マネジャー・ストラクチャーの問題
確定拠出年金(以下「DC」)の普及が拡大している。大変いいことだと筆者は思うが。しかし、残念ながら、DCの運用をどうしたらいいのかについて、正しく理解していないDC加入者がまだかなり多いのではないかと思われる。
その原因は、加入者の側がもともと運用に関する基本的な知識を持っていないことが大きいと思われるが、DCに伴う投資教育を行う主体が、DCを取り扱う金融機関の利害に影響されて、加入者に提供される情報が歪む場合もある。後者は大変残念なことだが、「金融機関に利害関係のある者が提供するお金に関する情報を無条件に信用してはならない」ということは、全ての社会人にとって重要な生活上の常識だ。
結局、運用に関する基礎知識に加えて、DCの扱い方に関する幾つかのポイント(「コツ」といってもいい)を覚えて、DCでの運用について自分で決められるようにすることが一番の近道だ。
個人がDCで資産運用をどう行うかについて、運用の問題として本質を一言で言うなら、「マネジャー・ストラクチャーの問題」だ。もう少し詳しく言うと、「自分の運用全体を最適化する中で、税金・手数料などのコストを最小化する問題」だ。
こう言っても、年金運用など、プロの運用の世界になじんでいない人にはピンと来ない場合が多かろう。年金の積立金を運用する年金基金のような機関投資家の場合、運用会社(マネー・マネジャー)を数社から数十社くらい利用して資産を運用することが一般的だ。この場合に、運用会社や運用会社と結ぶ運用内容に関する契約をどのように組み合わせるかを「マネジャー・ストラクチャー」と称する。年金基金等の自分の資産を間接的に(運用会社に任せて)運用する投資主体にとって、マネジャー・ストラクチャーは通常アセット・アロケーションに次ぐ重要性を占める重要課題だ。
今日の個人投資家の場合、通常の証券口座で自分が直接銘柄を選んで投資しているなら、マネジャー・ストラクチャーの問題は生じないが、アセットクラス毎に複数の投資信託を選んで投資していたり、DCやNISA(少額投資非課税口座)を利用していたりする場合、年金基金がマネジャー・ストラクチャーを考える際に必要な問題と同様の問題に直面する。こうした運用の場合に適用すべき原則の幾つかが、機関投資家と個人投資家の間で共通している。
マネジャー・ストラクチャーの基本原則
DCの資産運用を考える際に適用できるマネジャー・ストラクチャーの基本的な設計原則を挙げてみよう。
マネジャー・ストラクチャーの基本的な設計原則
- 運用資産の合計が最適になるように設計すべきである。
- アセット・アロケーションのコントロールが利くように設計すべきである。
- 運用手数料・税金などの「コスト」が全体として最小になるように設計すべきである。
- 相殺的な売買の発生を抑えるよう設計すべきである。
ちなみに、機関投資家にあっては、上記に加えて、マネー・マネージャーが有効なアクティブ運用のスキルや情報を持っている場合に、これをどう生かして組み合わせるかが問題とされる。
この問題の基本的な原理は「(アクティブ運用)情報の有効性と信頼性を加味して、ポートフォリオ全体にその情報を効率的に反映させる」ことだと理解して良かろう。運用スタイル別の委託やカスタマイズド・ベンチマークの使用、アセット・アロケーションや通貨リスクに関する別々の管理など、様々な方法が開発され、利用されている。
しかし、そもそも運用スキルの評価の有効性が疑わしいこともあって、思い切って言うなら、前記の4原則以外のあれこれは、スポンサー(年金基金等)、運用コンサルタント、それに運用会社で構成される「運用業界」の人々が自分たちの仕事を作り出すためのもっともらしい仕掛け程度の役割にとどまっているように思う。
個人投資家の場合、そもそもアクティブ運用の有効性を評価することができないので(「好き嫌い」以上の評価は無理だ)、アクティブ運用のスキルを組み合わせることに関わる諸々については心配する必要はない。
しかし、基本的な原則である(1)~(4)は有効であり、実際に機能する。
DC運用の基本原則
個人のDC運用にあって、前記の4原則を適用するとどうなるか。
- DCの中だけではなく、自分の運用資産全体の「合計の状態」が望ましいものになっていることが必要だ。
- アセット・アロケーションの把握とコントロールが難しくなるので、バランス・ファンドは避けるべきだ。
- 運用手数料・税金などの「コスト」が全体として最小になるように設計すべきである。
- a) DCの制度的メリットである税制優遇を最大限に活用すべきだ。具体的には、所得控除の最大限の利用のために掛け金をできるだけ大きくして、DC枠を最大限に使う。
- b) 運用期間中の課税がゼロであることを生かすために、運用資産の中で期待リターンの高いものをDCに集中させるべきだ。
- c) 全運用資産に対して掛かる手数料を最小化する努力を行うべきだ。
- 複数のアクティブ運用を運用資産内に抱えると相殺的売買が起こる可能性がある。DCではインデックス・ファンドに投資すべきだ。
DCが利用可能な個人投資家は、同時にNISAも利用できる立場にあるだろう。一般口座での運用を合わせると、少なくとも3つの口座を持って運用することになる。マルチ・マネジャーの状況が発生する。
この場合に肝心なのは、これらの「合計」が自分の運用したいポートフォリオになっているかどうかだ。お金に色は着いていないので、資金繰り(流動性)に問題が生じない限り、この「合計」を最適に設計して、DCやNISAに適切な資金運用の「部分」を割り当てると考えることが合理的だ。
典型的な間違いは、「DCの中だけ」で考えて、「ミドルリスク、ミドルリターン」を期待してバランス・ファンドを買うようなケースだろう。これは、(2)、(3)の観点からも原則に逸脱する公算が大きく、はっきり言って、愚かだ。
尚、今後は、子供NISAや配偶者のDCなど、さらに多くの運用口座の「マルチ・マネジャー運用」を考える必要が生じる可能性も小さくない。
手数料に関しては、NISA口座、一般口座での運用とDC口座での運用の使い分けを考える必要がある。この際にポイントになるのは、DC以外の口座で投資可能な広い範囲の商品の手数料と、DCに用意された商品の手数料の差が着目点になる。
尚、近年新たに企業型DCを導入するケースでは、投資教育における情報提供の観点からインデックス・ファンド中心の運用対象ラインナップにするケースが増えている。アクティブ運用を評価することを一般のDC加入者に強いるのは明らかに無理だし、評価方法を、責任を持って教育することなど出来ない。当然のことであり、今までそうなってこなかったのは、DCを推進する金融機関の手数料稼ぎに企業側が乗せられて来たからだ。
これだけのことが分かると、投資初心者でも、勘のいい方ならDCの運用をどう考えたらいいか、お分かりになったのではないだろうか。
先ず、外国株式のインデックス・ファンドから考え始める!
実践的なコツをアドバイスしよう。多くの場合、DCにおける運用対象の第一選択肢は外国株式のインデックス・ファンドだ。先ずは、ここから考え始めるといい。
理由は2つある。
先ず、DCの運用選択肢では、ノーロード(販売手数料ゼロ)であることはもちろん、信託報酬も一般にリテール向けに売られている公募の投資信託よりも安いことが多い。公募の投信の場合最低水準でも現在0.4%(税抜き)くらいなので、0.2%前後がしばしばラインナップされているDCの外国株式インデックス・ファンドは手数料が断然割安である場合が多い。
もう一つの理由は、NISAとの使い分けだ。投資対象商品の手数料率が同じなら、DCとNISAの運用内容は例えば「国内株式」と「外国株式」を、例えばそれぞれで50%ずつ持つといった方法でいいが、NISAではETF(上場型投資信託)が使える。
NISAではTOPIX連動型ETFに投資して「国内株式」部分の運用を割り当てると、信託報酬率を0.1%程度に抑えることが出来る。DCにはその分「外国株式」のインデックス・ファンドが割り当てられやすくなる、というバランスになっている。
運用資産全体の金額、DC、NISAで使える金額などに個人差があるし、DCにラインナップされている商品には企業毎・運営管理機関毎(個人型の場合)に利用できる商品に差があるが、「全体のアセット・アロケーション」を踏まえて、今回ご紹介した原則に従って考えると、個々のケースで殆どの場合、答えは1つに決まるはずだ。
DCでは、外国株式のインデックス・ファンドから考え始めよう!
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