法案改正と「確定拠出年金の教科書」

 先日、対象者の大幅な拡大などを含む、確定拠出年金の改正法案が国会を通過した。筆者は、その頃、「確定拠出年金の教科書」(日本実業出版)という確定拠出年金の解説書を出版しようとしていたところだった。最終稿を印刷所に持ち込む前日に法案通過を確認できたので、ぎりぎりで改正法案の内容を決定事項として紹介することが出来た。

 課税される金額以上の所得が見込まれる方にとって、確定拠出年金は、「ほぼ確実に儲かる」と言える数少ない金融サービスだ。是非、利用して欲しいと思うところだが、現実には、利用資格を持っているのに、まだ利用していない人が多い。

 本稿では、確定拠出年金について、今、是非お伝えしたい・言いたいと筆者が思うことについて5つお伝えする。

 

①利用しないと「もったいない!」

 確定拠出年金について、言いたいことの一番目は、「使えるだけ使わないともったいない」ということだ。

 特に、個人型の確定拠出年金については、加入資格を持ちながら利用していない人が多いのが現状だ。今回の法改正で、サラリーマン家庭の専業主婦(第三号被保険者)、公務員などに、確定拠出年金が利用可能な対象者が拡大されたこともあり、個人型確定拠出年金の普及は政策的にも大きな課題だ。

 確定拠出年金の主なメリットとデメリットを比較しよう。

 最大のメリットは、確定拠出年金の掛金が所得控除の対象となって、一定以上の所得がある方にとって「確実な節税メリット」があることだろう。加えて、NISA(少額投資非課税制度)も同様だが、運用期間中の運用益に課税されないし、将来、自分の積立金を受け取る時にも各種の控除がある。

 他方、デメリットは、原則として60歳迄自分のお金を引き出すことが出来ないことだ。

 もっとも、通常の日本人の老後に使うお金を考えた場合、今後のレベルで考えた厚生年金等の公的年金に確定拠出年金を加えても、希望する額に満たない場合が多いように思われる。つまり、確定拠出年金をフル活用してさらに資産を蓄積・運用しなければならないのだから、確定拠出年金が原則として60歳迄引き出せないことは、現実的な制約にはならない場合が多いと拙著では考えることにした。

 多くの人にとって、原則として、確定拠出年金は「可能な限り大きく」使う、と考えておいていいと思う。

 

②運営管理機関・運用商品の「地雷」を避けよ

 個人型の確定拠出年金を利用する場合、個人は自ら運営管理機関を選ばなければならない。また、企業型であっても、個人型であっても、加入者は、運営管理機関が用意した運用商品の選択肢の中から運用対象商品を選ばなければならない。

 運営管理機関も運用商品も、選択の際に最も重視すべき基準は「コスト」だ。無駄にコストが高くて、他の運営管理機関・運用商品よりも明らかに劣るものを拙著では「地雷」と呼んで、これを避けるよう繰り返し警告している。

 運用商品ラインナップに手数料の高い商品ばかりが並び、その他の手数料も高い「地雷」は運営管理機関のレベルでも存在する(拙著の第4章で取り上げた大手生保系運営管理機関D社は、この定義に当てはまると筆者は思う)。

 また、企業型であっても、個人型であっても、運営管理機関あるいは運用会社が手数料を稼ぐための「地雷」が、商品ラインナップに潜んでいることがしばしばある。

 それも、一見、確定拠出年金向けに親切に設計されたような体裁の「ターゲット・イヤー型」、「ライフサイクル・ファンド」などと称されるバランス・ファンドに「地雷」が仕込まれていたりするので、注意したい。

 ①低コストで、②運用の中身が分かるシンプルな商品を、③自分で組み合わせる、ということが確定拠出年金の運用にあっても王道だ。

 

③金融機関による投資教育を警戒せよ

 企業型の確定拠出年金が用意されている会社にお勤めの方は、先ずは、「恵まれている」と考えていい。

 しかし、企業型のラインナップにも色々あって、中にはラインナップ全体として好ましくなく、個々の社員よりも先に確定拠出年金の導入事務局のメンバーに投資教育が必要だと思われるケースもある(拙著のA社、B社のケースなど)。

 こうしたラインナップでも、税制上のメリットを考えると確定拠出年金を利用する方がいいが、この場合、商品選択で「地雷」を避ける必要がある。

 ところが、確定拠出年金の導入時等に行われる投資教育では、運営管理機関、あるいは運用商品を提供する運用機関と同系列の金融グループから講師が派遣される場合が多いようだ。

 こうした「仲間内による投資教育」では、しばしば金融グループ側にとって手数料を稼ぎやすい「地雷」商品への誘導が行われる。実際に加入者に話を聞くと「バランスファンドは、無難でいいのかと思っていた」と言っている人がしばしばいて、まんまと誘導に引っ掛かっているケースが少なくない。

 確定拠出年金の特に運用に関する部分の教育は(継続教育からでも)、運営管理機関や運用会社とビジネス的な関係のない、独立した講師を呼んで行うべきだ。特に、企業型では、財務部が取引金融機関に社員を売り渡したのでないか、と疑いたくなるようなケースがある。

 こうしたケースでは、加入者の側で、事務局に、「投資教育は金融機関に丸投げしないで、独立した立場の講師を呼んで行って下さい」と要望すべきだ。

 

④手数料が安い外国株インデックスファンドを選べ

 拙著で取り上げた「ダメな商品ラインナップ」であっても、その中の「地雷」を避けることによって、利用者が、確定拠出年金を上手く使うことが出来る場合がある(例えばA社のケース)。

 確定拠出年金の商品ラインナップは、商品の選択肢が過剰に多い場合がしばしばあって、これは厚労省でも「問題だ」という意識を持っているようだ。

 ただし、確定拠出年金では、①それ自体が自分の運用の一部であり、②NISAではTOPIX連動型のETFがベストの選択肢であることが多く、③運用全体としてはリスク資産として国内株式と外国株式(先進国株式)を半々ないし4:6くらいで持つことが無難である(ちなみに無リスク資産は個人向け国債の変動金利10年満期型が現在「圧倒的に」いい)、といった事情と前提条件を考えると、外国株式(先進国株式)の低コストなインデックスファンドを選択することが正解になる場合が多い。

 年金基金が、アセットアロケーションを決めて、さらに資産別に最適な運用会社を決める(このプロセスを「マネージャー・ストラクチャー」と呼ぶ)ように、個人も、運用の全体を決めて、これを、NISA、確定拠出年金、通常の課税口座などの場所に割り振るような手順で、最適な運用を一つに決めることが出来る。

 投資教育の講師が、「あなたの好みで決めて下さい」といった調子で、運用商品の決め方を漠然としか説明できない場合、彼は、運用がよく分かっていないか、ビジネス上嘘を言っているかのどちらかだ。

 確定拠出年金の商品ラインナップを見る場合、先ずは、外国株式のインデックスファンドから考えるのがコツだと申し上げておく。

 

⑤70歳まで加入可能にして欲しい

 今回行われた法改正は、確定拠出年金の対象者を一気に拡げる画期的なものだった。これが決定されたことは、大いに前向きに評価していいが、同時に、NISAの拡充なども含めて、節税された運用のための仕組みが拡充される流れは「公的年金はこれから縮むので、老後のための自助努力は国民それぞれがやって欲しい。そのための仕組みは用意しているのだから」という政府からのメッセージだと捉えるべきだろう。

 確定拠出年金について、今後要望したいの点が、大きく言って二つある。

 一点目は、移換をはじめとする各種の手続きの改善だ(第5章で解説した。一部のものはしびれくらい面倒だし、全体に手続きが不便で遅く、手数料も掛かる)。本稿では、詳細に立ち入らないが、この改善は継続的に要望したい。

 もう一点の要望事項は、原則として60歳迄年金の拠出が可能である(企業型の場合、規約で定めると65歳迄可能だが)加入資格年齢を、早急に70歳迄引き上げることだ。

 政府は成長戦略の一環として、高齢者の労働参加を目指しているし、投資資金を金融市場に少しでも多く導入したいと願っている。また、日本人が相対的に長寿・健康であること、働き方が多様化していることなどを踏まえても、加入資格年齢の引き上げは、政策が目指す方向性と合致するはずだ。

 もっとも、NISAの場合でもそうなのだが、確定拠出年金のような税制との関連を伴う制度は、制度単独の論理とその所管官庁(NISAは金融庁、確定拠出年金は厚生労働省)の判断だけでは動かず、税の論理と駆け引きとの関連で動く。当然と思われるNISAの恒久化がさっさと決まらないのも、こうした関わりのためだ。制度改正には、税当局・関係者への働きかけも重要だ。

 何はともあれ、読者は、ご自分の加入資格を確認して、確定拠出年金を是非使ってみて欲しい。そのためのガイドブックとして、拙著が少しでもお役に立つなら、著者としては大変満足だ。