農林中金<パートナーズ>長期厳選投資 おおぶね」を運用している農林中金バリューインベストメンツのCIO「奥野一成」が、『ビジネスエリートになるための教養としての投資』を執筆、投資の本ながらビジネス部門で話題となっている。

 投資と本来の投資のあり方とその哲学、長期投資のコツ、優良企業の見極め方などを、歴史的な背景や実例を交えながらわかりやすく解説するこの著書は、投資を今から始める人、投資の運用に困っている人にぜひ読んでほしい。

 トウシルでは、この本の中から、ぜひみなさんに読んでほしい内容を10編ピックアップ。今回は1回目を紹介する。

「投資家の思想」が日本を救う

 私は、強い危機感を持ってこの本を書き始めています。

 皆さんも感じていらっしゃることだと思いますが、日本は少しずつ、確実に貧しくなっています。それでも平成の時代は昭和の遺産を食いつぶすように生きながらえることが出来ましたが、令和の時代にはますます厳しさが増していくことは間違いありません。

 これを食い止めるにはどんな方法があるのか。

 その一つは、一人ひとりが「投資家の思想」を持つことだと思います。これまで多くの日本人は「労働者の思想」しか持っていませんでした。しかしその思想では、もう未来がないのです。

「投資家の思想」こそが日本の未来を切り開くと私は信じています。少なくとも、その思想を持てた人は、生き残ることが出来ます。これから、少し厳しい話もしますが、「投資家の思想」を持つとはどういうことかを書いていきたいと思います。

 私は、「農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC)」という会社でCIOを務めております。CIOとはChief Investment Officerのことで、日本語では最高投資責任者になります。

 農林中金バリューインベストメンツはお金を運用して殖やすことを目的としている会社です。現金をそのまま持っていても、自然と金額が殖えることはありません。銀行に預けていても、超低金利の現代では、ほとんど殖えません。でも、1万円を投資に回せば、1万2000円、1万3000円というように殖やすことが出来ます。

 では何に投資するのかというと、この世の中にはお金を殖やすための対象がたくさんあります。企業が発行している株式や債券、国が発行している債券、不動産、通貨、金やプラチナなどの貴金属、豚肉や大豆などのコモディティ、さらには企業が生産規模を拡大するために行う「設備投資」も、広義の投資に含まれます。

 このうち私たちが行っているのは、株式を中心とした有価証券への投資です。そして私の仕事であるCIOは、この世の中にたくさんある企業の中から、どの企業に投資すればより大きくお金を殖やすことが出来るのかを考えて、最終的な判断を下す役目を担っています。

 株価が常に上がったり下がったりしていることは、皆さんもご存じだと思います。そして、株式に投資する以上、自分が買った時に比べて株価が値下がりすることもあります。

 でも、「うわ~、損した」なんて思ったことは、私は一度もありません。なぜなら、私は株価を買っているわけではなく、あくまでも事業を買っているからです。株式投資を通じて、将来、確実に成長するだろうと思える事業に投資するので、多少株価がぶれたとしても、それに一喜一憂することは一切ありません。事業が成長すれば、いずれ株価も値上がりすることを、私はかれこれ二十数年に及ぶ投資家人生の経験を通じて知っています。ちなみに私が投資している株式の大半は、いったん投資するとずっと売らずに持ち続けているものばかりです。

 そう言うと、株式投資をしている多くの人は驚きます。別に自慢しているわけではないのですが、多くの株式投資家が短期間で売ったり買ったりを繰り返しているのとは、全く違う投資の仕方をしています。そして確実に、結果を出し続けています。

投資はビジネスの最良の教科書である

 これから私が申し上げていくのは、「20年間持ち続けられる銘柄の探し方」といったような、株式投資のノウハウに関する話ではありません。今回の中心テーマは、投資をすることがビジネスパーソンとしていかに大事であるかということです。ここで言う投資とは、チャートとにらめっこして売り買いを繰り返すことではありません。それは「投資」ではなく「投機」です。ギャンブルとなんら変わりありません。私が言う「投資」とは、もっと大局的でビジネスの本質に関わるものです。

 誰もがいつかは必ずなんらかの形で働くことになります。自動車メーカー、各種部品メーカー、建設会社、金融機関、飲食業、その他のサービス業、通信会社など、さまざまな会社があって、そのいずれかに所属して働く人もいますし、なかには自分で会社を興す人もいますが、いずれにしても働くことによってお金を稼ぎ、稼いだお金で生活します。当然、より多くのお金を稼げる人は、その分だけ豊かな暮らしをすることが出来ます。

 では、どうすればビジネスの世界で成功できるのでしょうか。その答えの一つが、「投資」にあるのだと思います。

 投資で成功するために重要なのは「総合力」です。総合力とは、バラバラになっているものを一つにまとめ上げる力のことです。

 小学校、中学校、高校までの勉強は、すべてが縦割りのカリキュラムになっています。国語、数学、地理、歴史、公民、物理、化学、英語、というように科目が分かれていて、地理だったらひたすら地理、歴史だったらひたすら歴史の勉強だけをします。

 しかし、社会人になってから必要になるのは、一つひとつの教科の知識ではありません。それまで学んできた各科目を組み合わせる能力です。

 たとえばNHKの「ブラタモリ」はとても面白い番組ですね。私はこの番組の大ファンで毎週欠かさずに視ているのですが、どうして面白いのかを時々考えます。

 もちろんタモリさんのキャラクターが素晴らしいこともあるのですが、やはり総合力の妙なのだと思います。タモリさんがいろいろな街を散歩しながら、その街に昔から残されている建物、神社仏閣、坂、川、などについて独自の観点から探っていくのは、まさに地学と地理と歴史、さらには経済学も合わさった組み合わせによる面白さだと思うのです。

 個人的な体験を言わせていただきますと、2018年3月にちょっとお休みをいただいて、スペインのバルセロナに旅行してきました。多くの方がご存じだと思いますが、あそこにはアントニオ・ガウディが設計した「サグラダ・ファミリア」があります。未完の世界遺産であり、着工は1882年3月19日ですから、2020年時点で138年が経過しました。当初、完成には300年かかるなどと言われていたようですが、近年のテクノロジーの進化や観光収入増などによって、2026年には完成するという声もあります。

 ガウディがこの世に生を受けたのは1852年のことでした。ということは、サグラダ・ファミリアが着工されたのは、ガウディが30歳の時になります。スペインが「太陽の沈まない国」と言われ、大繁栄を謳歌したのは16世紀中盤から17世紀前半の約80年間です。完成すれば欧州で最も高い宗教建築と言われているサグラダ・ファミリアという大建築物をガウディが造り始めた時期は、もはやスペイン帝国時代の繁栄は終わっていて、没落の歴史の渦中にあったと思われます。

 なぜ、そのような没落の歴史のさなかに、あのような大建築物を建てようと考えたのでしょうか。よく考えてみると不思議ですよね。没落していたら、それこそ何から何まで世の中全体が節約ムードになって、あんな大建築物を建てようなどというモチベーションが沸き起こるはずがありません。

 そう考えるのが普通ですよね。ところが着工したわけです。私にとって、これはなかなか興味深い発見でした。恐らく、「没落の中の豊かさ」のようなものがあったのでしょう。国はどんどん植民地を失って没落しているのだけれども、繁栄していた時に蓄積した富が豊富にあったから、その富を持っている大金持ちがパトロンになり、ガウディのような芸術家の活動を支えたのだと思います。

「そんな知識や考察は、いくら持っていても何の役にも立たない」とおっしゃる方もいると思います。確かに、ビジネス実務をきちんと進めていくのに、スペインの歴史の知識はあまり役に立たないかもしれません。そもそも「没落の中の豊かさ」という仮説も事実とは異なるかもしれません。

 しかし、このように目にしたもの、歴史的な事実から思いを巡らせて、その国の歴史的背景、文化的背景に関する仮説を導くことによって、グーグルで調べるだけでは得られない自分なりの主張を持つことが、ビジネスでは極めて重要です。なぜなら、世界中のビジネスエリートは、自分なりの仮説構築・検証という思考癖を当然のようにもっているからです。自分なりの歴史観、価値観など、単なる知識ではない、広い意味での教養を持っていることが、ビジネスをすすめる上での前提条件になっているのです。数字やデータを知っているだけでは良いビジネスは出来ません。つまり、教養はビジネスでも必要だということです。

 なんだか話が逸れてしまったような気もしますが、何を申し上げたいのかというと、さまざまな知識を総動員して結果に結びつけていく作業プロセスは、投資もビジネスも同じだということです。つまり、幅広い知識を身に着けるのと同時に、それを上手に組み合わせて自分なりの仮説を導くことが出来れば、投資でもビジネスでも成功する可能性がグンと高まるのです。

 投資は知の総合格闘技です。投資で成功するには、ビジネスに必要な知識を総合的に高めていくしかありません。そうすると自分の資産を大きく殖やすことも出来るはずですし、結果的にビジネスで成功することも出来るでしょう。一時期話題に上った「老後2000万円問題」なんて、全く大したことではない話になってきます。

「投資家の思想」を持つことが出来れば、世の中の見方が変わってくるのです。「労働者の思想」では見えなかったものが見えてきます。他の会社の動きや、世界の動きがわかるようになります。大局的な視点で自分の仕事も見つめられるようになります。それは、経営者と同じ意識を持つということです。経営者と同じ意識を持って動く人間と、言われたことしかやらない人間。どちらが出世するかは目に見えていますよね。だから投資こそが、ビジネスの最良の教科書なのです。

 私はこれまで多くの経営者と会ってきましたが、優秀な経営者は、ほとんどの場合、優秀な投資家でもあります。若い頃から投資に接し、世界の見方を学んできた人たちばかりです。ウォーレン・バフェットが「私は投資家であるがゆえにより良い事業ができる」と断言している通りです。

 いくらリーダーシップがあっても、いくら素晴らしいアイデアマンだったとしても、それだけではビジネスを大きくすることは出来ません。投資家の目線を持って、より広く、より大きくビジネスの本質を捉えるクセを持っていなければ、ビジネスで成功することは出来ないのです。なぜならば、我々が生きているのは資本主義社会だからです。資本主義の仕組みをよく理解した人が資本主義社会で成功するのは当たり前のことです。そういう人たちが一人でも二人でも増えていけば、きっと日本の未来を変えてくれると私は信じています。

<『ビジネスエリートになるための教養としての投資』より抜粋>

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