品Xよりも、実質的な手数料の安い金融商品Yがある場合、金融的な意思決定として「Xは買えない」と筆者は考えている。対面型の銀行窓口で取り扱う投資信託や保険商品の殆どは、この金融商品Xである。

「国債暴落」に強い、個人向け国債

もう一つの魅力は、金利上昇に強いことだ。直近2回分の利息をペナルティとして支払えば元本で換金できるという個人向け国債が持っている性質は、金利が急上昇する局面にあっては強力なオプションだ。

世間でよく言う「国債暴落」は、その中身を考えると、国債の利回りが急上昇する事態を指す。この場合、通常の国債、特に長期国債は流通価格が大幅に下落することとなる。しかし、保有している金融商品が個人向け国債であれば、世間の金利が上昇していてもペナルティを払えば元本で換金できるし、たとえば、金利が上昇した局面をチャンスと思えば、個人向け国債を換金して、そのお金で通常の長期債を買い直すこともできる。

現実に国債利回りが急上昇した場合に、どこが金利のピークであるかを見極めることが簡単であるとは限らないが、「変動10年」あるいは「固定5年」のこの性質はオプションとして高く評価していいのではないか。

国債暴落に対する対策商品として、実は、「個人向け国債」が有力なのだ。これは、意外な事実でもあるし、少々皮肉でもある。

ところで、投資家から見て、個人向け国債の隠れたもう一つの魅力は、販売金融機関に入る手数料が安いことだ(販売代金の0.5%)。金融商品は、市場で得られる利回りを売り手(販売会社、運用会社)と買い手(投資家)が分け合う構造になっている。販売会社が取る手数料が薄いことは、間接的だが、投資家側が大きな不利を被っていないだろうという意味の安心材料だ。

しかし、この性質があるため、金融機関の対面窓口に個人向け国債を買いに行くと、投資信託など、金融機関が大きな手数料を稼ぐことが出来る商品を勧められることが多いという(筆者は、複数の知人から聞いたことがある)。個人向け国債を買うに際して、他の商品に誘導するセールスに負けない「強い意志」が必要だというのは困った話だが、一面の、現実である。

実は、この性質が個人向け国債のセールスが意外に伸びない真の理由であるかも知れない。投資家にとってメリットにならないとしても、金融機関が手数料をたっぷり稼ぐことが出来る商品は、熱心に売られているので、よく売れている場合がある。

尚、個人向け国債の販売手数料が薄いと書いたが、販売金融機関によっては、個人向け国債の販売手数料の一部を、ポイントや現金などの形で顧客に対して実質的に割り引くキャンペーンを行っている場合がある。

投資信託などもそうだが、個人向け国債にあっても、「一物一価の法則」はあちこちで崩れている。金融商品の購入は賢くありたい。

総合的な評価として、個人向け国債は(「個人向け復興国債」もだが)、利回り条件を評価した場合に、ベストではないかも知れないが、「無難な」運用対象だと言えるだろう。筆者が、田舎に住む高齢の両親に個人向け国債の購入を勧めることがあるのも、そうした判断があるからだ。

「個人向け復興応援国債」

ところで、「変動10年」タイプの個人向け復興国債には、当初の3年間の利息を0.05%とする代わりに、保有3年目に、保有額1,000万円に対して1万円金貨1枚、100万円に対して1,000円銀貨1枚が貰える、「個人向け復興応援国債」と名付けられた商品が発売されている。金貨、銀貨は「東日本大震災復興事業記念貨幣」だ。

次の7月発行の「個人向け復興国債」の「変動10年」のタイプの初回の利息は年0.57%(税引き後0.454%)だが、この利率が3年間続くと仮定すると、「個人向け復興応援国債」との税引き後の、年0.414%となって、仮に1,000万円投資していれば差額は124,200円になる。

「復興の応援は損得の問題ではない」というご批判を甘受するとして、損得計算を考えると、金利と共に、将来の金貨、銀貨の価値が問題になる。

1万円金貨の市価がどのくらいになるかが問題だが、財務省のホームページには、昨年の金相場から概算すると、この1万円金貨には6万数千円分の金が使われているので、あくまでもその時点の推定として7万円前後の値が付くのではないかという記述がある。

金相場が大幅に上昇する場合や、金貨に大きな骨董的価値(コレクターの人気)が出る場合、あるいは、金利が今後大幅に低下する場合には、「個人向け復興応援国債」の方が「個人向け復興国債」よりも得になる場合があり得る。

もっとも、金価格が上昇すると思うなら金の先物や地金を直接買う方がいいし、金利低下の見通しに成算があれば長期国債(個人向けには「新窓販国債」)を買う方がいい。

個人向け復興応援国債は、復興応援に大きな意義を見いだす人や記念貨幣のコレクター向けの商品だと考えるべきだろう。

ともあれ、こうして考えてみると、好き嫌いは別として、個人向け国債はなかなか味わい深い商品だ。